異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第二百五十二話 偉大なる戦い・決戦編⑰

 家に帰ると、一花が玄関に立って僕を出迎えてくれていた。いつも通りの彼女の笑顔に、僕はほっと胸を撫で下ろす。

「お父さん、おかえりなさい!」
「ああ、ただいま」

 一花の笑顔に、僕も笑顔で返す。

「あなた、もうご飯できているわよ。食べる?」

 奥から秋穂が出てくる。タオルで手を拭きつつ出てきたところを見ると、何か洗い物をしていたのだろうか。
 僕は秋穂の言葉に頷いて、靴を脱ぎ、リビングへと向かうのだった。
 夕食の時間はあっという間に流れていった。会話はしたけれど、取り留めのないものばかり。当然ながら今日あったことについて質問も受けたけど、今はそれをはっきりと言い出せなかった。
 それは紛れもなく自分の中で、悩んでいたからだった。しこりがあるからだった。暗い部分があったからだった。

「……あなた、どうしたの。顔色が悪いように見えるけれど。あまり、美味しくなかった?」

 時折秋穂にそんなことを言われてしまう始末だ。僕はそんなことはない、いつも通り美味しい料理だと言って秋穂の機嫌を取りなした。とりあえず、いつも通りの自分を見せていかねばならない、そう思っていたから。
 今の僕に出来ること。
 それは家族を不安にさせないこと。
 それしか考えられなかった。ただ、そうなるともともと僕が居た世界の家族も、きっと不安な毎日を送っているに違いない。時間と空間が違う場所に居るわけだけれど、いつになったら戻ることが出来るのだろうか?
 最近思うのは、この世界を救ったところで、僕は元の世界に戻ることが出来るのだろうか、という話だ。実際問題、ガラムドがそれを遵守してくれるとはあまり思えない。というよりも無理だと思う。

「……そう? なら、いいけど。てっきり私は、今日のお出かけで何かあったのかな、って思っちゃった」

 なぜ女性はここまで勘が鋭いのだろうか。確かに、確かにその通りだ。だがここで、今度戦争が起きて、自分はその戦線のトップになったと伝えたところでどれくらい信じてもらえるだろうか。
 いや、或いは信じてもらっても実感が湧かないかもしれない。また、或いは僕にその職を降りるように言いだすかもしれない。別にあなたじゃなくていいと言ってくるかもしれない。
 僕はそこまで言われても仕方ない、そう思っていた。
 とにかく僕は、無言を貫いた。今後その話がメジャーな話になってしまうとはいえ、まだ心の整理が出来ていないことも事実だ。時間を遅らせることは、はっきり言って最適解とはいえないことだろうけれど、とはいえ、今の僕にはそれしか出来なかった。
 夕食の味ははっきり言って覚えていない。食べたような感じがしなかった、というよりも美味しく味わえるような精神じゃなかった、というほうが正しい説明になるかもしれない。
 夕食後は適当に時間をつぶし、タイミングを見計らって寝室へと向かった。その間いろいろと話すことはあったけれど、正直それも覚えていない。今後何かあった時にそれについて再確認と喧嘩の火種になることは間違いないだろう。
 いずれにせよ、過ぎたことはもう仕方がない。そう思ってしまったほうがいい。そういうわけで僕は今眠くもないのにベッドで横になっていた、というわけだ。
 天井を眺めつつ、僕は今日起きた出来事を整理していく。とはいっても、いくら整理したところで何か新しいものが見えてくるとは思えないけれど。まあ、やらないよりはマシだ。

「お父さん」

 ……と長いモノローグに浸るタイミングで、僕を呼ぶ声が聞こえた。
 僕をお父さんと呼ぶのは、たった一人しか居ない。

「……一花、どうしたんだ?」

 一花が部屋の前に立っていた。
 彼女はただゆっくりと僕を見つめていた。眠れない、という単純な理由で来たわけではなさそうだ。第一、それが理由だとすれば行くのは母親である秋穂の寝室になるだろうから。
 一花はずっと僕を見つめていて、僕も一花を見つめていた。そんな奇妙な空間での沈黙が僅かの時間続いた。

「お父さん、入ってもいい?」

 先に沈黙を破ったのは一花だった。はっきり言ってそちらから沈黙を破ってくれるのはとても有り難い話だった。色々な問題があるとはいえ、彼女から話を切り出してくれるのは自然な出来事だし、そちらのほうが話を聞き出しやすい。
 そんな私情はさておき、一花の言葉に僕はゆっくりと頷いた。別にそれを断る理由なんて無かったからだ。とはいっても、一花の話したいことは何かはっきりしない以上、力になれるかははっきりとしないわけだが。

「一花、どうかしたのか? 眠れないのか?」

 僕が一花に質問したのは、一花が僕の隣に腰掛けてしばらくしてのことだった。彼女が僕の側に来るまではよかったのだが、そこからが問題だった。案外簡単に話し始めてくれるものかと思っていたが、話してくれなかった。子供というのはひどく自己中心的な人間だったんだな、と風間修一の中の自分は考えるのだった。


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