ご不要な魔導書買い取ります
Page-22 来栖家にて
月葉の家は是洞古書店から徒歩で約三十分、丁度学校を中間に置いた反対側にある。平凡な住宅地に構えられた、やはり平凡な庭付き一戸建て住宅がそれだ。
主に掃除をしただけのバイトを終えた月葉は、日和に車で送ってもらって帰宅し、夕食と風呂を済ませてから自室の勉強机と向き合っていた。
正確には、机の上に置いた母親の魔導書と、である。
――いいのかな? 本当に。
せっかく母親の形見が戻ってきたのに、月葉は素直に喜べなかった。ここ一週間の経験のせいで、魔術師ではない今の自分がこの本を持っていることに不安を感じずにはいられない。真夜か日和がいないと凄く心細い。
――今までなんともなかったんだから、きっと大丈夫だよね?
そう思うことにした月葉は、風呂上りでまだ濡れている髪をタオルで拭き、ピンクを基調とした花柄のパジャマのボタンを一番上まで留める。
『封印は明日の十八時に自動的に解除される。お前はその瞬間にこの魔導書の近くにいろ』
ふと、真夜に言われたことを反芻する。
――近くにいるだけでいいのかな? でも、どうしてだろ?
目を閉じ、真夜の言葉の意味を考える。
「……」
考える。
「……」
考える。
「……はふぅ」
なにも思いつかなかった。月葉には逆立ちしたってわからない。考え過ぎて知恵熱が出そうだ。
「もっと詳しく教えてくれてもいいのに……」
机に突っ伏した月葉は膨れっ面で不満を零す。
「なあにが『僕がこれ以上詳しく語ることはできない』よ。マヨちゃんのイジワル」
本人がいないところであだ名を言っても面白くない。そのことに寂しさを覚えつつ、月葉は机上に置いてあるもう一つの物に視線を移した。
携帯電話である。
月葉のお気に入りの髪飾りと同じ縹色をした最新機種だった。今日、帰宅した父が『一日早い誕生日プレゼント』と称して渡してくれたのだ。機種やデザイン、考えていた電話番号やメールアドレスは前もって伝えてあったので、月葉が携帯ショップに同行しなくても問題なかったようだ。
――明日は私の誕生日。この魔導書は明日の十八時に封印が解ける。なにか関係があったりして。
そう何度か推測してみたが、その度に偶然だろうという結論に至る。誕生日ならこれまで十五回も経験しているのだ。
「とりあえず、理音ちゃんと依姫ちゃんに携帯買ったことを伝えよっと」
二人の電話番号とメールアドレスは既に貰っているので、それをアドレス帳に登録する。それから電話を、と思ったが、いきなりかけると迷惑かもしれないのでメールを打つことにした。
慣れない携帯電話のボタンを、月葉はたどたどしく懸命に押していく。
【携帯買ったよ。月葉】
練習のつもりそれだけ打ち込むと、二人に送信する。
返信はすぐにあった。
理音からだ。
【おっとついに月葉も携帯デビューかぁ! おめでとさーん☆
今ちょっとテレビでプロレスやってるんだ。
それが終わってからもう一度こっちからメールするよ♪】
「プロレス……」
明日、理音になんらかしらの技をかけられそうで怖くなる月葉だった。
一分後、依姫からも返信が届く。
【おめでとうございます。これで月葉さんとも電話やメールでお話できますね。
PS:まだ社交パーティーの会場です】
「パーティー会場ってことは、あまり邪魔しない方がいいよね」
パタンと携帯を閉じた月葉は、んん、と軽く背伸びをする。
「そういえば、英語の宿題が出てたんだった」
真面目な月葉はそのことを思い出すと、後ろのベッドに立て掛けるようにして置いているカバンを取るため、椅子ごと振り返る。
そこに、全身を黒ローブで包んだ人物が背後霊のように立っていた。
数秒間の硬直。
「ひゃあっ!? だ、誰ですかあなた!?」
驚怖の悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた月葉を、黒ローブの何者かはじっと見据えている。フードを目深に被り、男なのか女なのかも判然としない。
黒ローブが一歩月葉に近づく。反射的に月葉は後ろに下がろうとするが――ゴチン! 机で後頭部を打ってしまう。
「はわ、あわ、わわ……」
無音で佇む黒ローブが不気味過ぎて、涙目の月葉は声を失っていた。
――け、警察を……。
どうにか這い上って机に置いてある携帯に手を伸ばしたところで――すっ、と黒ローブが懐からなにかを取り出した。
ナイフか拳銃かと月葉は怯え震えるが、それは古めかしい表紙した分厚い本だった。
――ま、魔導書!? 魔導書使い!?
最近はほぼ毎日のようにそういう本を見ていたので、月葉は一瞬で看破する。
――じゃあ、狙いは……。
月葉の母親――来栖杠葉の魔導書で間違いないだろう。
黒ローブの持つ魔導書が薄く輝く。数瞬遅れて月葉の体も輝きを纏った。
「な、なにこ……れ……?」
輝きに驚いた途端、月葉は激しい睡魔に襲われた。
――あ、あれ? なんで、眠く……?
瞼が重い。意識も段々と遠くなっていく。瞬き一つでもしてしまえば、そのまま眠ってしまいそうなほどの眠気が月葉を支配しようとする。
「ん……」
指の先にすら力が入らなくなり、弛緩した月葉はその場に崩れた。
――もう……ダメ……。
瞼が、落ちる。
眠りゆく月葉が最後に見た光景は、黒ローブが母親の魔導書を手にしている姿と――
一瞬、フードから僅かに覗いた銀色の髪の毛だった。
主に掃除をしただけのバイトを終えた月葉は、日和に車で送ってもらって帰宅し、夕食と風呂を済ませてから自室の勉強机と向き合っていた。
正確には、机の上に置いた母親の魔導書と、である。
――いいのかな? 本当に。
せっかく母親の形見が戻ってきたのに、月葉は素直に喜べなかった。ここ一週間の経験のせいで、魔術師ではない今の自分がこの本を持っていることに不安を感じずにはいられない。真夜か日和がいないと凄く心細い。
――今までなんともなかったんだから、きっと大丈夫だよね?
そう思うことにした月葉は、風呂上りでまだ濡れている髪をタオルで拭き、ピンクを基調とした花柄のパジャマのボタンを一番上まで留める。
『封印は明日の十八時に自動的に解除される。お前はその瞬間にこの魔導書の近くにいろ』
ふと、真夜に言われたことを反芻する。
――近くにいるだけでいいのかな? でも、どうしてだろ?
目を閉じ、真夜の言葉の意味を考える。
「……」
考える。
「……」
考える。
「……はふぅ」
なにも思いつかなかった。月葉には逆立ちしたってわからない。考え過ぎて知恵熱が出そうだ。
「もっと詳しく教えてくれてもいいのに……」
机に突っ伏した月葉は膨れっ面で不満を零す。
「なあにが『僕がこれ以上詳しく語ることはできない』よ。マヨちゃんのイジワル」
本人がいないところであだ名を言っても面白くない。そのことに寂しさを覚えつつ、月葉は机上に置いてあるもう一つの物に視線を移した。
携帯電話である。
月葉のお気に入りの髪飾りと同じ縹色をした最新機種だった。今日、帰宅した父が『一日早い誕生日プレゼント』と称して渡してくれたのだ。機種やデザイン、考えていた電話番号やメールアドレスは前もって伝えてあったので、月葉が携帯ショップに同行しなくても問題なかったようだ。
――明日は私の誕生日。この魔導書は明日の十八時に封印が解ける。なにか関係があったりして。
そう何度か推測してみたが、その度に偶然だろうという結論に至る。誕生日ならこれまで十五回も経験しているのだ。
「とりあえず、理音ちゃんと依姫ちゃんに携帯買ったことを伝えよっと」
二人の電話番号とメールアドレスは既に貰っているので、それをアドレス帳に登録する。それから電話を、と思ったが、いきなりかけると迷惑かもしれないのでメールを打つことにした。
慣れない携帯電話のボタンを、月葉はたどたどしく懸命に押していく。
【携帯買ったよ。月葉】
練習のつもりそれだけ打ち込むと、二人に送信する。
返信はすぐにあった。
理音からだ。
【おっとついに月葉も携帯デビューかぁ! おめでとさーん☆
今ちょっとテレビでプロレスやってるんだ。
それが終わってからもう一度こっちからメールするよ♪】
「プロレス……」
明日、理音になんらかしらの技をかけられそうで怖くなる月葉だった。
一分後、依姫からも返信が届く。
【おめでとうございます。これで月葉さんとも電話やメールでお話できますね。
PS:まだ社交パーティーの会場です】
「パーティー会場ってことは、あまり邪魔しない方がいいよね」
パタンと携帯を閉じた月葉は、んん、と軽く背伸びをする。
「そういえば、英語の宿題が出てたんだった」
真面目な月葉はそのことを思い出すと、後ろのベッドに立て掛けるようにして置いているカバンを取るため、椅子ごと振り返る。
そこに、全身を黒ローブで包んだ人物が背後霊のように立っていた。
数秒間の硬直。
「ひゃあっ!? だ、誰ですかあなた!?」
驚怖の悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた月葉を、黒ローブの何者かはじっと見据えている。フードを目深に被り、男なのか女なのかも判然としない。
黒ローブが一歩月葉に近づく。反射的に月葉は後ろに下がろうとするが――ゴチン! 机で後頭部を打ってしまう。
「はわ、あわ、わわ……」
無音で佇む黒ローブが不気味過ぎて、涙目の月葉は声を失っていた。
――け、警察を……。
どうにか這い上って机に置いてある携帯に手を伸ばしたところで――すっ、と黒ローブが懐からなにかを取り出した。
ナイフか拳銃かと月葉は怯え震えるが、それは古めかしい表紙した分厚い本だった。
――ま、魔導書!? 魔導書使い!?
最近はほぼ毎日のようにそういう本を見ていたので、月葉は一瞬で看破する。
――じゃあ、狙いは……。
月葉の母親――来栖杠葉の魔導書で間違いないだろう。
黒ローブの持つ魔導書が薄く輝く。数瞬遅れて月葉の体も輝きを纏った。
「な、なにこ……れ……?」
輝きに驚いた途端、月葉は激しい睡魔に襲われた。
――あ、あれ? なんで、眠く……?
瞼が重い。意識も段々と遠くなっていく。瞬き一つでもしてしまえば、そのまま眠ってしまいそうなほどの眠気が月葉を支配しようとする。
「ん……」
指の先にすら力が入らなくなり、弛緩した月葉はその場に崩れた。
――もう……ダメ……。
瞼が、落ちる。
眠りゆく月葉が最後に見た光景は、黒ローブが母親の魔導書を手にしている姿と――
一瞬、フードから僅かに覗いた銀色の髪の毛だった。
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