異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第二百九話 偉大なる戦い⑩

「あー、テステス、マイクのテスト中ー。ところで今は何時かな? というか何時という基準についても、明確な基準が無いと話が出来ないな。えーと、グレゴリオ暦? ガラムド暦? それとも西暦? 和暦?」
「面倒だから黙っていてもらえないかな、ハートの女王。あんまりしつこいと腕一つ潰すぞ?」
「きゃー♡」
「おい聞いてんのかクソ女」

 二つの存在が突如として出現した。
 二つはガラムドを見上げるように、そこに佇んでいた。
 かたや白く細長い腕を電球のような球体からはやしてふよふよと浮かんでいる存在。腕に見えるそれはどちらかといえば触手に近いものを感じる。そしてその触手のうち一本にはマイクのようなものが握られていた。
 かたやフードつきパーカーを被った少年のような存在。正確に言えば、少年の背中には彼の身体を覆う程巨大な翼が生えている。そしてその翼に浸食されてしまっているのか、右目は潰されたようになっていて、開くことは無い。

「ハートの女王に……ハンプティ・ダンプティ……! まさかあなたたちまでここに居るとは……! 何が目的かしら……?」
「そんなこと、言わずとて解るのではないかしら、ガラムド様?」

 ハートの女王は首を傾げる。しかしながらその表情はジャバウォック同様確認することはできない。
 対してハンプティ・ダンプティと呼ばれた少年はどこからか取り出したペロペロキャンディを舐めていた。

「……何をしに来た、と言っている……!」
「ですから、簡単ですよ。……あなたが考えているプランとやらに私たちはついていけなくなりました。だって、つまらないじゃないですか。あなたの考えているそのプランが」

 ガラムドは目を丸くしていた。
 まさか自分の部下と呼べる立ち位置に居る『シリーズ』からそのような発言を聞くことが出来るとは思っていなかったからだ。
 ハートの女王の話は続く。

「だから、あなたを殺すことにしました。これはシリーズ全体で決めたことなので。誰も彼も、あなたに忠誠心のひとかけらもございません。どうですか? 絶望のひとつやふたつしても構いませんよ?」
「そうそう。そうしないと、せっかくこんなことをした意味が無くなっちゃうし」
「……もともと考えていた、ということね」

 ガラムドは口から血を吐きつつ、そう告げた。

「そういうこと。……ねえ、ジャバウォック。それ、床に落としていいわよ」

 かつての自分の上司をそれ呼ばわりしたハートの女王は、ジャバウォックにそう指示した。
 ジャバウォックは少しゆっくりとしながらも、ガラムドを丁寧に床に置いた。
 ひゅーひゅーと息を吐き出しながら、ガラムドはハートの女王を睨みつける。

「おーおー、その光景見たかったのよ。ガラムドが私に跪く姿! まさかこんなにも早く見ることが出来るなんてね、思いもしなかったわよ。……どうかしら、かつての部下に足蹴にされる気分は?」

 ガラムドの頭を踏みつけながら、ハートの女王は言った。
 その声色はどこか高揚しているようにも聞こえる。
 そして、まだハンプティ・ダンプティはペロペロキャンディを舐めていた。
 ガラムドは押さえつけられていた頭をどうにか動かそうとした。しかし、無駄だった。シリーズの力はそれほど簡単に何とかなるものでは無かった。

「……あなたたち、後悔するわよ。この世界から神が消失する結果、何が起きるのか……!」
「そんなことよりも、もっと単純にすればいいんですよ。私たちシリーズの本当の存在意義、ご存知でしたか?」
「存在意義……?」
「世界の方向性が歪んでしまったときの、修正プログラム。……それが我々の存在意義でした。まあ、あなたのような生ぬるい存在が神になってしまってからそれも無くなってしまいましたがね。冥土の土産になりましたか? もっとも、一度神になった人間は天国にも地獄にもいけませんが。永遠に闇の中を彷徨うだけ。……面倒ですよね、もともと人間だった存在が神になると。力は強くなるかもしれませんが、本体の強度は人間と同じですから。ほんとうに残念ですね。さあ、そして、死ね」

 そして。
 ハートの女王が持つ無数の触手が、文字通りガラムドを串刺しにした。


 ◇◇◇


「……消えた?」

 それをいち早く感じ取ったのは、リュージュだった。

「どうなさいましたか、リュージュ様?」

 リュージュの言葉を聞いて、ロマは訊ねる。

「今、何か大きな力が消失したような気がする……。バルト・イルファに、予言の勇者はまだ生きているはずよね?」
「ええ。そうだと思いますが。……あの神殿が出てきたという話も聞きませんから」
「じゃあ、まさか……」

 リュージュはある名前を思い浮かべる。
 しかしそれは有り得ないと直ぐにその可能性を否定した。

「リュージュ様、きっと疲れているのですよ。紅茶でもお出ししましょうか?」

 ロマの言葉を聞いて、少しどうするか考えていたリュージュだったが、少ししてクールダウンが必要だと判断したのか、その言葉に大きく頷いた。

「そうね。クールダウンしましょうか。紅茶、出してもらえる?」
「はい!」

 それを聞いたロマは笑顔になると、リュージュの部屋を後にするのだった。

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