異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第二百四十六話 偉大なる戦い・決戦編⑪

 フェリックスは小さな鍵を見つめながら、笑みを浮かべていた。
 すっかり動かなくなってしまったティリアとレイシャリオの身体を一瞥したのち、

「……神を信じることは悪いことでは無い。だが、君たちは神を信じすぎた。社会というものを少しは知っておかねば、この世界で生きていくことは出来ないのだよ。……しかしまあ、レイシャリオのカリスマ性は良かったものであったかもしれないがね」

 少なくともフェリックスはレイシャリオを評価していた。
 一番に、枢機卿でありながらもあの若さで出世出来たことだ。あの年齢で枢機卿になれたことは、正直な話神殿協会でも異例なことであると言われていたためでもあるが、それを認める程の才能があった――だから、一昔前の神殿協会ならば彼女を殺すことは勿体ないと判断されていたことだろう。
 それくらいの才能だった。
 けれど、今は違う。
 オール・アイの預言に魅力を感じた上層部は、レイシャリオの存在に否定を示すようになった。
 もともとレイシャリオはオール・アイの預言に懐疑的であることは、ほかの枢機卿も薄々感じていたため、このような結果となった。

「まあ、神を信じるのは人の勝手だがね、結局神など存在しないのだよ。存在するように見せかけている。もしくは、神が居るけれどその存在はほんとうに崇高な存在であると見せかけている。神は気紛れな存在だからね、私たち人間を救うために活動などするはずがない。ボランティア精神の強い神ならばまだ別の話だろうがね」

 そう言って、フェリックスは小さな鍵を機械に差し込んだ。
 同時に、機械のモニターに電源が入り、ある文字が表示される。

「……さあ、始まりの時だ。この戦いが終わった後、最後に残るのは我々か、それともあの旧人類か。オール・アイは旧人類が世界を再生するなどと預言していたが……、そんなものは終わってしまえば良い話だ。我々がこの世界を守っていた理由は、旧人類の大地を整えるため? そんな馬鹿な。そんなくだらない話が現実に起きて良いはずが無い。絶対に、あの預言が通ってはいけない」

 オール・アイの預言は、今まですべて真実と化した。
 ならば今回の預言も紛れもなく真実になるはず――誰もがそう信じて疑わなかった。

「……でも、私は信じない」

 起動ウインドウが表示されて、タイマーがゼロになる。
 モニターの向こうに広がっている異形――オリジナルフォーズはこの後直ぐに目を覚ますといわれている。
 それによって引き起こされる戦い。それにより何がもたらされ、何を失うのか――、今は誰も分からないことだ。
 だからこそ。

「……さあ、目覚めろ。オリジナルフォーズ。世界を破壊し尽くせ、そして、旧人類を根絶やしにしろ!!」

 すべては、自らの欲望のために。
 彼はオール・アイの預言に逆らうために、オリジナルフォーズを利用しようと考えていた。
 オリジナルフォーズが起動を開始する。目を開け、その大きな身体をゆっくりと動かし始める。
 破壊の権化。
 世界を再生するための存在。
 オリジナルフォーズが、オール・アイの預言通り、ついに動き始めた。


 ◇◇◇


 その巨大な咆哮はジャパニアの茶屋でも聞こえていた。

「……ついに、来たようですね」

 ストライガーは慎重な面持ちでそう言った。
 覚悟はしていた。けれど、いざ始まるとなると、やはり恐怖が僕の心を支配していた。
 当然かもしれない。今までの『予言の勇者』としての戦い方そのものもあったけれど、今回はそれ以上に、自分の行動がイコール世界の命運に直結する。しかも今まで戦ってくれたメアリーとルーシーは居ない。僕と、ストライガー、それに普通の人々だけだ。一般市民は戦闘能力は皆無と言っても過言では無いだろうから、その人たち全員が参加できるのは無理な話だ。
 となると、完全な負け戦。
 しかしながら、歴史上ではオリジナルフォーズの封印に成功したはずだった。
 ならばどうやって封印に成功したのか? 簡単な道筋だし、僕はその歴史を知っていた。
 ガラムドが僕にしてほしいこと。それはこの戦いの再現であり、人類の勝利だ。
 つまりはガラムドの誕生、そしてオリジナルフォーズの封印。それが僕の役割。
 でも、どうやってガラムドはその力を宿したのか?
 普通にガラムドはただの少女だったはずだったが――。

「教えてあげましょうか」

 声が聞こえた。
 僕はそれを振り返る。そこに立っていたのは、一人の少女だった。少女は青い髪をしていて、小さなルービックキューブを持っていた。

「あなたは……いったい?」

 少女は不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと頷く。

「そうでしたね。あなたは何も知らないんでしたね。何せ世界のルールが違う世界から来ているのですから。まあ、そうでなかったとしても私のことを知る人間はほとんどいませんかね。そもそも住む世界が違うのですから」

 回りくどい言い方だが、要は私とあなたは違う――ということを言いたいのだろう。
 はっきり言って腹立たしいほどこの上ない。

「怒っているのですか? まあ、そう思うのも致し方ありませんね。先ずは自己紹介から行きましょうか。私の名前は……ムーンリット。この世界を創りし神。神の中でも頂点に立つ……創造神と呼ばれている存在です」

 ムーンリットは無垢な笑顔でそう言い放った。
 まるで子供のようなその笑顔に、僕はあっけらかんとした表情を取ることしか出来ないのだった。

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