現世(うつしよ)と幻(うつつ)の世界で……

ノベルバユーザー173744

第85話、その後……。

安部あべさん‼」

家から、数頭の猟犬と共に出てきた祐也ゆうやに声がかけられた。

「……又、貴方かな……」

猟犬が、唸るのを簡単な指示で抑え、ため息をつく。

「すんませんが、安部は、旧姓です。そう度々来んといてくれんかなぁ」
「じゃぁ、清水しみずさん‼あの、5年前の件について教えてください‼」
「もう、終わったやろ。示談も終了して、大学も自主退学しとるのに……なんなん?」

ラフなチェックのシャツとデニムの祐也は24歳である。



帰国後、正式に示談で終了した後、退学し、両親と話し合いをして空き家になっていた清水家の隣の家とその周囲の土地を購入した。
そして、猟銃免許を取得し、猟友会に入った。
猟犬を育てる事も始めた。

隣の家の婿の醍醐だいごや、少し下に同じように家を譲り受け移り住んだ日向ひなたと共に、地域を変えていくことを始めている。

醍醐の妻の風遊ふゆや、日向の妻のただすは只今子育て真っ最中で、それと共に、4年前から閉校となった小学校を借り受け、校舎を二階をすべて図書館に、一階ともと運動場は広場兼喫茶店、お土産物を販売している。
道の駅ではなく、街の古書店とやり取りをして珍しい古書を大量に購入し、専門書や、地域の歴史の本など幅広く、一階には絵本コーナーもある。
司書もおり、ちょっとした専門図書館となっている。
地元の人は無料で借りることができ、その他の人には登録制、年間使用料を払ってもらう。
そして、喫茶店はハーブティや、ハーブのお菓子に、お土産物は、地元の山菜、野菜、果物、そして猟友会の捕った獣の燻製などが売られている。

そして、その近くに、今度幼稚園ができる予定である。
まだ、日向たちの子供が入園予定だが、少しずつ、この風景や、祐也たちの取り組みに、街からこちらに引っ越すまでは行かないにしろ、子供をのびのびとした所でと望む親も出て来はじめた。

そうして、5年の間に、のどかで穏やかに変わりつつある地域に、侵入するもの……。

祐也は渋い顔で応対する。

「違います‼イングランドでの事件の件です‼」
「はぁ?それも、相手側が示談希望しとるし?弁護士にお任せしとるんやけど」

イングランドでの暴行事件は、国際弁護士を通じて裁判となり、少年時代の事や、その件で叔母……実母等に暴言を吐いた国会議員だった被告の父もバッシングを受けてやめざるを得なかった。
少年時代に祐也に暴力を働いた人々は、世間からも批判を浴びた。

「違います‼イングランドの貴族が自分の娘たちに対する、虐待……確か、誘拐された」
「止めてくれんか‼」

祐也は厳しく言い放つ。

「家族がおるんや‼幼い子供も‼何聞かせるんで‼」
「……パパ?」

引き戸が開き、顔を覗かせる小さい影。
クリクリっとした大きな瞳の可愛らしい……。

「撮らんといてくれんか‼……穐斗あきと。はよ、おはいり」
「あきと、アンジュも行く?」
「お待ちや」
「うん‼」

入っていく。

「あのお子さんは、5年前の……お友達のお名前を?」
「個人情報や‼いわんといてくれんかな?訴えるで?帰ってや。警察を呼ぶで?」
「わ、解りました‼失礼します」



帰っていったのを確認し、

「穐斗?かまんよ」
「「わーい‼」」

出てくるのは、『穐斗』とポッコリとしたお腹のマタニティルックの女性。
そしてジャック・ラッセル・テリア。

「パパ~、パパ~‼だっこ‼」
「祐也~、祐也~‼だっこ‼」

妻子と足元で走り回る犬に、ため息をつく。

「こーら、ほたる。お腹の子供に悪いけん、いけんいうたやろが。穐斗も……誰に似たんか、ほら‼」

ぺしょっと転んだ子供が、

「う、うわぁぁーん……」
「ほら、穐斗」
「パパ~」

父親に抱き上げてもらい、ひっくひっくしていたものの、えへへと笑う。

「パパ~だいしゅき‼」
「あー、穐斗ずるーい。祐也はママの~‼」
「ハイハイ。喧嘩せられん……あー、パパはお仕事に~」

山の方から声が響く。

「祐也‼まだこんのか?」

日向の声である。

「すんません‼日向さん。取材のがきとって、すぐ行くけん」
「まちよるぞ‼こっちじゃ‼」

あぁぁ、又遅刻と怒られるなぁと思いつつ、

「穐斗、蛍。じいちゃんのおうちに行っとき。ほら、じいちゃんおるで?」
「……祐也に言われると微妙やけどなぁ……」

隣の家から出てきたのは、醍醐。

「言っとって、穐斗を孫っていよるでしょうが?」
「それはそれ。ほら、穐斗。蛍もおいでや。これ以上祐也かまっとったら、ひながおこるで?こーんなの」

目をつり上げて見せる。

「あほか~‼おまえもこいや‼新人研修や‼一番お前がサボっとるが‼」

日向の声に、

「あーうるさ、耳がつんぼになるがな。いくわい。ほんなら」
「「「いってこうわい」」」

祐也たちの声に、穐斗と蛍は手を振り、

「いっておいでや」



山は温もりと、優しさを取り戻していく。
苦しみと哀しみを、せせらぎに変えて、川に流し、海に還すのだ……。

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