異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第三百四話 聖戦、東京⑭

『……言ってくれますね、お兄様』

 ロマの言葉は、静かに、しかし怒りに満ちていた。

「気付いていないのは、お前だ。ロマ。僕はお前を救いたいんだ。正直この世界がどうなろうとどうだっていい。だが、ロマが騙されていることは見ていてとても悲しいんだ」
『私だって……お兄様だって……お兄様のことを思って……』

 何か兄妹喧嘩が始まりそうな雰囲気だったが、

「ねえ。それよりも、あなたが話をしに来たと言うことは何かあるのではなくて?」

 それよりも早く、メアリーが言葉で制した。
 メアリーの言葉を聞いてバルト・イルファもロマも口を噤んだように見える。

『……そうでした。別に私たちは戦いを望んでいる訳ではありません。それはこの城主のリュージュ様も同じ意思』
「戦いを望んでいない? 別の世界にまでやってきてこれほどまでに迷惑をかけておいて、なおそう発言すると?」

 無意識のうちに僕は言い返していた。
 ここは僕が元々住んでいた世界だ。いや、恐らくは選択の違いにより多少のパラドックスは生じているかもしれないが、それでも僕が住んでいた世界には変わりない。その世界を土足で踏みにじった挙げ句、その発言ときたら、何も言い返さないわけにはいかない。

『……ええ。これは寧ろ事故です。リュージュ様はもっと上位の世界への移動を望んでいた。あなたたちともお話ししたいとのことです。ですから、中へお入りください。障壁は一度解放いたしましょう』
「交渉の機会、というわけか。どうする、フル・ヤタクミ?」
「どうするもこうするも無い。とにかく入るしかない。……下ではルーシーとオリジナルフォーズが未だ居るんだ。どうにかしてリュージュを説得するか、もし交渉が決裂すれば、」
「殺すしかない、か。……それについては致し方あるまい。それが世界の選択なら」
『あなたたちを招待します。そのまま正面の港へお入りください』

 空気の振動が聞こえた。
 すると、薄紫色の薄膜がゆっくりと開かれていくのが見えた。

「招待たあ、またご大層なことだ。……油断するなよ、フル・ヤタクミ」
「そっちこそ」

 そして、僕たちが乗るホバークラフトはリュージュの城塞へとゆっくりと向かっていった。


 ◇◇◇


 リュージュの城塞、その港。
 入り口に停泊させたホバークラフトから降りると、ロマが僕たちを出迎えた。

「お兄様、本当にお久し振りです」
「……リュージュは、何故僕たちを招いた?」
「それはリュージュ様ご本人から聞いた方が良いでしょう。計画のすべてを知っているのはリュージュ様だけ。私は計画の一部を、その実行時に聞かされるだけに過ぎません」

 踵を返し、ゆっくりと歩き出す。
 ついてこい、と無言で言っているようにも見えた。
 だから僕たちはそれについていくことにした。
 リュージュが待っているというのなら、この機会を二度と逃すわけにはいかない。
 長い通路を抜けると、謁見室のような巨大な部屋に到着する。
 そこはステンドグラスが飾られており、そこから光が漏れている。
 そして、その部屋の奥に――奴は居た。

「久しぶりだな、予言の勇者」

 リュージュが、僕たちの前に居た。

「リュージュ……!」
「まあ、そう構えることもあるまい。先ずは話をしようではないか。ロマもそう言っていた、と記憶していたはずだが?」
「貴様。この世界の惨状を見て尚もそう発言するつもりか!」
「バルト・イルファ……。あなたは『十三人の忌み子』の中でも最高傑作だったのに……。どうしてそうも簡単に私の手から離れ、そして裏切るのかしら……。妹であるロマは未だに私の手元で働いているというのに。まあ、その彼女も何を考えているのか私の窺い知るところではないけれど」
「お前に言う筋合いは無いさ。……ともかく、あの世界だけでなくこの世界までも傷つける道理はないはずだろう。どうしてこの世界に転移した? この世界に何か、お前の求める物があるのか?」
「いいえ。そんなものはこんな低次元の世界には存在しないわ」

 リュージュははっきりと言い放った。
 低次元の世界――僕が住んでいた世界をそう言い放ったことについては、腸が煮えくりかえる程の怒りに包まれる程の言葉だったが、そんなことよりもその言質が取れた以上、この世界に居る理由も無い――ということにも繋がる。
 ならば話は早い。だったらさっさとこの世界からオリジナルフォーズごと移動してもらわねばならないだろう。

「……でも、あの世界は捨てる必要があった」
「……捨てる?」
「そう。あの世界はもう復興出来る状態ではなかった。いや、正確に言えば十年前の時点で、オリジナルフォーズを動かした時点で、計画は次の段階にシフトするはずだった。しかし間違いだった。計画のやり方には間違いがあった。だから結局世界が疲弊するだけで、あの世界を放棄せねばならなくなった。……まあ、それは結果論に過ぎないのだけれど」
「それを……そこまでのものにしたのはお前が原因だろう! あの世界に住んでいる人間を、見殺しにする、というのか!?」
「そうよ。だって、私には関係ないもの」

 リュージュははっきりと言い放つ。
 自分には関係ない。自分にはそんなこと考える意味も無い。――そう言っているようにも思えた。

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