異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第二百四十一話 偉大なる戦い・決戦編⑥

 ある地下。レイシャリオと彼女の部下であるティリアは長く続く階段を降りていた。
 階段は神殿から少し離れた宿舎から地下深く伸びており、それは限られた人間しか入ることを許されない。レイシャリオもその『限られた人間』の一人だった。

「レイシャリオ様、ほんとうにオール・アイの命令に従うっすか?」
「……従うしか無いでしょう。彼女の後ろには、大きな権力がある。否、正確に言えば彼女の力によって大きな後ろ盾を作り出すことが出来ている、と言ってもいいでしょう。今の私たちに、オール・アイを正面からなんとかすることは出来ません」
「では、どうすれば……。このまま、オール・アイの部下に成り下がるつもりっすか」
「そこまでは考えていませんよ。ただ、今は時を待っているだけです」
「時を待つ?」

 ティリアは首を傾げる。

「ええ。紛れもなく、時を待っているだけに過ぎません。けれど、あなたの言うとおり、オール・アイの部下になってしまうことになるのは間違いないでしょうね。それをあなたは気に入らないのでしょう?」
「当然っすよ。ただ、レイシャリオ様が従うならば……それも致し方ないことと受け入れるしかないっすけど」

 ティリアの言葉に、レイシャリオは頭を下げる。
 彼女にとって、ティリアは数少ない信用出来る部下だ。何も部下の人数が少ないわけではない。彼女の中における『信頼』の重要度が高いだけだ。
 ティリアとレイシャリオは、長く上司と部下の関係にある。ティリアが神殿協会に入ったのは、レイシャリオが原因であると言われている。しかしながら、その関係性は彼女たちにしか分からない。ほかの人間は彼女たちの関係性をただの上司と部下の関係としか判断していない――というわけだ。

「……ティリア、あなたは長く私に仕えてくれた。それはとても感謝しているわ」
「何を、おっしゃっているんすか? まるでその発言だと……」
「あなたには、もうこれ以上この神殿協会の悪に加担してほしくないわ」

 レイシャリオは立ち止まり、踵を返した。
 そしてその瞳は、まっすぐティリアを見つめていた。
 ティリアはレイシャリオの表情を見て、それが彼女の意思表示として――彼女の考えとして、強固なものであることを理解した。
 理解したからこそ、ティリアは一歩前に踏み込んだ。

「……レイシャリオ様、私がどんな人間だったか、知ってるっすよね?」

 ティリアの表情もまた、強張っていく。それはレイシャリオも直ぐに理解していた。理解できないほど、長い付き合いではない。
 だからレイシャリオもそう簡単に騙せるものではないと理解していた。
 しかしながら、そうであったとしても――。

「知っているわ、ティリア。あなたはほんとうに強い子だということも、あなたがどれほどの悲しみを抱えていたかということも、そしてあなたがどれほど……神殿協会に救いを求めていたかも」
「なら、どうして……」
「これは、あなたのことを思って、の話」

 きっとそこまで言わないと、ティリアは納得してくれないだろう。
 レイシャリオはそう考えて、さらに踏み込んだ話を進めていく。

「きっと、これからこの世界は違う世界へと進んでいくと思う。世界そのものは変わっていくことはないだろうけれど、それ以外が徐々に変化していくことでしょう」
「それは……それもオール・アイの預言ですか?」
「いいえ。私の妄言ですよ」

 オール・アイは常に世界の未来を見通している。
 しかしながら、それを彼女自身が実行することは適わない。彼女だけではなく、彼女以外の存在を使うことで、自らの力によって預言を実現させている。
 それがオール・アイの行動だった。

「妄言であるならば、それが実現出来ない可能性だって……」
「あなたは、いったい何を見てきたのですか? オール・アイがいったい誰を使役していると?」
「しかし、オール・アイが使役している勢力はあなたの勢力とほぼ大差ないくらいじゃないっすか。それでどうして諦める理由になるんすか」
「オール・アイは……。確かに、あの勢力に真正面から向かえばなんとかなるかもしれませんね。けれど、それは妄想です。現実的に、オール・アイの行動に神殿協会全体が動きつつあるのは自明。ならば、」
「だったら潔く逃げるって言うんすか! レイシャリオ様らしく無いっすよ、そんな後ろ向きな考えは!」
「私は……」

 レイシャリオは、一人では行動することが出来たとしても、それを伴うには彼女とともに居る人間――いわゆる『レイシャリオ派』と呼ばれる人たちにも被害を被ってしまうことについて不安視していた。
 そもそもそれは百も承知でついてきているとはいえ、いざ死が目の前にあれば怖くなるのも当然だろう。たとえ聖職者であったとしても、それが神の国への誘いであったとしても、それは彼女たちにとっての恐怖そのものには変わりなかった。

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