異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第二百七十一話 虹の見えた日①
一花を見ると、自信満々といった感じの笑みを浮かべていた。
いったい彼女の中で何が自信となっているのか定かでは無いけれど、いずれにせよ、その言葉は秋穂の不安を少しでも解消出来たのかもしれない。
「ありがとう、一花」
秋穂は一花の頭を撫でて、ゆっくりと微笑んだ。
――だが、平和はそう長く続くことは無かった。
◇◇◇
朝。
地獄が僕らを待ち構えていた。
オリジナルフォーズがやってくるのは、確かにストライガーが予想していたとおりの時間帯だった。だからそれに併せて、僕たちは応戦準備を整えている状態となっている。
はっきり言って、それは焼け石に水――誰もがそんなことを思っていたに違いない。けれど、それはそのままにしておくべきだったのではないかと誰しも察してしまうのだった。
今、オリジナルフォーズはジャパニアの目の前まで侵攻を進めている。
そして、オリジナルフォーズの背後にはその躯に似つかわしくない、七色の橋がかかっていた。
「あれは……虹?」
オリジナルフォーズの背後には、大きな虹がかかっていた。
でも、普通に考えてみればおかしなことだらけだったのは、自ずと理解できている。だって、虹は雨が降った後に晴れることで、空気中の雨粒に光が反射することで起きる事象だった――はずだ。プリズムかなんかだったっけ。まあ、それは今あまり気にする話では無いかもしれない。
問題は、そこでは無い。
どうしてオリジナルフォーズの背後に、巨大な虹があるのか、ということ。
そして、その虹を見ると胸騒ぎを覚えるのはどうしてなのか――僕はそんなことを考えていた。
そして。
その胸騒ぎは、的中してはいけない嫌な予感は。
その直後に的中してしまうのだった。
オリジナルフォーズは雄叫びを上げる。まるで僕たちの攻撃を待ち構えるかのように。
僕たちはそれを聞いて、同時に攻撃を開始する。ジャパニアの砦、アンドー砦にはたくさんの砲台が用意されていた。もともと砲台が用意されていたわけでは無く、今回の戦いに備えて長きにわたって準備していたもの……というわけでも無いらしい。
そもそもの話、この世界は長い間戦争に見舞われてきた。ジャパニアだけは独自の文化が築かれていたこと、そして戦争を今のスタイルに仕立て上げたといわれる科学技術があったことから、他の国から避けられ続けていた。
それが功を奏したのか、この砲台が使われることは、今まで一度も無かった。
たった、一度も。
「まさか、この砲台を使う機会がやってくるとは思いもしませんでしたよ」
ストライガーはそう言って深い溜息を吐く。
確かに彼女はそう思っていたのかもしれない。そしてそれは、本心だったのだろう。
出来ることならば戦争は経験したくない。それは誰しも考える話だ。しかしながら、この時代では戦争はいつ起きてもおかしくない膠着した状態が続いている世界だった。
だからこそ、かもしれないが――普通、そのような戦闘準備を用意しておくのは珍しい話では無い。
しかしながら、そのように準備しておいたものを実際に長らく使用しなかったケースは、きっとジャパニアが初のことだろう。
「でも、使うときはあったんじゃないのか? いつだって、戦争をしてもおかしくない状態だったはず」
「それはそれ、これはこれ……ですよ」
ストライガーは目を細め、砲台の先に居るオリジナルフォーズを見つめた。
オリジナルフォーズは雄叫びを上げてもなお、その場に立ち尽くしていた。まるで僕たちの行動を監視しているかのごとく。
とはいえ、何も行動してこないのは怖さ半分、ありがたさ半分でもあった。準備を進めていく上で、こちらが追いかけられないほどの追撃をかましてくるよりかはマシだ。
「とはいったところで、この戦争は避けられなかったもの……だったのでしょうかね」
「ストライガー?」
「ああ、いえ。つい、弱いところを出してしまいましたね。申し訳ない、情けない、話ですよ。人間が人間として活動していく上で、重要なもの。私はそれを持つ『神』ですからね」
「人間が……人間として?」
「何だと思います?」
こんな状況にもかかわらず、ストライガーは僕に質問してきた。
むしろこういう状況だったからこそ、ストライガーは僕に質問してきたのかもしれない。
緊迫しつつある状況は、人間の感情をも操る。いや、別に緊迫しつつある状態でなくても構わない。そうであったとしても、濃い意識を持つ状況は、人間の感情にも溶け込んでいく。
「……ああ、わかった」
ストライガーが、目の前の存在が、神とは思わない理由。
それは僕が知っているもので、一番理解していて、一番理解しづらいものだった。
「感情……だな?」
「……ええ、そうです」
やがて、ストライガーはゆっくりと頷いた。
そしてストライガーは、僕が質問するまでもなく、ゆっくりと話し始めた。
「……私は、人間でした。人間だったんですよ。でも、神になると言われてどうするべきか悩みました。指摘されたのはたった二つの選択肢だったからです。それも、はいかいいえで答えることの出来るシンプルなものでした」
「シンプルなもの?」
「ええ。人間にとって大事なものを、あなたは捨てたいか? ……普通に考えれば、使徒という存在は人間ではない存在が集まる。いや、そもそも人間という存在を超越する存在です。その存在の一つになれるからこそ、きっとその質問をしたのでしょう」
「その質問をしたのって、やっぱり……」
「ええ」
僕が誰を思い浮かべているのか、ストライガーも理解できているのだろう。
「キガクレノミコト、ですよ」
「だと、思った」
肩を竦めて、鼻で笑った。
それくらい容易に想像出来る話だった。
いったい彼女の中で何が自信となっているのか定かでは無いけれど、いずれにせよ、その言葉は秋穂の不安を少しでも解消出来たのかもしれない。
「ありがとう、一花」
秋穂は一花の頭を撫でて、ゆっくりと微笑んだ。
――だが、平和はそう長く続くことは無かった。
◇◇◇
朝。
地獄が僕らを待ち構えていた。
オリジナルフォーズがやってくるのは、確かにストライガーが予想していたとおりの時間帯だった。だからそれに併せて、僕たちは応戦準備を整えている状態となっている。
はっきり言って、それは焼け石に水――誰もがそんなことを思っていたに違いない。けれど、それはそのままにしておくべきだったのではないかと誰しも察してしまうのだった。
今、オリジナルフォーズはジャパニアの目の前まで侵攻を進めている。
そして、オリジナルフォーズの背後にはその躯に似つかわしくない、七色の橋がかかっていた。
「あれは……虹?」
オリジナルフォーズの背後には、大きな虹がかかっていた。
でも、普通に考えてみればおかしなことだらけだったのは、自ずと理解できている。だって、虹は雨が降った後に晴れることで、空気中の雨粒に光が反射することで起きる事象だった――はずだ。プリズムかなんかだったっけ。まあ、それは今あまり気にする話では無いかもしれない。
問題は、そこでは無い。
どうしてオリジナルフォーズの背後に、巨大な虹があるのか、ということ。
そして、その虹を見ると胸騒ぎを覚えるのはどうしてなのか――僕はそんなことを考えていた。
そして。
その胸騒ぎは、的中してはいけない嫌な予感は。
その直後に的中してしまうのだった。
オリジナルフォーズは雄叫びを上げる。まるで僕たちの攻撃を待ち構えるかのように。
僕たちはそれを聞いて、同時に攻撃を開始する。ジャパニアの砦、アンドー砦にはたくさんの砲台が用意されていた。もともと砲台が用意されていたわけでは無く、今回の戦いに備えて長きにわたって準備していたもの……というわけでも無いらしい。
そもそもの話、この世界は長い間戦争に見舞われてきた。ジャパニアだけは独自の文化が築かれていたこと、そして戦争を今のスタイルに仕立て上げたといわれる科学技術があったことから、他の国から避けられ続けていた。
それが功を奏したのか、この砲台が使われることは、今まで一度も無かった。
たった、一度も。
「まさか、この砲台を使う機会がやってくるとは思いもしませんでしたよ」
ストライガーはそう言って深い溜息を吐く。
確かに彼女はそう思っていたのかもしれない。そしてそれは、本心だったのだろう。
出来ることならば戦争は経験したくない。それは誰しも考える話だ。しかしながら、この時代では戦争はいつ起きてもおかしくない膠着した状態が続いている世界だった。
だからこそ、かもしれないが――普通、そのような戦闘準備を用意しておくのは珍しい話では無い。
しかしながら、そのように準備しておいたものを実際に長らく使用しなかったケースは、きっとジャパニアが初のことだろう。
「でも、使うときはあったんじゃないのか? いつだって、戦争をしてもおかしくない状態だったはず」
「それはそれ、これはこれ……ですよ」
ストライガーは目を細め、砲台の先に居るオリジナルフォーズを見つめた。
オリジナルフォーズは雄叫びを上げてもなお、その場に立ち尽くしていた。まるで僕たちの行動を監視しているかのごとく。
とはいえ、何も行動してこないのは怖さ半分、ありがたさ半分でもあった。準備を進めていく上で、こちらが追いかけられないほどの追撃をかましてくるよりかはマシだ。
「とはいったところで、この戦争は避けられなかったもの……だったのでしょうかね」
「ストライガー?」
「ああ、いえ。つい、弱いところを出してしまいましたね。申し訳ない、情けない、話ですよ。人間が人間として活動していく上で、重要なもの。私はそれを持つ『神』ですからね」
「人間が……人間として?」
「何だと思います?」
こんな状況にもかかわらず、ストライガーは僕に質問してきた。
むしろこういう状況だったからこそ、ストライガーは僕に質問してきたのかもしれない。
緊迫しつつある状況は、人間の感情をも操る。いや、別に緊迫しつつある状態でなくても構わない。そうであったとしても、濃い意識を持つ状況は、人間の感情にも溶け込んでいく。
「……ああ、わかった」
ストライガーが、目の前の存在が、神とは思わない理由。
それは僕が知っているもので、一番理解していて、一番理解しづらいものだった。
「感情……だな?」
「……ええ、そうです」
やがて、ストライガーはゆっくりと頷いた。
そしてストライガーは、僕が質問するまでもなく、ゆっくりと話し始めた。
「……私は、人間でした。人間だったんですよ。でも、神になると言われてどうするべきか悩みました。指摘されたのはたった二つの選択肢だったからです。それも、はいかいいえで答えることの出来るシンプルなものでした」
「シンプルなもの?」
「ええ。人間にとって大事なものを、あなたは捨てたいか? ……普通に考えれば、使徒という存在は人間ではない存在が集まる。いや、そもそも人間という存在を超越する存在です。その存在の一つになれるからこそ、きっとその質問をしたのでしょう」
「その質問をしたのって、やっぱり……」
「ええ」
僕が誰を思い浮かべているのか、ストライガーも理解できているのだろう。
「キガクレノミコト、ですよ」
「だと、思った」
肩を竦めて、鼻で笑った。
それくらい容易に想像出来る話だった。
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