ご不要な魔導書買い取ります

夙多史

Page-15 月葉の安堵

 慌てた様子で周囲をキョロキョロしている日和を見かけたのは、商店街を丁度中心から二分する大通りに出た時だった。
「日和さん!」
 月葉が手を振りつつ声をかけると、こちらに気づいた日和は探し物が見つかったような顔をして駆け寄ってきた。
「月葉ちゃん大丈夫!? あの貴族崩れのアホそうなヘンタイに変なことされてない!?」
「ひゃっ!? だ、大丈夫ですよ日和さん! 変なことされましたけど大丈夫です! 真夜くんが助けてくれましたからッ!!」
 体中をペタペタと触ってくる日和に月葉ははわはわと狼狽する。女同士だからといっても公衆の面前でそういうことをされると非常に恥ずかしい。こっちの方こそ変なことだ。
「変なことされたのね!? よーし、ちょっと待ってて月葉ちゃん。お姉さんが正義の魔術師としてあのヘンタイを懲らしめてあげるわ。具体的には雷系統の魔術で意識を保ったまま全身麻痺させた後にドラム缶に詰めてコンクリ流して東京湾に沈める感じね」
「そ、そんことしなくっていいですから! アドリアンさん死んじゃいますから!」
「あれ? 月葉ちゃん的には富士の樹海に埋める方が好み?」
「違います!」
 正義の魔術師というのはそんなどこかのマフィアみたいなことをするのだろうか。というか、後半は全く魔術関係ない。
 暴走気味の日和を鎮めるのに三分ほどかかった。
「ごめんね、月葉ちゃん。私も真夜に連絡した後すぐ店を出たんだけど、間に合わなくて」
「謝らなくていいですよ。日和さんこそ、大丈夫なんですか?」
 日和もアドリアンに〝曝露〟の魔導書を使われている。あれは自分の意識を乗っ取られるような嫌な感じだった。真夜のおかげですぐ解放された月葉はともかく、日和にはなにか後遺症があるかもしれない。
 そう心配になる月葉に、日和は屈託のない笑みを向ける。
「問題ないわよん。なんたって私は一級だからね」
「フン、そもそも姉さんがあの男に不覚を取るのが悪い。一級が聞いて呆れるな」
 と、真夜が冷静に指摘する。うっ、と痛いところを突かれた日和は極まりが悪そうにたじろいだ。
「でもね、一矢報いたとは言えないかもだけど、あの男から五百万ぶん取ってやったわ」
「金に目が眩んで隙を見せたということだろう?」
「いい、月葉ちゃん? こんな風に文句ばっかり並べる男には捕まっちゃダメよ?」
「話を反らすな」
 珍しく真夜が上位に立っている。いつもは飄々とした日和に振り回されがちの真夜だが、こういう場合もあるのだな、と月葉は感心半分で二人の遣り取りを眺めていた。
 ぐだぐだと説教を垂れる真夜に、やがて日和はなにかの糸が切れたように激昂する。
「あーもう! 終わったことをねちねち穿り返す男はモテないわよ! そんなことよりあのヘンタイからぼったくったお金でなにか食べに行かない? 月葉ちゃん、焼き肉とお寿司、どっちがいい?」
「ふぇ!?」
 唐突に話を振られた月葉はビクッと慄いた。
「ど、どっちでも……」
「じゃあ、お肉にしましょう。一度入ってみたかった高そうな店があるのよ。そこ行くわよん」
「あの、私もご一緒していいんですか?」
「いいのいいの。お金ならあるからね」
 ドシドシと効果音がつきそうな勢いで歩き始める日和。実は相当に今回のことを悔やんでいたのだろう。さらにそこを真夜が日頃の恨みとばかりに掘り返すものだから、溜まっていたストレスが爆発したのかもしれない。
「さあ、締切のことなんて忘れてお腹いっぱい食べるわよん!」
 どうやらそちらのストレスの方も誘爆してしまったらしい。
「……フン」
 真夜は鼻息を鳴らして黙って日和についていく。そんな彼に月葉も並ぶ。日和のテンションに巻き込まれたおかげか、先程まで彼に対して感じていたなんとも言えない感覚は薄れていた。
 そして、思い出すように月葉は訊ねる。
「あの、真夜くん? ちょっと訊きたいことがあるんだけど?」
「……なんだ?」
 一回も無視されなかった。そのことに喜びを覚えた月葉は、ずっと気になってもやもやしていたことを口にする。
「えっと、その、バックネット裏で依姫ちゃんとなにを話してたのかなぁって……?」
 胸の前で人差し指同士をつんつんしながら俯く月葉。本人たちの片方がいないためか、なんとなく訊くのが恥ずかしかったのだ。
「お前に話す必要があるのか?」
「依姫ちゃんは友達だから、知っておきたいの。あの後ちょっと元気なさそうだったし。それと、お前じゃなくて『月葉』だよ。日和さんに聞かれたらお肉に魔術かけられるよ?」
 言うと、焼き肉屋が大惨事になるイメージでもしたのか真夜は深々と溜息を吐く。
「紀佐は僕に魔術を教えろと言ってきたんだ。それもあの時だけじゃない。僕が魔術師と知ってから何度断っても毎日のように頼み込んでくる。あいつほど鬱陶しい人間を僕は知らん。おま……月葉、友人ならどうにかしろ」
 とんでもなく迷惑そうに真夜は語った。月葉の名前もまだ言い難そうだ。
 ただ、月葉は思う。
 ――ああ、やっぱり。
 と。
 依姫の趣味や一般人の理音を避ける風な行動から、『そうだろうな』とは薄々考えていた。だが、予想が当たっていたこと以上に安堵している自分に月葉は気づく。たぶん、真夜が断っていたからだろう。月葉としては、依姫まで魔術の世界に本格的に浸かってほしくないのだ。依姫にとっては落胆ものなのだろうけれど……。
「ふふっ」
 思わず笑みが零れ、月葉はほっと胸を撫で下ろす。
「なにを笑っている?」
「なんでもないよ」
 怪訝そうにする真夜にそう返し、月葉は前を歩く日和の下へと駆けていった。

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