現世(うつしよ)と幻(うつつ)の世界で……

ノベルバユーザー173744

第23話、9人乗りの大型車の乗り心地はとてもいいようです。

祐也ゆうやは高校時代に、学校の帰りに自動車学校に通い、早々に免許をとっていたが、穐斗あきとは早生まれで、その上、高校時代は実家から母に車で送ってもらい、帰っていたのと、自動車学校が実家と反対にあったため、取らずに大学に進学した。
ついでに、大学の空き時間にでも取ろうと思っていたのだが、座学は全て終了したが、運転が全く駄目で、担当教官が、

「わしも十数年教えてきたが、お前ほど運転に適さん人間は知らんぞ……やめとけ」

と匙を投げられた。

「せ、先生……僕、家が山なので免許がないと動けないんです……」

と必死に訴え、数限りなくギリギリまで補習をして、ようやく免許をとれたのだが、一度、祐也が車を貸し、助手席に乗ったところ、一キロも進ませず、交代した。

「えー?何で?」
「左右のミラー‼ついでに方向指示器‼意味もないところで、クラクションはいらない‼」
「えー?そうなの?どうしよう。僕、明後日、レンタカー借りて、実家に帰るつもりだったんだけど……」
「この時期に?」

5月の終わり、6月のはじめである。

「うん、ほたるまつり。ほたる狩りするんよ。それに、廃校になった小学校のグラウンドで、地域の伝統芸能の発表とか、地域の桶うどんとか、ちらし寿司に山菜おこわに……どうしよう‼帰れんかったら、たのんどったチケットパァや‼わーん!せっかく母さんに言うて、たのんどったのに~‼」

半泣きの穐斗に、ちょうど、土日が空いていた祐也が、どうせならと先輩たちを誘い、5人で向かったのだ。
で、昼過ぎから夜まで、田舎のお祭りや、地域の人と話したりを楽しんだ5人は、日が陰っていき、チラチラと小さな命のきらめきが瞬く頃に、

「ねえ‼祐也‼それに、先輩‼ここはそんなにほたるがおらんのよ。でも、ここから、行きと逆に入っていったところに、目の前でほたるがぎょうさん見える穴場があるんで~‼行こ‼そこはなぁ、じいちゃんがばあちゃんに、プロポーズしたんやって‼」
「そんなに見えるのか?」

日向ひなたの問いかけに、珍しく被っていた帽子を持ち、

「これで採れるもん‼あ、母さん‼」
「あんたら、ここでおるんかね?」

風遊ふゆが顔を覗かせる。

「あそこにほたる、見に行こ思て」
「じゃぁ、一旦、荷物と車、家に持ってお行き。一緒にいったげるけんな。ついといでや。あぁ、なんやったら、小さい車じゃ大変やろ?こっちにのりや」

と、醍醐だいごがではと、乗せてもらい、移動した。
元々醍醐は家が商売をしているので、話上手聞き上手、その上、風遊はおおらかなため、気が合い、意気投合したらしい。
その為、一度家に移動し、祐也の車をおいて、その場所に行くと、

「ちょ、ちょっと待ってぇぇ‼これって星?降ってくる‼」

ただすがキョロキョロと見回し、風遊が、道の向こうの森を示す。

「ほたるの雄は、昼間は森で休んどんよ。で、日が落ちたら、森から、川に降りてくる。ここは、山の間やし、川を渡る橋の傍。その上、草が適度に生い茂っとるやろう?ほら、みとぉみや」

空からキラキラと降りてきた命の星がチラリチラリと光を放つ。
ちなみに、源氏蛍の光は日本の東と西で光り方が違い、長さも違う。

「ン?」

日向は手を伸ばし、何かをつかんだ。

「ひ、ひなちゃぁぁん?」
「いや、光が弱い気がして……これは……」
「平家蛍や。源氏は……」

息子の帽子を取り、ひょいっと動かして引っ掛かったものを両手に包み見せる。

「ほら、スゥちゃん。みとおみ。これが源氏蛍や。平家より大きかろう?」
「あ、本当‼それに、光が強い」
「そう。大きいけんね。この光で、川におる恋人を誘うんや。ほら、回りじゅう、現実の世界とは思えんぐらい、美しいと思わん?」

糺は目をキラキラさせる。

「思います‼この光景……文章に書ききれない……どんな美辞麗句を飾っても、言葉が色褪せてしまう……。空には本当の星がキラキラとしてて、回りには、降ってきた星のような瞬く光が舞い踊る……これが、本当の世界……はぁぁ……この世界が現実なんて……」
「この世界は、なくなるかもしれん……危うさも秘めとるんよ。年々川の水が汚れて、綺麗な水が好きなほたるには環境が悪ぅなっとる。その上、山も荒れて、絶滅はまだせぇへんけど、失われる可能性もあるんよ」

風遊は手の中のほたるを離し、微笑む。

「スゥちゃんは物書きやろ?やったら、この美しさを紙の上に……文章にして残してあげてや。本当の世界で残すんは、この地域の人間や。努力するわ」
「は、はい‼」
「やったら、もう少し観たら、帰ろうや」

と、初めて穐斗の家に泊まった日の事である。



ほたるを回りで見た場所とは逆に、走っていくと、山と山の間の谷を抜け、駅に到着した。

「あきちゃぁぁん‼祐ちゃん‼」

手を振っているのは、糺。
その横で少し寒そうに立っているのが日向と醍醐。
そして、足を組んで座っているのが……。

「もうちょっとしたら、最終電車。きいつけてお帰りや」

穐斗は冷たく告げる。
運転席から降りた祐也が、

「先輩。荷物は後ろに。で、座席は……何勝手にはいりよんで‼」

強引に乗り込もうと、扉を開けた穐斗の姉の夏樹なつきだが、

ワン‼
ワンワン‼
クルルルル……‼

と言う3頭の犬に腰を抜かす。

「ギャァァ‼な、何よ‼これ‼」
「あぁぁ‼久しぶり~‼弁慶べんけいちゃん‼義経よしつねちゃん‼」

糺はセッター、ポインターの大型犬を、恐れもせずに抱きつく。

キュゥゥ?

構ってくれないの?

と言いたげに鳴いた子犬を見つけ、

「おぉ‼ミニチュアシュナウザー‼しかもブラックタンとかじゃない‼うわぁぁ……」

呆然とと言うよりもうっとりとみいっている日向に、

「先輩。鶴姫つるひめです。甘えん坊なんで、中で存分に‼」

祐也は抱かせ中に押し込み、

「醍醐先輩も、弁慶好きですよねぇ」
「綺麗な犬ですよねぇ。本当に、賢い犬は大好きですよー」
「じゃぁ、帰りましょう。じいちゃんたちも待ってますよ」



夏樹を残し、車は帰っていったのだった。

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