異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百八十話 神殿への道⑪

 神様を初めて人間と提起した存在。
 それが賢者ヤスヴァールだった。

「賢者ヤスヴァールは、研究者にして神学者にして犯罪者だった。ガラムドを神と敬う一派からすれば、ガラムドを人間としてしまうのは非常に面倒だということだよね」

 そう思うのは仕方ないのかもしれない。
 確かに人心を掌握してコントロールしたいのならば、ガラムドを神にしておいたほうが都合のいい人間も居るのだろう。
 しかしながら、今ヤスヴァールの祠があるということは、彼は認められたということなのだろうか?

「……賢者ヤスヴァールは神様を人間と言い切った。はっきり言ってそれは、そんな簡単なことではなかった。君や僕が思う以上にね…….。けれど、それは彼も知っていてのことだった。知っていたからこそ、彼はそれをやったに過ぎなかった」
「ヤスヴァールは認められたのだろう? 祠に名前が冠されていることからも、そう考えられる」
「確かに。ヤスヴァールは認められたよ。けれど、それが認められたのは死後数十年経過してから、の話だ。ヤスヴァール自体は生前その研究が認められたことは一度も無い。そう言われている」

 それを聞いて、僕は絶句した。ヤスヴァールは生前認められなかった? となると、彼は生前ずっと虐げられてきたのだろうか。その研究は出鱈目だ、誤った研究だ……と。だとすれば、とても悲しい話になる。出来ることならば、あまり考えたくない話だが。

「ヤスヴァールはいい研究者だったと言われている。賢者として若いうちは世界各地を巡ったとも言われているが……、その後若い娘を娶り、定住をしたそうだ。けれど、そこは賢者なのかもしれない。やることが無いから、本を書こうと思い立った。そうして作り上げた最初の書籍が……」
「その、神様を人間と言い切った本ということか……?」

 その言葉にこくりと頷くバルト・イルファ。
 僕としてはハッピーエンドになるものかと思っていた。しかしながら、そのハッピーエンドは簡単にバッドエンドになってしまうのだ、ということを思い知らされた。
 バルト・イルファは溜息を吐いた。

「……まあ、ヤスヴァールは色々と大変だったと思う。しかしながら、彼にも僅かではあったけれど、弟子が居た。その中には後に君が……、予言の勇者がやってくるという予言をしたと言われるテーラも居たと言われているよ。残念ながら、確定的な証拠が無いために、あくまでも『そう言われている』だけに過ぎないが」
「その弟子たちは……ヤスヴァールが失意のうちに亡くなったところで彼の研究を無碍にすることはしなかった。それどころか、彼の研究を引き継いでさらに神とは何かというところまで研究し出す人間まで出始めた。ヤスヴァールはいい弟子を持ったと思うよ」
「……そんなことが」
「そうして、テーラや他の弟子の尽力も甲斐あって、ヤスヴァールの研究は認められた。祈祷師がずっと突っ撥ねてきた『ガラムドは人間だ』という説を受け入れた。……そして、彼は賢者として認められ、ここに彼の名前を冠した祠が作られた、ということだよ」

 とどのつまり。
 ヤスヴァールの祠は、彼が作ったものではなく、彼の名前を冠しただけということになる。

「……さて、話が長くなってしまったね。ここでずっと話していても意味がないことだろうし、とにかく今は祠に入っていこう。……ただ、問題は『花束』を手に入れていない、ということになるけれど」
「シルフェの剣で何とかならないかな……」
「そんな簡単に上手くいけば苦労しないよ。それくらい君だって理解しているのでは無いかな?」

 それもそうかもしれない。
 確かに花束が別のもので代用出来るならば、そっちを使った方が効率も良い。それに、そんなことは僕よりもバルト・イルファが詳しいはずだった。

「……まあ、とにかく先ずは祠を調査することにしようか。実は僕たちも内部を詳しく調査したことがなくてね……。花束をどのように使うのか、まだ定かでは無いのだよ」
「そんなものなのか」
「そんなものだ」

 そして僕たちは祠の中に入っていった。


 ◇◇◇


 祠の中は質素な作りだった。部屋が一つだけあって、その中心に石版があった。
 石版を見ると、僕が見たことの無い言葉で……あれ?

「どうした、フル・ヤタクミ」

 バルト・イルファが疑問を抱くのも仕方ないだろう。
 だってその石版に書かれていた文字は、他でも無い……日本語だったのだから。

「どうして。どうして、こんなところに、僕が居た世界の言語が……!」
「成る程。異世界の言語が書かれているのか。……道理で、神殿や古代のガラムド神代の頃の文献は我々の言語とは違うものだと思ったが……、それですべてがうまくいく。ということは、君はこの石版の文字が読めるのか?」
「ちょっと待ってくれ。ところどころ掠れているし、文法も滅茶苦茶だけれど……、それでも読めないものでは無いと思う」

 そうして僕は石版の解読に意識を集中させた。

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