異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第三百十二話 0と1の世界①

『ヤルダハオトの生まれた世界は、科学技術が発展した世界だと聞きます。それこそ、あなたが十余年暮らして来たあの世界よりも、極端に発達した世界です』

 ガラムドの話は続く。

『ヤルダハオトは、一人の科学者……正確に言えば、科学者ですら無かったかもしれませんね。一介の学生に過ぎない存在だった、とでも言えばいいでしょうか。彼はその研究で行き詰まっていました。どんな研究をすれば良いか、どんな研究ならば認めてもらえるか……』
「研究……」
『そこで目を付けたのは、彼と同じ研究室にいた一人の女子学生でした。彼女もまた研究をしておりましたが、彼女の研究テーマは既に決まっていて、それは「電子空間での感情の表現」でした』
「感情の……表現? それも、電子空間で?」
『電子空間とは、即ち0と1で表現された世界です。人間の曖昧で複雑な感情を完璧に二進数に置き換えることが出来るのならば……、きっとこんなことだって可能になります』

 一息。

『人間を、そっくりそのまま電子空間へ移植することだって容易いことになります』

 どんどん恐ろしいことを聞いているのではないかと、僕は思い始めた。
 しかしここまで聞いてしまって、今更逃げることなんて敵わないだろう。ここで逃げてしまうのは、弱虫だ。それでいて無責任だ。

「人間を電子空間に……って、僕の身体を0と1に分けるということか……?」
『身体そのものは無理ですよ。だってタンパク質やら炭素やら、正直ノイズとなるものが多過ぎますから。けれど……人間を構成しているのは、何もその「器」だけではありませんよね?』
「精神……」
『或いは、心、ともいいます』

 ガラムドは自らの胸の辺りを指差し、

『人間の脳は電気信号で伝達させている。とどのつまり、それは0と1に分解……専門用語的には符号化させることも可能です。そして人間の思考が符号化できるということは、即ち人間の心そのものをディジタルに表現出来ることと等しい』
「人の心を……ディジタルに……?」
『そう。それが可能となれば、人間は肉の器を必要としなくなる。機械だって、何だって……最悪、コミュニケーションが取れれば「器」の資格足り得ます。ヤルダハオトの基となった人間は、それを研究していた』

 どんどん話が次元を超えてきているような気がする。本来ならば質問だってしたいところだが、ガラムドは矢継ぎ早に僕に言葉を投げ掛けるからそれも敵わない。
 ガラムドの思う所は『いいから先ずは私の話を聞け』とかそういう類の所に落ち着くのだろう。
 いや、しかし、だからといって疑問を疑問のままにするのも何だか気味が悪い。ガラムドの話は一度聞いただけで理解出来るとは思えない、高次元の話題だ。それについての質問をする時間を与えてもらいたいところではあるが……ガラムドはそこまで考えてなさそうだ。

『……ヤルダハオトは、管理権限を持つユーザーだと思いなさい』

 一呼吸置いて、ガラムドはそう言った。

「……管理権限?」
『そう。そして、管理権限を行使して世界に対してあれやこれや出来る……デバッグルームが「神の箱庭」、そしてあなたたち人間や動物や虫や植物一つ一つはユーザーであり一つの「アバター」。そう捉えてみると、少しはあなたも理解しやすいのでは無くて?』

 ……少しずつ、ガラムドが何を言いたいのか分かってきた気がする。
 きっとガラムドは自分から結論を言いださないだろう。恐らく、というか確実に僕から結論を言わせたがっている。
 ならばそれに乗っかればいい。乗っかってやろうじゃないか。
 だから僕は笑みを浮かべて、ガラムドにこう質問した。

「……ガラムド。あなたは僕たちが過ごしていたあの世界は電脳世界……仮想現実の世界だと言いたいのですか?」

 沈黙。
 その沈黙は永遠にも、或いは一瞬にも思えた。
 やがて、ガラムドは口を開く。

『……ご明察。流石ですよ。あなたに「予言の勇者」というロールを与えて正解だった。それが分かったあなたならば、私のことだっておおよそ予想が付いているはず。私が何者であり、ヤルダハオトとなぜ対立することになったのか』

 ああ、分かっているとも。
 だから時間は要らない。僕は直ぐに答える。

「……ガラムド。あなたはヤルダハオトを止めたい。かつてヤルダハオトと共にこの世界の研究をしたが、何らかの原因で意見が対立した。そして、彼は暴走しこんな狂った箱庭を作り上げた。そしてガラムド、あなたはそれを止めたい。彼の暴走を止めたい。……そういうことではありませんか?」

 ガラムドは僕の言葉に頷くと、

『ええ。その通りです。私は、かつてヤルダハオトとともに仮想現実の研究をしていた。そして、この世界を作り上げた。だけど、彼はそれだけに留まらず、創造主を名乗り出した。この世界を好き勝手にリセットしては良い世界を、リセットしては良い世界を……ということを繰り返していった。私たちが作り出した仮想現実は、もはや現実世界と相違ない程に進化していた。つまり、彼らも……「命」があるのだと。だからたとえ仮想現実であっても、世界をリセットし続けるヤルダハオトは、大量に人間を虐殺する殺人鬼なんです』

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