ご不要な魔導書買い取ります

夙多史

Page-25 魔導書の行方

 日和が運転するMRワゴンで月葉たちはアドリアン・グレフの滞在場所――駅前ロイヤルホテルに到着した。
 受付で彼がまだ宿泊しているのか確かめる。受付の従業員は不審な顔で月葉たちを見ていたが、内線電話で客室にいるアドリアンの了承を得ると、たちまち営業スマイルに戻って部屋まで案内してくれた。
 最上階のスイートルーム。そこがアドリアン・グレフの借りている部屋だ。
 チャイムを鳴らすとすぐに返事があり、なにやら大層ご機嫌な様子のアドリアンが月葉たちを迎えてくれた。
「入りたまえ」
 寝室・リビング・ダイニング・バスルーム等が別れた高級マンションとも遜色ない豪華な部屋に招かれ、月葉たちはリビングに通される。
「ふむ、まさかこれほど早く君が来栖杠葉氏の魔導書を譲ってくれる気になるとは思っていなかった」
 月葉の自宅のベッドよりも大きなソファーに一人で腰掛けたアドリアンが愉快そうに言ってきた。スーツではなくバスローブ姿で、彼はどこかの社長のようにふんぞり返っている。が――
「なにすっ惚けてんのよヘンタイ貴族! この子と私たちの店から盗んだ魔導書を全部返しなさい!」
 啖呵を切った日和が鬼の形相でアドリアンの胸倉を掴み上げた。泰然としていた彼の表情が「ひぃ!?」と一瞬で情けなく歪む。
「ま、待ちたまえ是洞日和氏! 一体なにを言っているのだね君は? 魔導書を盗んだ? この私が?」
「ほほう、まだ惚ける気ね。こっちには目撃者だっているのよ。あなたが魔導書を盗んだところを、この月葉ちゃんがちゃんと見てるんだから」
「そ、それは本当かね?」
 アドリアンが助けを請うような目で月葉を見た。月葉は今にも殴りかかりそうな日和にハラハラしながら、
「えっと、アドリアンさんってわけじゃないんですけど……銀色の髪をした背の高い人でした」
「ほれ見なさい! それってつまりあなたでしょう?」
「決めつけはやめたまえ。銀髪で長身の男など私でなくともいくらでもいる」
 と、日和が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「ふふふ。あなた今、『男』って言ったわね。月葉ちゃんはそんなこと一言も言ってないわよん。どうして男だと知ってるのかしら?」
「そ、それは、長身と聞けば男とイメージするだろう? 別に知っているわけではない!」
「まだ白を切るって言うの? 呆れたわ。どうしても口を割らないってことなら――」
 日和はアドリアンを投げ捨て、拳銃を抜こうとするガンマンのようにポーチに手を伸ばす。
「待て、姉さん。それは最終手段だ」
 するとそこで、今まで黙っていた真夜が日和を制した。彼は日和と入れ替わりでアドリアンの前に立つ。
「貴様の持っている魔書を全て見せろ。いいか、隠すな。二級程度の〝書棚〟なら収納数もたかが知れている」
 真夜の氷でできた刃物のような視線に刺され、アドリアンはその長身を小動物みたいに震え上がらせた。
「わ、わかった。それで君たちの疑いが晴れるのなら、私のコレクションを見せようではないか」
 アドリアンは渋々といった様子で〝書棚〟の位置をぶつぶつ唱え、大量の本を一冊ずつ取り出していく。真夜と日和はテーブルや床に置かれたそれらを片っ端から開き、盗まれた物かどうか検分している。
「……月葉、お前はこの部屋の中を探せ。隠している可能性もある」
「あ、は、はい!」
 唐突に真夜に指示され、月葉は反射的にいい返事をしてしまう。今度は一発で名前を呼んでもらえたが、その前に躊躇うような間があったことにはノーコメント。
 月葉はリビングから始めて部屋中を駆け回り、トイレや浴槽の中まで隈なく探したが、魔導書らしき本は一冊も出てこなかった。
「あなたね、これ許されると思ってるの?」
 リビングに戻ると、日和が呆れ口調でアドリアンを問い詰めていた。
「これ、それにこれとそれとあれも、全部一級じゃない。あなたの閲覧ライセンスは二級なんだから、所持することもいけないって知ってるわよね?」
「だ、だがよく見たまえ。それらは全て魔術書だ。魔導書のように本自体に危険はない。それに魔導書使いの私には読み解いたところで記されている魔術は使えん」
「だからなに? 関係ないわ。ライセンスの正式名称は魔書閲覧ライセンス。魔術書と魔導書の両方にそのルールが適用されるの。あなたは普通の魔術を使えないでしょうけど、あなたから他に流れる可能性だってあるんだから。それにどうせこれらは所有者登録してないんでしょう? まあ、できないからね。在処のわからない魔書ってけっこう怖いのよ? だから協会は全ての魔書の所在を把握したがってる。無謀過ぎると思うけどね」
 ガミガミと生徒指導の先生みたく説教する日和に対し、アドリアンはすっかり縮こまっていた。正座までさせられている。もう彼から貴族の威厳など微塵も感じられなかった。
「姉さん、今は目を瞑ってやれ。その辺を罰することは僕らの仕事じゃないし、あとで買い取ればいいだけだ」
 関心薄そうにそれだけ言い、胡坐を掻いている真夜は黙々と凄まじいスピードで魔書を検査していく。テーブルや床の上には検査し終えたと思われる魔書が山のように積み上がっていた。
 それ以降は日和も黙って作業を続け、やることのない月葉は所在なげにソファーに座って彼らが終えるのを待っていた。
 そのまま時間は過ぎ去り、太陽が完全に沈んだ。もう母親の魔導書にかけられていた封印は解けているだろう。月葉が徐々に焦り始めた頃、真夜が立ち上がった。
「全部で百四十三冊。そのうち魔術書が七割、魔導書は三割といったところだが、盗まれた魔導書はなかった。一応、貴様の〝書棚〟の最大収容数も聞いておこうか」
 正座状態のアドリアンを真夜は睨め下げる。アドリアンは少々言いづらそうに、
「に、二百三冊だ。しかしもう私の〝書棚〟には一冊の魔書も入っていないぞ! 本当だ!」
「フン、二級にしては中の下だな。残念だが口だけではなんの証明にもならん。〝書棚〟に干渉できる魔導書を持っていればいいのだが、生憎とそんなものはない」
 冷酷に言い放ち、真夜は日和を向く。
「姉さん、最後の仕上げだ」
「どうせやるなら初めからやればよかったじゃない。真夜、あなたこいつが所持してる魔書に興味があっただけじゃないの?」
「……」
 ――否定しないんだ……。
 少なくとも興味はあったらしい。百冊以上の本を出し入れさせられたアドリアンの疲弊した姿を見ていると、なんだか哀れに思えてくる月葉である。
「あの、日和さん、なにをするつもりなんですか?」
 ポーチから十字架のアクセサリーを三つ取り出した日和に、月葉は首を傾げて訊ねてみた。
「やられたことをやり返すのよ、月葉ちゃん。――真夜、手伝って」
「ああ」
 真夜は姉に一つ頷くと、ソファーやテーブルを移動させて正座しているアドリアンの左右後方を囲んだ。日和はそこにさっき取り出した十字架を丁寧に置いていく。月葉には二人がなにをしているのかさっぱり理解できない。
 アドリアンが青い顔をする。
「き、君たち、まさか私に曝露の魔術をかける気かね?」
「そうよん。わかってるじゃない。だから大人しくしてなさい」
 愉快そうに言いながら、日和はさらにビーズを一掴みしてばら撒いた。ビーズは不自然に転がってアドリアンを中心とした円環の魔法陣を描く。曝露の魔術……そういうことかと月葉は納得した。
「さて、ここは教会の懺悔室よ。あなたの悪事をバラしてもらうわね」
 パチン。日和が指を鳴らすと、ビーズの魔法陣が淡く輝き始める。するともがこうとしていたアドリアンが動かなくなり、魂が抜けたような表情になった。月葉も彼に〝曝露〟の魔導書を使われた時はこんな顔をしていたのだろうか。
「私たちの店と、月葉ちゃんから魔導書を盗んだのは、あなた?」
 青い瞳を虚ろにさせたアドリアンに、日和がシスターのように優しく問いかけた。
 アドリアンが首をもたげる。
 その口が、ゆっくりと開かれる。

「私は、そのようなことなど、していない」

 彼の一言で、この場が一気に静まり返った。
「……姉さん、術式はこれで合っているのか?」
 真夜が疑いの眼差しを日和に向ける。
「ええ、どこも間違ってないわよ。実際に発動したし。……てことは」
「アドリアンさんは、犯人じゃないってことですよね?」
 日和の言葉の後を、月葉が声に若干の嬉しさを込めて引き継いだ。顔も安心で緩んでいることが自分でもわかる。
「振り出しに戻ったな。手掛かりがないのならここで行き詰まりだ」
 真夜が唸る。犯人は月葉のカバンに盗聴器を仕掛けていた。つまり、一度は月葉の近くに現れたということだ。月葉は意識を総動員させ、犯人と思われる人物がいないか記憶を掘り起こす。が、やはり心当たりはない。
 と、その時――
「……ああっ! いた! いるわ! もう一人怪しい奴が!」
 日和が脳内で電気が奔ったような顔をした。月葉と真夜の視線が自然と彼女に集中する。日和はまだ曝露の魔術がかけれらた状態のアドリアンを指差し、
「こいつに月葉ちゃんの魔導書のことを教えた情報屋。いろいろあってすっかり忘れてたけど、そいつが怪しいわ」
「情報屋?」
 そんな存在がいたなんて月葉は初耳である。額を押さえている真夜もどうやら聞かされていなかったらしい。
「姉さん、そういう大事なことはもっと早く言ってくれ」
「だから忘れてたんだって。どうせだから、曝露が発動している内にこいつから訊いときましょう。本人は詳しく知らないって言ってたけど、嘘かもしれないからね」
 言って、日和はアドリアンに向き直る。
「あなたに、来栖杠葉の魔導書のことを教えた者は、誰?」
 ゆったりと耳の遠い老人に語りかけるような日和の問いに、虚ろなアドリアンは再び首をもたげ、答える。
「フォーチュン家の、生き残りだ」
 知っていた。いやそれ以上詳しくは知らないのかもしれないが、とにかく彼は答えてくれた。
「フォーチュン? ……なんか、どっかで聞いたことある名前ね」
 顎に手をやって思案する日和。だが思い出せなかったらしく、次の質問をアドリアンに投げかける。
「まあいいわ。そのフォーチュンっていう奴は今どこに――」

 Trrrrn! Trrrrn! Trrrrn!

 日和の質問の途中で、いきなり誰かの携帯電話が無機質な音を奏で始めた。
「え? わ、私だ」
 月葉は取り零しそうになりながらも携帯電話をスカートのポケットから掴み出し、開く。画面には『理音ちゃん』という文字が表示されていた。安堵する反面、着メロとかを早く設定しなければと焦る月葉である。
「えっと、友達からです」
 携帯買ったんだという雰囲気の二人にそう断ってから、月葉が通話ボタンの位置を思い出しながら押すと――
『来栖月葉ダナ』
「――ッ!?」
 知らない、機械で変えたようなぐぐもった声が聞こえた。
「だ、誰ですかっ!?」
 月葉の震えた叫びに、真夜と日和にも緊張が走る。
『是洞家ノ者モソコニイルカ? 全員ニ聞コエルヨウニシロ』
「全員に?」
「ちょっと貸して、月葉ちゃん」
 日和が有無を言わさず月葉から携帯を引っ手繰ると、なにやら操作をしてテーブルに置いた。たぶん、スピーカーホンとかいう機能を使ったのだ。
「あなたは誰かしら?」
『是洞真夜、貴様ニ訊キタイコトガアル』
 指名された真夜がピクッと微かに反応する。無視された日和は不機嫌そうに相貌を歪めていた。
「……なんだ?」
『来栖杠葉ノ魔導書ニカケラレテイル封印ノ解キ方ヲ教エロ。十八時ヲ回ッタノニ、ナゼ開カナイ?』
 月葉は壁にかけられている時計を確認する。既に十八時どころか、二十時も過ぎていた。
「フン、貴様が魔導書強盗か。そちらから連絡を寄こすとはいい度胸だ」
『早クシロ。教エナケレバ、コノ娘ノ命ヲ奪ウ』
『月葉! 逃げろ! こいつはお前を――あぐっ!?』
「理音ちゃん!?」
 携帯電話から聞こえる悲痛な叫びは、確かに月葉の親友――八重澤理音のものだった。彼女は交渉材料として犯人に捕らわれたのだ。
「真夜くんお願い! 私の魔導書はいいから、理音ちゃんを、理音ちゃんを助けてッ!!」
 涙を浮かべて訴える月葉に、真夜はしばし逡巡する様子を見せてから犯人に言う。
「……わかった。依頼人がそう言うのなら僕に秘匿する義務はない。だが、教えるのは八重澤の安否が確認できてからだ。貴様はどこにいる?」
『慎重ダナ、是洞真夜。イイダロウ』
 犯人はこうなることを予想していたのか、すんなりと真夜の出した条件を呑む。
『ナラバ、凛明高校ニアル特別教室棟ノ屋上ニ来イ。ソコデ貴様タチヲ待ッテイル』
 プツッ。ツー。ツー。
 通話が切れ、携帯電話から機械的な音が断続的に流れる。
 犯人の居場所は凛明高校――特別教室棟屋上。
 そこに、人質となった八重澤理音もいる。

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