どうやら魔王は俺と結婚したいらしい

わいず

163

皆が肝だめしをしている頃、僕は別の事をしていた。

「あれ……明らかに落ち込んでる歩き方だよね」

あれから少し遠くで見守っているけど、そんな歩き方をしているのが見て分かる。
とことこゆっくりと歩く、時折止まって上を見上げて星を見る、そして正面を見て「はぁ……」とため息、ずっとそれの繰り返し。

まぁ、そうなるのも無理も無いと思う。
だってあの状況で自分の好きな人が自分じゃない方を選んだら誰だって落ち込むよ。
僕だってそうなる、と言うかシルク君は良くあの状況で選べたよね。
普通なら選べない物だけど、シルク君なりに深く考えた結果姉上を選んだんだろうね……。

「ちょっとは進展すると良いんだけど……」

シルク君に選んで貰って姉上は喜んでる筈、だけど心配な所もある。
その心配が適中してなければいいんだけど……まぁそこは神頼みしかないよね?

びゅぅぅーー
少し強い潮風がタキシードをゆらゆらと揺らす。
アヤネの長袖の黒い服も同じ様に靡く。

今はシルク君と姉上の事は良いか、今はアヤネの事を何とかしないといけない。
あれから少し遠くで見守ってるのは今は直接話さない方が良いのかな? と思っての行動、今は気持ちの整理をしたいだろうし、話し掛けない方が良いと思って後ろから着いて行く形になっている、だから決してストーキングしてるわけじゃないよ?

「……らっ君、こっち来て」
「っ!」

びくっーー
身体が小さく跳ねてしまった、だって突然立ち止まって話し掛けてくるから……。

「はやく来て」
「あっ、うん……分かったよ」

僕の方に身体を向けて手招するアヤネ、だから小走りでアヤネの側へ行く。
そしたらアヤネは僕の顔を無表情でじぃ……と見てきた、いや……頬が若干膨らんでいる、え? もしかして僕……睨まれてる?

「えと、なに?」
「いつ話し掛けて来るのかな? って思ったけど……らっ君話し掛けて来なかったね」

あぁ……ずっと話し掛けて来るの待ってたんだ、いらない世話をやいちゃったみたいだね。

「だから呼んだの」
「そうなんだ……なんかごめんね?」
「ん、別に良い」

正面を向くアヤネ、そしたら艶のある長い黒髪が風で揺れる……ちょっとドキッとしてしまった。

すたっすたっーー
歩き始めるアヤネ、僕もそれに着いて行く、今はアヤネの側にいる。

「話そ、色んな事……今はそんな気分」
「僕で良ければ付き合うよ」
「ありがと」

僕を見て少しだけ笑うアヤネ、それに応えて僕も笑顔を見せた。
早く皆の所へ連れてかなきゃだけど少しだけなら良いよね? ここはアヤネの気持ちを尊重しよう……。

「大変だ」
「なに? どうしたの?」

と思ったらアヤネが立ち止まる。
心配そうにアヤネを見ると真剣な顔付きで「話す話題が無い」そう応えた。

くふふふ……落ち込んでてもアヤネはアヤネか、そのアホっぽさを見れて安心したよ。

「むっ……今、アホっぽいってと思った?」
「その通り、以外と察しが良いんだね?」
「以外とは余計……っ! アホっぽいって思うのは悪い事!」

ぽかぽか叩いてきた、少し痛い……どうやら僕のからかいに怒る気力はあるみたいだね。
でも、眼は悲しんだまま……立ち直るのはずっと先になりそうかも。

「ごめんごめん、あまりに面白くてつい……悪気はないよ?」
「嘘つき」

そんな悪戯な言葉を掛ける僕のほほをつねってくるアヤネ……でも直ぐに離してくれる。

「らっ君……」
「なに?」

そしたら悲しそうな眼をして見つめて来る、少し冷たい手で僕の頬に手を当ててくる。
……心が揺れた、タイプの女性に触れられれば僕はこんな風になるんだ、そう思った時……アヤネはゆっくりと口を開いた。

「らっ君は……シルクの好きな人を知ってるの?」

時が止まった気がした、一瞬ほんの一瞬だけどう言おうか迷う。
でも直ぐに思い出した、この質問は確実に聞かれるだろう……と。

アヤネは僕の好きなタイプ、深くは知らない相手……だから"好き"と言う想いにはまだ到達していない。
でも気になる相手なのは正直な所……だから僕は思うんだ「あぁ……僕は卑怯者だ」だと。

アヤネの好きな相手はシルク、でもシルク君の好きな相手は姉上……。
だからアヤネにそれを教えると言う事は……アヤネにシルクへの想いを諦めさせる切っ掛けを与える可能性になるかも知れないんだ。

どう考えても僕にはそれが酷い事をしている、そう思ってしまう。
言うべきか言わないべきか……普通は言わない方が良いんだろう、でも……僕にはその方が酷いと思う。

「……らっ君?」

答えが無い事に疑問を感じたのか小首を傾げる。
僕は、すぅ……と深呼吸する、そしてはっきりとアヤネに教えた。

「知ってるよ」
「だれ? それ……私だよね?」

ここまで話したら後には退けない……だから最後まで伝えよう。

「違う……シルク君が好きなのは君じゃない」
「………え」

だらんーー
手を降ろして俯くアヤネ、暫く固まった後、どんっ! と僕を突き飛ばして走りだす。

……アヤネは泣いていた。
走る時に涙を溢したのが見えた、確実に僕が原因の事だ。

だからなのか追い掛けた、必死に追い掛けた、アヤネに追い付く様に素早く。

……アヤネには直ぐに追い付いた、少し遠くを走っている。
その時、僕は身体に雷の様な衝撃が走った、気付いたら僕は……。

「危ない! 止まるんだアヤネ!」

大きく叫んだ、その声に反応するアヤネ……僕の方を見た。
が……警告が遅かった、アヤネは僕の視界から消える。

……そう、アヤネは崖から落ちた、声もあげずに唐突に。

「くっ……間にっ合えぇぇぇ!!」

その時、僕が助ける為に崖から勢い良く跳んだのは……言うまでもない。

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