どうやら魔王は俺と結婚したいらしい

わいず

264

ちゃぽんっ。

「ふぃぃ……」

ここは大浴場、1人で入るには広すぎる所に俺はいる。
因みに俺の長い髪はタオルで巻いている。
湯船に髪の毛を浸けない為だ。

「ほんと、ここは無駄に高級だよな」

高級感溢れる大浴場で、身体を洗ったあと、俺は風呂に肩まで浸かった。
あぁぁぁ……暖まるぅ、気持ちいぃ、力が取れるぅ。

全身の疲れがどばっと出ていくかのようにリラックスする。
だからなのか、気の抜けた声まで出てしまった。

「まさか本当に1人で入る事になるなんてな」

ロアに「今日は1人で入っておれ!」って言われて入ってみたが、解放感が半端ないな。
こんな事なら誰か誘えば良かった、広すぎて寂しすぎる。

あ、だからと言って何時もロアと入ってるのに居なくて寂しいとか思ってないからな……本当だぞ?

なんて事を誰かに語りつつ、圧倒的解放感に苦笑いしてしまう。
でもまぁ、たまにはこんな時間も良いものだなぁ。

……とぷんっ。

「っ、なんだ!」

ほっほのぼのしてたら妙な音が聞こえたぞ?
警戒して周りを見てみる、くっ……湯気で良く分からない。

こうしてみてみると、何も変わった様子は無い。
なんだ気のせいか……やれやれ、変に勘づいて恥ずかしいな。

「隣、よろしいですか?」

と、思ったが……俺の勘は外れていなかった。
タオルを巻いたヴァームが、俺の前に現れた。
非常にスレンダーな身体、長い黒髪は俺と同じ様にタオルで巻かれている。

にこにこ笑って俺を見てきてる。
……と、こんな事まじまじ見てる場合じゃない、すっと俺の隣に座ってきた、このコスプレ強要ドラゴンに言わなきゃいけない事が出来た。

「いつ入って来たんだよ!」

ばしゃっ! 水飛沫を上げてヴァームから距離をとる。
そしたら、くすりと笑って近づいてきた。

離れたのにこっちに来るな! と言ってやろうとしたが、その前に……。

「シルク様が入ってから、こっそりと入ってきました、分からなかったでしょう?」

とんでも無い事を口走った。
それ……ほぼ初めからいた事になるよな? ヴァーム……お前の言う通りだよ。
全く気が付かなかったぞ!

「……なんの用だよ」

睨みを効かせながら言ってやる。
そしたら、口元に手を当てて微笑みだす。

「あらあら、質問には答えてくれないんですか?」
「……そんなの、分かりきってるだろ」

初めから気付いてないのは分かってるだろ?
悪戯にくすくす笑いやがって……腹立つ。

「あらあら、怒っては可愛い顔が台無しですよ?」
「可愛いって言うな! 変な事を言いに来ただけなら帰ってくれ」
「ふふふ、そうカリカリしないでください。ちゃんと用があって来たんです」

用があっても来るのは可笑しいだろ、男が入ってるんだぞ? そこんところ分かってるのか?

「一応、男が入ってるんだが……女が躊躇ちゅうちょなく入ってくるのはどうかと思うぞ?」
「シルク様は男の娘なので問題ありません」
「…………」

キラキラ輝く笑顔で不快な事を言いやがった。
なんなんだよこのドラゴンは、俺をからかいに来たのか?

「……おっと、いけません。そろそろ本題に入りますね」

なんて事を考えて落ち込んでたら、ヴァームが髪を靡かせて俺に近付いてきた。
だから、距離をとった……だがヴァームは構わず近付いてくる。

なんだよ、その距離でも声は届くだろう。
それ以上近付いてくるんじゃない!

「シルク様」
「なんだよ……」

にっこり顔のヴァーム、え? なに? 何を言い出すんだ? 滅茶苦茶不気味だ。
くっ、風呂に入ってるのに寒くなってきた……。

「ロア様からの伝言です。それをそのままお伝えしますね? ……アヤネには負けんからなぁっ! との事です」

…………え? えと、それを言うだけの為に此処に入ってきたのか?
それ、俺が風呂から出た後でも良かったんじゃないか?

そっそれに……アヤネには負けんからなぁ? どうして敵対心を燃やしてるんだよ。
ロアだって料理が出来るだろう、ロアの料理美味しかったぞ。
だから敵対心を抱く必要は無いんじゃないか?

「さて、伝言は伝え終わりました。では私は……」

……と、色々考えてたらヴァームは立ち上がった。
あの口振りからすると、出ていくみたいだな。

やれやれ、これで1人でゆっくりと入れるんだな……はぁ、良かった。

「もう暫く、シルク様と一緒に入りますね。男の娘と一緒にお風呂に入るなんて貴重ですからね、うふふふ……。」
「全然良くなかった! 帰れよ! 貴重でも何でもないよ! お前には夫がいるだろう! そっちと一緒に入れ!」

なに、うっとり顔でとんでも発言してるんだ! 
……おっと、つい言い返してしまったが、ヴァームの場合ここですんなり引き下がる奴じゃない筈だ。

「シルク様、それはそれ、これはこれです」

ほら、やっぱりだ。
真面目な顔してふざけた事を平然と言い切った。
だからここは俺が出ていくとしよう。

「そうか、じゃぁ俺が出ていく。ゆっくり浸かっていけ……よっ!?」

そう喋りながら立ち上がった時だ。
ヴァームが俺の腕を掴んだ、そして引き寄せる!

ざっぱぁぁんっ!
そんな事をされたので、俺は勢い良く湯船に向かって転けてしまう。
がぽっ、くはっ……ぐっぐぅぅ、みっ水を……のっ飲んでしまった。

げほっ、げほげほっ。

「あらあら、申し訳ありません。貴重な時間を逃したくない一心で捕まえてしまいました」
「ぜぃ……ぜぃ……。そんな一心で溺れさせる様な真似をするな!」

まっまじで死ぬかと思ったんだからな。

「申し訳ありません。お詫びと言ってはなんですが……お背中流しましょうか? あっ、ロア様には事前に許可をとってあります。なので問題はありません」

きりっ!
グーサインを出して何をキメ顔で言うと思ったら、また自分勝手な事を言い出したな。

「勿論許されているのは背中側だけですよ? なのでご安心を」
「何も安心できる要素がない……だから離せ、俺はもう出るんだ! 身体ならさっき洗った!」

だから洗う必要はない!

「ふふふ、入念に洗った方が良いでしょう? それに………」

暴れる俺を背中越しに羽交い締めにするヴァーム、ぺたん……と何かが当たった。
それが小さくとも俺は過剰に反応して身体をびくつかせる。

「個人的にお話ししたい事もあるのです。だから聞き入れてくれませんか?」

……えらく真剣な声だ。
これはあれだ、本当に聞いてほしい声音だ。
そんなに真剣になるなら、こんなふざけた事を言わなきゃ良いのに……。

「……だったらそれは、この場で聞くよ。その話がふざけた話じゃないならな」
「ふふふ、安心してください。シルク様にとって大切な話ですから」

ちらっと後ろを振り向くと、くすくす笑うヴァームがそこにいた。
……たぶんヴァームは初めからその話をする為に来たんだろうな。

だったらすっと言えば良いのに……人をからかうな。
なんて思ってると、ヴァームは俺を離してくれた。
なので、ヴァームから少し距離を取って座り込む。

すると、すぅ……と息を吐いたヴァームは落ち着いた表情でこう語った。

「では、逆上せない程度にお話ししましょうか」

微笑みはそのままにヴァームは話していく。
こうして、風呂場での会話は始まった……。

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