異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第三百二十四話 終わる世界③

「いずれにせよ、ガラムド。君の負けだ。これ以上、この世界を保存することは許されない。エネルギー的な問題もある。それに、いくつかあるサーバのうちまともなプログラミングが通ったのは、あの世界だけだ。それ以外は、悲しい世界だ。終わりを告げることの無い世界、それが君たちの通ってきた『シミュレート2047』。西暦二〇四七年のある日をもって人類が滅亡し、世界時計がリセットされる。まともに動いている世界はそこと、君たち……メアリー・ホープキンたちが過ごしてきた『シミュレート2015』だけだ」
「それはあなたが決めることじゃない。あの世界に生きる人たちが考えて、生きていくことよ。私たちは確かにサーバの管理権限を与えられている。その気になれば、全サーバを止めることだって、再起動することだって、簡単にできる。けれど、それは同時に器の消失にも繋がるし、あの世界で生存することすら不可能になる」
「君は気づいていないのだろう。……そりゃあ、そうだ。君は一万年以上、体感的にはあの電子空間に神様として存在したのだからね。でも、僕は違う。ずっとこのコントロールルームで無限にも近い時間を、管理者として過ごし続けた。君をどうやってこのコントロールルームへと連れて行くか、いつ計画を実行するかを考えていた。老人どもは、地球を再び自分たちのものにしたかったらしいけれど……はっきり言ってその考えは甘い。そして小さい。もっと大きい考えをしないと」

 ガラムドは絶句する。
 ようやくヤルダハオトが何をしでかそうとするのか――その一端を理解することができたからだ。

「あなた……今の世界を取り戻すだけじゃなく、神の箱庭すら掌握するつもりね? 天より墜ちた創造神ムーンリット・アートを殺す。それがあなたの目的」

 ヤルダハオトは笑みを浮かべ、そして小さく頭を垂れた。

「ああ、そうだよ。その通りだ。……君たちは何も考えちゃいない。人間のおろかな歴史を繰り返している。だから僕がやり直す。神を殺し、世界そのものをリセットする。今度こそ人間の間違った歴史を繰り返さないためにも……」
「間違った歴史、ですって? それは誰にだって評価できない事象よ。たとえそれが神であろうとも」
「いいや、君こそ間違っているんだ。君が、世界を守る神ならば、僕は世界を滅ぼそう。……それが世界のためならば!」

 そうして、ヤルダハオトはボタンを押下した。


 ◇◇◇


「そろそろ、一人語りはおしまいにしようじゃないか、古屋拓見」

 暗黒になっていた空間に、一つのスポットライトが当てられる。
 そこに居たのは、一人の男だった。
 僕は……彼を知らない。見たことも無い。けれど、どこかガラムドに似た、崇高な雰囲気を醸し出していることは、直ぐに理解できた。
 男は頷くと、

「僕のことは誰か、ということを理解しなくていいよ。今はね。少なくとも今は、理解する必要は無いし、順番が違う。まずは今の状況をどうにかして回復しなくてはならない。それは君だってわかるだろ?」
「そうだ。ヤルダハオトを止めないと……!」

 僕は周囲を見渡す。
 けれどその暗黒からの出口は見当たらない。いったいどうやって現実に戻ればいいというのか……。

「簡単だよ、古屋拓見。どうやって現実に回帰するのか。今は、君の存在が君自身によって不安定になっている。それを安定させればいい。君が君であるために、君は君自身の価値を確定させなくてはならない」
「僕自身の価値を、確定させる……」
「そう。君は人工知能かもしれない。君は定められたプログラムかもしれない。だから、どうしたっていうんだ。自我が芽生えれば、それは『命』だよ。命そのものだよ。だから、前を進め。前を見て、歩け。その先に、君が追い求める未来があるはずだよ」

 すると――僕の目の前に――正確には、その男の背後に一筋の光が見えてきた。
 それが出口であると気づくまでに、そう時間はかからなかった。

「さあ、進むがいい。その先に、君の、君たちの未来は待っている」
「あなたは、いったい……」

 男は、一笑に付して、言った。

「僕が誰かというのは、今は言わない方がいいだろう。けれど、僕は味方だよ。正確にはあの世界の観測者であり、別の世界の観測者であり、その世界の創造者であり、管理者であるけれどね。昔は補佐の役割だったが、彼女が力を使いすぎた関係で今は僕が代理でやっている」

 それだけを聞くと、神様のようにも思える。
 いいや、きっと彼は神様なのだ。
 だから僕は笑みを浮かべ頭を下げると、その光に向かって走り出した。

「ありがとうございました! 僕は、もう迷いません!」
「……そうだな。一つだけ質問させてくれ。少年。世界は面白いかい?」

 立ち止まり、答える。
 その間は、一瞬も無かった。

「当然ですよ!」

 そして、僕は再び光に目がけて走り出す――!

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