異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第三百二十一話 レール≪決められた世界、私たちの世界≫

 第二のキャラクター。
 メアリー・ホープキン。彼女の場合。

「祈祷師の娘って、ちやほやされるのよね。神様の血筋を引いているから、っていう理由で色んな利権を争いがちになる。だから、私は……いいや、正確には私のお父さんは、母さんから私を突き放した。でもきっとそれもまた、母さん……リュージュの掌の上だった」

 だから、フルを利用した?

「違う。フルは、友達。確かに勇者だから、彼を補佐して欲しいってガラムド様から言われたから」

 言われたから、やるだけ?

「違う。そういうことじゃ……」

 あなたはただ――自分の存在価値を確定したいだけ。

「違う」

 違わない。

「違う」

 誰かによって決められたレールに沿って進みたくなかったのに、結局、誰かが決めたレールの上を走らないと気が済まなくなった。
 逃げ出したかっただけなのに、逃げ出す方法を考えつくことが出来なかった。
 逃げだそうとしていたから、目の前にいた『勇者』を利用しただけに過ぎない。

「違う。私は……そんなことをしたかったんじゃ……」

 違わない。

「私は!」
「へえ。メアリーは、僕のことをそんな風に思っていたんだ」

 再度、メアリーの背後にスポットライトが照らされる。
 そこにいたのは、フルだった。
 彼女がその存在を認識すると、気付けば空間はある一室へと変貌を遂げている。
 そこはある宿屋の一室で、メアリーしかいないようだった。
 メアリーは独りごちる。

「……フル。いっつも、仏頂面で何を考えているか分からないけれど…………。どうなんだろう? 私のこと、気にかけているのかな」
「見ないで。フル」
「ねえ、フル。…………」

 『メアリー』は、自分が持っている鞄を、さもフルだと思い込んで、呟いた。

「…………私のこと、好き?」
「私の心の中を、見ないで」

 絶叫。
 驚愕。
 共鳴。
 落胆。
 短絡。
 軽蔑。
 耄碌。
 そして――目の前にあるのは、一つだけの意思。
 新人類と、旧人類の進む道は――。


 ◇◇◇


「これから始めるのは、一つのプログラムによる思考実験だ。パラドックスともいえるかもしれない」

 ヤルダハオトは、メアリーたちを目の前にして、こう呟いた。
 それはショータイムの開始を知らせる合図のようにも見えた。
 それは人類の滅亡を示唆する科学者にも見えた。

「古屋拓見という名前の思考プログラム……いいや、正確には人工知能とでも言うべきかな。ともかくその人工知能は、いずれやってくる『再生の刻』を待って転生を繰り返していた。本人は転生したという記憶を持っていなくとも、人工知能の根底には古屋拓見が干渉出来ない記憶が存在する。それこそが、人工知能『アリス』の持つ記憶という名のポインタだ」
「あなた、いったい何を……」
「ヤルダハオト。それは私とあなたしか分からない次元の話。それを、彼女たちに話しても無駄だと言うことは、あなたが一番ご存知のはず」
「ああ、そうだとも。知っているとも。けれどね、言っておいたほうが良いと思ったのさ! 何も知らずにこのまま計画の歯車の一つになるのなら、少しぐらいは知っておいたほうが良いのではないかと思うのだよ。それとも、君は何も教えずにただただ殺すのがベストだと考える訳か。だとしたら残酷だねえ、正史の上では君が唯一の神様として崇められているはずなのにね?」
「……あなたは何も分かっていない。いいや、私も何も分かってはいなかった。このプログラムに、取り込まれるまでは! 私は、この世界に生き続けて、気付いたんです。この世界に生きる人たちは、決して急ごしらえの人たちじゃない。決して、私たちがまたこの世界に命を育めるようになるまでの間、人間としての種を存続させるためだけの存在じゃない。私たちは、彼らと共に歩むことだって、出来るはず。そう気付かされた。私は、」
「あの、古屋拓見というプログラムに、か?」

 ガラムドは、見る。
 それはかつての学友に向けた目線であって。
 それは世界を二分する神に向けた目線であって。
 それでいてどの誰でも無い慈愛に近い目線を送っていた。

「あなたは間違っている。あなたは、選べと。選択の余地を与えた。しかし、それは間違っている。私たち旧人類か、メアリーたち新人類か。いいえ、別に人類は二種生きていても問題ないはず。それを、私たちが決めて良いことでしょうか! それはきっと、神様だって、それは私たちの世界を創造し得た神様だって、許しはしないことでしょう!」
「五月蠅い」

 一言。

「五月蠅い」

 二言。

「五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い……!」

 続く、続く、言葉。
 しかしながらその言葉はどれも同じ言葉のみを、呪詛の如く呟いている。
 諦めきれない子供のように、諦めたくない大人のように、ヤルダハオトはかくも人間らしく呟いていた。

「この世界が僕たちのものだって決まっていた。そのための『アマテラス』、そのための気象操作プログラム! そのための人類再生計画、そのための種の冷凍保存プログラム! それは元老院で決められていたこと。それはエルダリアの老人たちが決めてきたこと! 僕はそれに従い、僕はそれを実行する! そう、決められたことなのだから!」
「決められたこと、決められたこと……。あなたは、いつもそう言っていた。僕がこの実験をすることも、すべて決められていたことだ、って」

 一歩。
 ただ、一歩前に踏み出す。
 ガラムドはしかと前を見て、ヤルダハオトの言葉に呼応する。

「あなたは、他人が敷いたレールの上をただ走っているだけ。あなたはただ、老人達の戯言に従っているだけ。そこにあなたの意思はない。そこにあなたの自由意志は存在しない。……それは、あなたが一番気付いているはずよ。ヤルダハオト」

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