異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第三百二十八話 広くてすてきな宇宙じゃないか②
「なぜだ……、ヤルダハオトを生かしておくと君たちの世界は……」
僕が刺したのは、影神だった。
そんな甘言、気にすることではない。
今まで会ったことのない神を、いきなり信じろと言われて、信じる方がどうかしているのだ。
実際のところ、ヤルダハオトは確かに世界を安全にしてくれる保証はないだろう。しかして、それは影神にもいえることだ。この世界を守っているならば、あの世界も守ってくれる保証はない。ならば、現実味のあるヤルダハオトを信じるほか――無かった。
「流石だ。流石だよ、古屋拓見。君はきっとそう決断してくれると思っていた。後悔することはないさ。君たちは救われる。それですべてが終わる。君は、世界を救う勇者となり、僕はこの世界の神となるのだから!」
ヤルダハオトは倒れゆく影神の姿を見ながら高笑いする。
自分は何もしていないくせに、横柄な態度をとっているものだ。
それにしてもヤルダハオトは自分の世界を手に入れて、何がしたいのだろうか。
「……ヤルダハオト。君はいったい何をしたいんだ。あの世界を滅ぼすのか?」
「滅ぼすつもりはないよ。興味も無いしね。僕はこの世界を管理する神となった。そして、権限が与えられたということは……」
気がつくと、白の空間は、広い双六のようなものに姿を変えていた。
双六には無数のコマがそれぞれ別の場所に置かれており、そこにはいろいろなテーマみたいなものが書かれていた。
曰く、結婚する。
曰く、破産する。
曰く、卒業する。
それは人生の大事なイベントでもあるし、或いは人生にとって一大決断ともいえるイベントでもあった。
そのイベントをクリアすることで、自らの人生をより豊かにするものもあれば、愚かにするものもある。
「神の双六。この世界の様々な人間の一生を双六に見立てた、無間地獄にも近い世界だ。神は永遠にも似た時間を双六の管理に費やし、双六によって人間の一生を変えることができる。短い一生を終える者も、長い一生を終える者も、誰もが人生のゴールに辿り着いたことを意味する。それがたとえ、自ら命を絶ったとしても、それが双六のゴールだ」
「……神の……双六……」
「その双六を操る権利が与えられること。それはすなわち、神になるということだ。この双六のコマに触れることも、サイコロに触れることも許されない。神になることで、それらが許される。ヤルダハオトと名乗っていた神は、双六に触れることもできない偽りの神だった。だが、今は違う。君が影神を殺したことで! 僕はついに正真正銘の神となった!」
「残念ながら、それは違う。あり得ないことだよ」
僕が刺したはずの、影神が霧散する。
ヤルダハオトは何が起きたのかと困惑し、周囲を見渡した。
「あの剣は! 神を殺すための剣だったはず。どうして殺すことができない!」
「ははは……。そもそも君は大きな間違いを犯している。古屋拓見、きちんと『自分の目』で真実を見つめてごらん。君が何を為したのか」
僕が何をしたのか。
その両の目ではっきりと見つめた。
そして、その風景が徐々にはっきりとしてきた。
倒れていたのは、影神ではなく――ヤルダハオト。
僕が刺したのは影神ではなく、ヤルダハオトだったのだ。
「……まさか死にゆく最後まで幻想を見せて勇者を困惑させようとしていたとはね。恐れ入るよ、ヤルダハオト。君は確かに神になれる存在だったかもしれない。やり方を間違えていなければ、の話だが。やり方さえ間違えていなければ、きちんとした段取りさえ踏んでいれば、君もまたこの双六の管理者となり得ただろう」
ヤルダハオトはもう動かない。
触れると、既に身体は冷たくなっている。
「……死んだ、んですか」
「そうだ。君が殺した。神を、君が殺した。でも君は間違った行動をとったと思ってはいけない。これは正しいことだった。仮にヤルダハオトが生き延びたところで、あの世界が救われるとは限らない。ガラムドが存在し続ける限り、きっと彼はガラムドを滅ぼそうと、世界を滅ぼそうと、神の力を手に入れようとしただろう。そしてこの双六を管理して、悪用して、世界は破滅に向かうかもしれない。それは仮定の話だ。それはもしもの話だ。しかしながら、彼にはそれをする可能性がある。それだけで、僕たちは彼の悪行を止めなくてはならなかったのだよ。だが、止めることができるのは、君の持つシルフェの剣だけだった」
シルフェの剣。
それは僕が勇者だからこそ使うことができたという、伝説の剣。
今は何故だか分からないけれど、シルフェの剣もこの世界に現出している。
「シルフェの剣はガラムドが人工知能たる君に託した管理プログラム。或いは、消去プログラムとでも言えばいいか。ガラムドはずっと危惧していたんだ。ヤルダハオトがこの仕組みを悪用する危険があると。そして、自分自身がそうなる可能性も十分に考えられる、と。だからこそ、神殺しの剣を作った。オリジナルフォーズもまた、世界を粛清するためのプログラムであり、シルフェの剣も神の暴走を止めるための抑制機関だった、というわけだ」
僕が刺したのは、影神だった。
そんな甘言、気にすることではない。
今まで会ったことのない神を、いきなり信じろと言われて、信じる方がどうかしているのだ。
実際のところ、ヤルダハオトは確かに世界を安全にしてくれる保証はないだろう。しかして、それは影神にもいえることだ。この世界を守っているならば、あの世界も守ってくれる保証はない。ならば、現実味のあるヤルダハオトを信じるほか――無かった。
「流石だ。流石だよ、古屋拓見。君はきっとそう決断してくれると思っていた。後悔することはないさ。君たちは救われる。それですべてが終わる。君は、世界を救う勇者となり、僕はこの世界の神となるのだから!」
ヤルダハオトは倒れゆく影神の姿を見ながら高笑いする。
自分は何もしていないくせに、横柄な態度をとっているものだ。
それにしてもヤルダハオトは自分の世界を手に入れて、何がしたいのだろうか。
「……ヤルダハオト。君はいったい何をしたいんだ。あの世界を滅ぼすのか?」
「滅ぼすつもりはないよ。興味も無いしね。僕はこの世界を管理する神となった。そして、権限が与えられたということは……」
気がつくと、白の空間は、広い双六のようなものに姿を変えていた。
双六には無数のコマがそれぞれ別の場所に置かれており、そこにはいろいろなテーマみたいなものが書かれていた。
曰く、結婚する。
曰く、破産する。
曰く、卒業する。
それは人生の大事なイベントでもあるし、或いは人生にとって一大決断ともいえるイベントでもあった。
そのイベントをクリアすることで、自らの人生をより豊かにするものもあれば、愚かにするものもある。
「神の双六。この世界の様々な人間の一生を双六に見立てた、無間地獄にも近い世界だ。神は永遠にも似た時間を双六の管理に費やし、双六によって人間の一生を変えることができる。短い一生を終える者も、長い一生を終える者も、誰もが人生のゴールに辿り着いたことを意味する。それがたとえ、自ら命を絶ったとしても、それが双六のゴールだ」
「……神の……双六……」
「その双六を操る権利が与えられること。それはすなわち、神になるということだ。この双六のコマに触れることも、サイコロに触れることも許されない。神になることで、それらが許される。ヤルダハオトと名乗っていた神は、双六に触れることもできない偽りの神だった。だが、今は違う。君が影神を殺したことで! 僕はついに正真正銘の神となった!」
「残念ながら、それは違う。あり得ないことだよ」
僕が刺したはずの、影神が霧散する。
ヤルダハオトは何が起きたのかと困惑し、周囲を見渡した。
「あの剣は! 神を殺すための剣だったはず。どうして殺すことができない!」
「ははは……。そもそも君は大きな間違いを犯している。古屋拓見、きちんと『自分の目』で真実を見つめてごらん。君が何を為したのか」
僕が何をしたのか。
その両の目ではっきりと見つめた。
そして、その風景が徐々にはっきりとしてきた。
倒れていたのは、影神ではなく――ヤルダハオト。
僕が刺したのは影神ではなく、ヤルダハオトだったのだ。
「……まさか死にゆく最後まで幻想を見せて勇者を困惑させようとしていたとはね。恐れ入るよ、ヤルダハオト。君は確かに神になれる存在だったかもしれない。やり方を間違えていなければ、の話だが。やり方さえ間違えていなければ、きちんとした段取りさえ踏んでいれば、君もまたこの双六の管理者となり得ただろう」
ヤルダハオトはもう動かない。
触れると、既に身体は冷たくなっている。
「……死んだ、んですか」
「そうだ。君が殺した。神を、君が殺した。でも君は間違った行動をとったと思ってはいけない。これは正しいことだった。仮にヤルダハオトが生き延びたところで、あの世界が救われるとは限らない。ガラムドが存在し続ける限り、きっと彼はガラムドを滅ぼそうと、世界を滅ぼそうと、神の力を手に入れようとしただろう。そしてこの双六を管理して、悪用して、世界は破滅に向かうかもしれない。それは仮定の話だ。それはもしもの話だ。しかしながら、彼にはそれをする可能性がある。それだけで、僕たちは彼の悪行を止めなくてはならなかったのだよ。だが、止めることができるのは、君の持つシルフェの剣だけだった」
シルフェの剣。
それは僕が勇者だからこそ使うことができたという、伝説の剣。
今は何故だか分からないけれど、シルフェの剣もこの世界に現出している。
「シルフェの剣はガラムドが人工知能たる君に託した管理プログラム。或いは、消去プログラムとでも言えばいいか。ガラムドはずっと危惧していたんだ。ヤルダハオトがこの仕組みを悪用する危険があると。そして、自分自身がそうなる可能性も十分に考えられる、と。だからこそ、神殺しの剣を作った。オリジナルフォーズもまた、世界を粛清するためのプログラムであり、シルフェの剣も神の暴走を止めるための抑制機関だった、というわけだ」
コメント