異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第三百十五話 0と1の世界④
「私は、ガラムドであってガラムドではない。ガラムドの名前の由来を、きっとあなたは知っているでしょう」
「……がらんどう?」
「ええ。その通り。がらんどうということは何もない空間ということ。その名前の通り、ガラムドというのはただの器に過ぎません。その器に入るのは誰だって……いや、それは間違いですね。資格さえあれば誰だって構いません。それが偉大なる戦いで神託を得た少女であっても。そして、私はそのガラムドというプログラムを作った人間」
「プログラム……ガラムドは、ガラムドじゃないのか……?」
僕には、ガラムドの言っていることが分からなかった。
いや、寧ろ異世界の言葉とは思えなかった。もっと近い……僕が昔住んでいた世界での言葉に近いような……。
「ヤルダハオト……今彼はああ名乗っていますが、昔はただの学生だった時代がありました。そして私、ガラムドもまた学生だった時代がありました。私たちは喧嘩をしつつも、協力してある一つの研究をしていました。それは、脳の電子化と多次元世界の構築です」
脳の電子化。
多次元世界の構築。
その単語で分割して考えると――確か僕の住んでいた世界では議論にもならなかった科学技術の分野だったと記憶しているけれど。
「脳は未だブラックボックスな部分が多く残っています。あなたもそれは分かっているでしょう。脳は七十パーセントが未だブラックボックスである。ならば、その七十パーセントを使うことが出来るならば、それは人知を越えた存在になり得るだろう……と。脳の電子化は、そのブラックボックスを解き明かすことから始まりました」
「そのブラックボックスを解き明かすことは……出来たんですか?」
「いいえ。出来ませんでした。だから、人間の脳を電子化したところで、その不足分を補えきれず、また元の世界に戻すと……それはがらんどうになってしまう。空っぽの人間になってしまう」
「じゃあ、計画は失敗……」
「そこで失敗していれば、人間も諦めがついたと思うんですけれどね」
失敗していれば。
そうか。失敗していたら――もしかしたらあの世界は存在しなかったかもしれないんだ。
「……しかし、神はそこで悪戯をしました。ティエラに一つの自律プログラム……要するにバグが混じり込んでいたんです。ティエラを修正すべきだと、私は彼に提言しました。しかし、彼はそれを認めなかった。それをバグだと認めなかった。いや、それよりも、彼はバグではなくてこう発言したんです」
――これは、僕たちに与えられた『試練』だ。
「試練?」
ガラムドの言葉を反芻する。
しかし、ガラムドの言葉がそれで少しでも理解度が増すかと言われると、そうでもない。
「彼は即座に試練を乗り越える準備に取りかかりました。解析し、再現出来ないかと何度もプログラミングし、何度もシミュレートし、何度も計算を繰り返しました。……けれど、やはり結論は出てきませんでした。そこで、漸く彼は方針を転換したのです。このまま、人間を肉の檻から解き放つ実験を始めよう、と」
肉の檻。
簡単に言ったが、そんなことが実際に出来たのだろうか?
「多次元世界の構築も問題が残っていました。我々が干渉し得ない多次元世界が存在しているのに、そこへ助けを求めることも移動することも出来なかった。例えば扉が一つそこに存在していれば……、計算式で言えば微分や積分といった簡単な仕組みなのに、それをいざ再現しようとすると不可能になる。当然と言えば当然ですが、何故これが成り立たないのか。彼は悩んでいました。私は、脳の電子化が実現すればそれで良かったので、彼の研究には触れなかったのですけれどね」
「でも、研究が上手くいったからこの世界があるんですよね?」
僕の予想を交えながら、ガラムドに聞いてみることにした。
何故今ガラムドと対話できているのかは疑問だが、それは置いておくことにして、とにかくガラムドの話について少しでも疑問を解消しておくこと、それが一番大事なことだと思ったからだ。
しかし、ガラムドは首を横に振って、
「そんなことは有り得ません。……研究は、上手くいったかいっていないか、と言われれば後者を指し示すほうが正当でしょう」
「え。でも、僕たちはこうやって今ここに居る。それこそが実験の成功になるんじゃ……」
「だとすればあなたたちの居る世界は0と1のみの世界……電子の世界になりますよ」
盲点だった。
確かに、僕たちの居る世界はとても0と1で表現されたデジタルな世界とは思えない。あの五感を完全に騙せる技術が存在するというのならば、それは科学技術が神を越えたと言えるだろう。
「残念ながら……と言って良いのでしょうか。あの世界はいずれにせよ、現実の世界そのものです。そして人類は最終的に残された『楽園』をも灰燼に帰した。その原因は……私なのですよ、フル・ヤタクミ」
一息。
「今こそお教えしましょう。この世界の創世、そして私と彼の犯した罪を……」
そしてガラムドは語り出す。
それは僕にとってはるか昔の出来事。
ガラムドとヤルダハオトがまだ人間で、エルダリアと呼ばれる都市で学生として研究の毎日を送っていた日々のことだった――。
「……がらんどう?」
「ええ。その通り。がらんどうということは何もない空間ということ。その名前の通り、ガラムドというのはただの器に過ぎません。その器に入るのは誰だって……いや、それは間違いですね。資格さえあれば誰だって構いません。それが偉大なる戦いで神託を得た少女であっても。そして、私はそのガラムドというプログラムを作った人間」
「プログラム……ガラムドは、ガラムドじゃないのか……?」
僕には、ガラムドの言っていることが分からなかった。
いや、寧ろ異世界の言葉とは思えなかった。もっと近い……僕が昔住んでいた世界での言葉に近いような……。
「ヤルダハオト……今彼はああ名乗っていますが、昔はただの学生だった時代がありました。そして私、ガラムドもまた学生だった時代がありました。私たちは喧嘩をしつつも、協力してある一つの研究をしていました。それは、脳の電子化と多次元世界の構築です」
脳の電子化。
多次元世界の構築。
その単語で分割して考えると――確か僕の住んでいた世界では議論にもならなかった科学技術の分野だったと記憶しているけれど。
「脳は未だブラックボックスな部分が多く残っています。あなたもそれは分かっているでしょう。脳は七十パーセントが未だブラックボックスである。ならば、その七十パーセントを使うことが出来るならば、それは人知を越えた存在になり得るだろう……と。脳の電子化は、そのブラックボックスを解き明かすことから始まりました」
「そのブラックボックスを解き明かすことは……出来たんですか?」
「いいえ。出来ませんでした。だから、人間の脳を電子化したところで、その不足分を補えきれず、また元の世界に戻すと……それはがらんどうになってしまう。空っぽの人間になってしまう」
「じゃあ、計画は失敗……」
「そこで失敗していれば、人間も諦めがついたと思うんですけれどね」
失敗していれば。
そうか。失敗していたら――もしかしたらあの世界は存在しなかったかもしれないんだ。
「……しかし、神はそこで悪戯をしました。ティエラに一つの自律プログラム……要するにバグが混じり込んでいたんです。ティエラを修正すべきだと、私は彼に提言しました。しかし、彼はそれを認めなかった。それをバグだと認めなかった。いや、それよりも、彼はバグではなくてこう発言したんです」
――これは、僕たちに与えられた『試練』だ。
「試練?」
ガラムドの言葉を反芻する。
しかし、ガラムドの言葉がそれで少しでも理解度が増すかと言われると、そうでもない。
「彼は即座に試練を乗り越える準備に取りかかりました。解析し、再現出来ないかと何度もプログラミングし、何度もシミュレートし、何度も計算を繰り返しました。……けれど、やはり結論は出てきませんでした。そこで、漸く彼は方針を転換したのです。このまま、人間を肉の檻から解き放つ実験を始めよう、と」
肉の檻。
簡単に言ったが、そんなことが実際に出来たのだろうか?
「多次元世界の構築も問題が残っていました。我々が干渉し得ない多次元世界が存在しているのに、そこへ助けを求めることも移動することも出来なかった。例えば扉が一つそこに存在していれば……、計算式で言えば微分や積分といった簡単な仕組みなのに、それをいざ再現しようとすると不可能になる。当然と言えば当然ですが、何故これが成り立たないのか。彼は悩んでいました。私は、脳の電子化が実現すればそれで良かったので、彼の研究には触れなかったのですけれどね」
「でも、研究が上手くいったからこの世界があるんですよね?」
僕の予想を交えながら、ガラムドに聞いてみることにした。
何故今ガラムドと対話できているのかは疑問だが、それは置いておくことにして、とにかくガラムドの話について少しでも疑問を解消しておくこと、それが一番大事なことだと思ったからだ。
しかし、ガラムドは首を横に振って、
「そんなことは有り得ません。……研究は、上手くいったかいっていないか、と言われれば後者を指し示すほうが正当でしょう」
「え。でも、僕たちはこうやって今ここに居る。それこそが実験の成功になるんじゃ……」
「だとすればあなたたちの居る世界は0と1のみの世界……電子の世界になりますよ」
盲点だった。
確かに、僕たちの居る世界はとても0と1で表現されたデジタルな世界とは思えない。あの五感を完全に騙せる技術が存在するというのならば、それは科学技術が神を越えたと言えるだろう。
「残念ながら……と言って良いのでしょうか。あの世界はいずれにせよ、現実の世界そのものです。そして人類は最終的に残された『楽園』をも灰燼に帰した。その原因は……私なのですよ、フル・ヤタクミ」
一息。
「今こそお教えしましょう。この世界の創世、そして私と彼の犯した罪を……」
そしてガラムドは語り出す。
それは僕にとってはるか昔の出来事。
ガラムドとヤルダハオトがまだ人間で、エルダリアと呼ばれる都市で学生として研究の毎日を送っていた日々のことだった――。
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