異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第百九十七話 泡沫の日常④
駄菓子屋は学生にとって非常にコストパフォーマンスの高い場所である。
しかしながら、案外それを理解していない人たちが多いことも事実。懐かしい場所だと思う人は居ても、大きくなってもまだ駄菓子屋に行きたいと思う人は居ないものだ。
しかし最近になっては、そのメインターゲットたる子供ですらポテトチップスやチョコレートといった菓子に夢中になっている。駄菓子屋が次々潰れていってしまうのも、何となく理解できる気がする。
「しかしまあ、何で駄菓子屋ってこんなに魅力的なのに、客が少ないのだろうね?」
駄菓子屋の前にあるベンチに腰掛けて、北谷はそんなことを言い出した。
突然こいつは何を言い出すのだ――そう思っていたが、確かにこの店は最近客が少ないと言っていた。誰が言っていたか、って? そりゃもちろん、この店の店主だ。
駄菓子は安いからコストパフォーマンスが高い。もちろん安いだけではなく、味のバリエーションも多い。甘いものもしょっぱいものも辛いものも酸っぱいものも、何でも揃うと言ってもいいだろう。
しかしながら、どこか最近の子供にとって駄菓子は古臭いものだという認識があるらしい。それは店主が学校帰りの小学生の会話を偶然聞いてしまったことからそういう情報を仕入れたとのことらしいが、だとすればその小学生はかなり人生を損していると思う。小学生の時点で人生を損しているとはどういうことか、って話になるかもしれないが――だってそうだろう? 駄菓子のことについて、一切と言っていいほど知らないのだから。それを『人生損している』と言って間違いないわけがないだろう。
「それにしても、あんたが急に話をしたい、って言い出したもんだからびっくりしたよ。どうしたの?」
そう言ったのは、三崎だった。
三崎はチューペットタイプのスポーツドリンクを咥えながら、僕の横に腰掛けていた。革靴は歩いていて痛いためか、左足の靴を脱いで半分体育座りのようになっている。あと少しのところでスカートの中身が見えてしまいそうだが、それは何とか見えないようになっているようだ。というか、三崎はいつもスカートの中に短パンを履いていたはずだ。なぜそんなことを知っているかというと偶然三崎のパンチラ現場に遭遇した男友達が悲観にくれた表情でそう言っていたからだ。悲しむのは解るが、あいつに期待したのが間違いだった――そう言っておこう。
三崎は左足に頬を寄せながら、話を続ける。
「……まさか、あの転校生を早速狙っていこう、なんていう魂胆じゃないだろうね?」
「読まれているぞ、北谷。反論してみたらどうだ」
「お前ら俺に対する風当たり強くないか!?」
「強いか強くないか、と言えば強いだろうな。……で、どうなんだ? お前はいったいどう思っているんだ。まさか転校初日から狙っています、なんてドン引きな発言はしないだろうな?」
三崎は発言がきついときがある。そうしてそれは昔から付き合いをしている連中――例えば僕や北谷とか――なら問題は無いのだが、彼女に対してあまり抗体が無い場合、その口調を一度聞いただけで心が折れかねない。
三崎の発言を聞いて、それでも臆することなく北谷は話す。
「……別にいいだろ。一目ぼれ、ってあるじゃないか。まさにそのことだよ。それを俺は感じている。それを、タクも三崎も解らないのかね?」
「いや、流石に転校初日から転校生を狙うのは無いわ」
右手をひらひらと振りながら溜息を吐く三崎。
そして僕のほうに視線を移す北谷。
残念だが北谷――僕も同意見だ。
そう思いながら、僕はただ彼の視線から目を逸らすことしかできなかった。
「せめて何か答えてくれよ、タク!」
残念ながら、お前に掛けてあげる言葉が見つからなかったんだ。許してやってくれ。この不愛想な友人を。
「……話は変わるけれどさ」
チューペット型のスポーツドリンクをとっくに飲み干してしまっていたのか、三崎はそのチューペットをくるくると丸めながら、
「あの子なら、いろいろと情報を持っているわけでもないよ? 彼女、自分のことはあまり話したがらなかったし。私としては、何か隠しているのかなと思ったけれど……ただ、あまり詮索しないのが私たちのルールだからね。それで弱みを握られたくないし」
「私たち?」
「あのクラスの女子のルール。いろいろとあんのよ、私たち女子にも」
女子のルール。うう、いろいろと面倒そうなルールだな。柵がたくさんありそうだ。それに、いざこざや私怨も多いのだろう。何というか、どちらかというと女性同士のほうが争いがねちっこくなるという話は聞いたことがある。いわゆる肉体的に喧嘩をするのが男性同士で、女性同士は口喧嘩というどちらかといえば精神的な喧嘩をするのが多いと言われている。そう考えれば、弱みを握られるのはあまりよろしくない。
三崎は丸めたチューペット型容器を袋の中に仕舞い、そのままゴミ箱に放り投げる。
ゴミはゴミ箱へホールインワンを決めた。
それを確認したうえで、三崎はさらに話を続ける。
「結局のところ、女子というのはあまり敵に回さないほうがいいのよ。理由は単純明快。精神的な攻撃をしかねないから。いじめも辛いのは女子同士なのよ? はっきり言って、見ていられないくらい精神的に凄惨なものになるのだから」
しかしながら、案外それを理解していない人たちが多いことも事実。懐かしい場所だと思う人は居ても、大きくなってもまだ駄菓子屋に行きたいと思う人は居ないものだ。
しかし最近になっては、そのメインターゲットたる子供ですらポテトチップスやチョコレートといった菓子に夢中になっている。駄菓子屋が次々潰れていってしまうのも、何となく理解できる気がする。
「しかしまあ、何で駄菓子屋ってこんなに魅力的なのに、客が少ないのだろうね?」
駄菓子屋の前にあるベンチに腰掛けて、北谷はそんなことを言い出した。
突然こいつは何を言い出すのだ――そう思っていたが、確かにこの店は最近客が少ないと言っていた。誰が言っていたか、って? そりゃもちろん、この店の店主だ。
駄菓子は安いからコストパフォーマンスが高い。もちろん安いだけではなく、味のバリエーションも多い。甘いものもしょっぱいものも辛いものも酸っぱいものも、何でも揃うと言ってもいいだろう。
しかしながら、どこか最近の子供にとって駄菓子は古臭いものだという認識があるらしい。それは店主が学校帰りの小学生の会話を偶然聞いてしまったことからそういう情報を仕入れたとのことらしいが、だとすればその小学生はかなり人生を損していると思う。小学生の時点で人生を損しているとはどういうことか、って話になるかもしれないが――だってそうだろう? 駄菓子のことについて、一切と言っていいほど知らないのだから。それを『人生損している』と言って間違いないわけがないだろう。
「それにしても、あんたが急に話をしたい、って言い出したもんだからびっくりしたよ。どうしたの?」
そう言ったのは、三崎だった。
三崎はチューペットタイプのスポーツドリンクを咥えながら、僕の横に腰掛けていた。革靴は歩いていて痛いためか、左足の靴を脱いで半分体育座りのようになっている。あと少しのところでスカートの中身が見えてしまいそうだが、それは何とか見えないようになっているようだ。というか、三崎はいつもスカートの中に短パンを履いていたはずだ。なぜそんなことを知っているかというと偶然三崎のパンチラ現場に遭遇した男友達が悲観にくれた表情でそう言っていたからだ。悲しむのは解るが、あいつに期待したのが間違いだった――そう言っておこう。
三崎は左足に頬を寄せながら、話を続ける。
「……まさか、あの転校生を早速狙っていこう、なんていう魂胆じゃないだろうね?」
「読まれているぞ、北谷。反論してみたらどうだ」
「お前ら俺に対する風当たり強くないか!?」
「強いか強くないか、と言えば強いだろうな。……で、どうなんだ? お前はいったいどう思っているんだ。まさか転校初日から狙っています、なんてドン引きな発言はしないだろうな?」
三崎は発言がきついときがある。そうしてそれは昔から付き合いをしている連中――例えば僕や北谷とか――なら問題は無いのだが、彼女に対してあまり抗体が無い場合、その口調を一度聞いただけで心が折れかねない。
三崎の発言を聞いて、それでも臆することなく北谷は話す。
「……別にいいだろ。一目ぼれ、ってあるじゃないか。まさにそのことだよ。それを俺は感じている。それを、タクも三崎も解らないのかね?」
「いや、流石に転校初日から転校生を狙うのは無いわ」
右手をひらひらと振りながら溜息を吐く三崎。
そして僕のほうに視線を移す北谷。
残念だが北谷――僕も同意見だ。
そう思いながら、僕はただ彼の視線から目を逸らすことしかできなかった。
「せめて何か答えてくれよ、タク!」
残念ながら、お前に掛けてあげる言葉が見つからなかったんだ。許してやってくれ。この不愛想な友人を。
「……話は変わるけれどさ」
チューペット型のスポーツドリンクをとっくに飲み干してしまっていたのか、三崎はそのチューペットをくるくると丸めながら、
「あの子なら、いろいろと情報を持っているわけでもないよ? 彼女、自分のことはあまり話したがらなかったし。私としては、何か隠しているのかなと思ったけれど……ただ、あまり詮索しないのが私たちのルールだからね。それで弱みを握られたくないし」
「私たち?」
「あのクラスの女子のルール。いろいろとあんのよ、私たち女子にも」
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