異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第三百二十話 ボクの世界

 自分が生きる意味。
 存在理由。レゾンデートル。
 生きていく上で、その人間が生き方を発見するのは難しい。生きていった中で、後悔をしない生き方をすることは難しい。
 フル・ヤタクミ、そして古屋拓見の場合。


 僕はこの世界にやってきた。予言の勇者として。世界に平和をもたらすために。世界に希望をもたらすために。
 でも、それはすべて神によって……いいや、神ですらない、神代わりの人間によって仕組まれていたことに過ぎなかった。ここはただの箱庭で、僕はただの人形。

「生きるのが、嫌い?」

 そうじゃないさ。ただ……なんだろう。何も思いつかないな。いや、思いつかせようとしてくれないのかもしれない。或いは思いつくまでに時間がかかることなのかもしれない。

「生きるのは、怖い?」

 誰だって怖いよ。だっていつ死んじゃうか、分からないんだもの。

「でも、生きていたい?」

 ……どうかな。

「生きていたくはない?」

 そうでもないし、そうではないとも思う。

「では、あなたはどっち?」

 結局、僕の生き方はレールに従っていただけ。そりゃそうだよな。異世界に飛ばされて仲間とともに敵を倒す。そうしたら元の世界に戻れる保証なんて何処にもなかった。もしかしたら一生あの世界にいたかもしれない。
 でも、僕は生きていた。
 確かにあの時、生きたいと願った。

「あなたは、生きることを願った。そして、生きることを誓った。世界を救うと誓った。でも、その結果は……」

 やめろ。

「あなたが居なければ、この世界は崩壊しなかった!」

 僕の脳内にメアリーの声がこだまする。
 やめろ。

「君は予言の勇者だからいいご身分だよね。崩壊した世界を押し付けられたこっちの身にもなってほしいよ。君は別の世界からやってきたから、こんな世界に愛着も湧かないのだろうけれどさ」

 今度はルーシーの声が聞こえる。
 やめろ。

「お前が望んだ結果だ、これが」

 暗黒に、スポットライトが当てられる。
 そこに立っていたのはリュージュだった。
 何で。リュージュは。殺した。死んだはず。なのに……!

「お前は勇者だよ。確かにそれは認めよう。そして私は『絶対悪』というロールでも担っていたのだろうよ。だが、この結果を見ろ。お前が信じていたものは、お前が信じていた世界は、根底から覆された」

 やめろ。
 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ……!

「……どれほど悔やんでももう遅い。これがお前の世界だ。これが終わった世界だ。終わった者には触れることも関わることも叶わぬ、ただの世界だ」
「これがあなたの望んだ世界」
「これはおまえの望んだ未来」
「これは希望を無くした世界」
「これは絶望を抱えた時間軸」

 ループ。
 メアリー、ルーシー、リュージュが代わりがわりに僕を否定していく。
 僕は世界を信じていたのに、世界は僕を否定する。
 そこに未来なんて……輝かしい未来なんて、ありはしなかった。



 数分前。或いは永遠に近い過去のことかもしれない。
 ヤルダハオトがメアリー達に提示したのは、人間再生プログラムの自由意志だった。
 プログラムは勝手に起動させる。しかし、それを発動させるのは自由意志。フル・ヤタクミの意志によるものだ、と告げた。
 ヤルダハオトの側に利がある、つまりメアリー達から見れば圧倒的不利な条件だ。
 だが、結局のところそれに従うほか無かった。

「さあ、始めよう。終わりの始まりを」

 ……そこからフル・ヤタクミの姿は完全に認識から途絶した。



「お前のせいだ」

 違う。

「お前がこの世界を壊した」

 違う。違う。違う。
 フル・ヤタクミの脳内には、多くの人々の怨嗟が反響していた。
 そこに意志という名の拒絶は無かった。
 そこに未来という名の希望は無かった。
 あるのはどす黒い煤のような絶望。
 あるのは命令遂行という只の一言。

「……お前が世界を壊した。お前が世界の破壊を赦した。お前が世界の安寧を乱した。お前が、お前が……」

 僕が何をしたっていうんだ。みんな予言の勇者として僕を認めてくれていたじゃないか。
 僕が僕で何が悪いんだ! 僕は突然この世界に飛ばされて、『世界を救え』と言われたんだ! それをそのまま受け入れたんだ! 僕は別に悪くない! 悪くないんだ……!

「でも、あなたは予言の勇者として疑問を抱くことはなかった。役割について気にすることは無かった。ヤルダハオトが定めた役割に……ただ従うだけだった」
「それはお前も同じだろう? メアリー・ホープキン」

 スポットライトがメアリーにだけ照らされる。
 慌てるメアリーの表情を、楽しそうに眺めていたのは……死んだはずのバルト・イルファだった。

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