異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百七十九話 神殿への道⑩

「フル・ヤタクミ。目を覚ませ」

 バルト・イルファの声を聞いて、僕は目を覚ました。長い時間眠っていたような気もするが、恐らく僕の気のせいなのだろう。

「……寝惚けているようならば、顔を洗ってくるといいよ? 僕はロマみたいに直ぐ水なんて出せないからねえ。僕が出せるのは炎だから。それでも良ければ今すぐ浴びせてあげてもいいけれど?」

 ご勘弁願いたい。それによって、僕の命が失われる可能性も充分に考えられるっていうのに。そんな簡単にある種命を投げ捨てるような発言をしないでもらいたい。
 そういうわけでバルト・イルファの顔を睨みつけていたわけだけれど、どうやら彼にもその意図は汲み取ってもらえたのか、失笑した。

「……君は真面目だなあ。そんなことをするわけが無いだろう? 少なくとも、今の僕と君は味方同士だ。十年前ならば、そのまま容赦無く炎をぶつけていただろうがね」

 冗談にしては怖いものをぶち込んで来やがったな、と思いながら僕は眼を擦ってベッドから起き上がった。ベッド、とは言っても折り畳み式の簡易ベッドだ。このホバークラフト、後部座席が馬車のような感じに幌がついていたからちょっと豪華だな、と思っていたが、その『豪華』の域が違っていた。
 どういうことかと言えば、このホバークラフトの後部座席には座席と呼べるものが存在しなかった。その代わりに簡易ベッドとキッチン(水は事前にタンクに補給しておく必要がある)、冷蔵庫にトイレ(冷蔵庫の電気はホバークラフトのバッテリーから受電する。つまり、あまり使い過ぎるとホバークラフトの運転にも支障が生じる。トイレは排泄物用のタンクが無く、所謂垂れ流し状態となっている)までついている。ホバークラフト自体若干のローテクを感じていた(とはいえ、十年前に比べれば進歩したほうだ)が、これを見せつけられてしまうとこれはこれで「科学の力ってすげー!」って言ってしまう。いや、言ったところでバルト・イルファにはそのネタは通じないのだろうけれど。
 簡易ベッドを仕舞い、キッチンの蛇口につけられたボタンを押す。すると一定量の水が蛇口から出てくる仕組みだ。限られた量しか水を使えないからこそ活きるシステムといえるだろう。適材適所とはこのことを言うのかもしれない。
 そしてその限られた量の水で顔を洗い、僕は前部座席へと向かう。……今気付いたが、ホバークラフトはもう既にどこかに到着したのか、止まっているように見えた。

「……なあ、バルト・イルファ。もしかして、もう着いたのか?」
「最初はもう一回交代を考えていたんだけれどね。中途半端なところだったし、僕は別に眠気をあまり感じない。となると、やっぱり人間である君に寝てもらったほうが一番だとは思わないかい?」
「成る程、それは言い得て妙だ」

 僕は頷く。確かに過去バルト・イルファは人型ではあるものの人間の欲が削れている部分があると語っていた。それを踏まえれば、睡眠欲が削られていても何ら不思議では無いだろう。ただ、睡眠自体は身体の休息を意味しているのだから、たとえ眠くなかったとしても睡眠を取ったほうがいいとは思うが……。やはりそこは人間と仕組みが違うのかもしれない。
 ホバークラフトは僕の予想通り既に停止していた。辺りを見渡すと、そこには森が広がっていた。そして、ホバークラフトの目の前に石煉瓦で作られた古い祠のような建物があった。

「もしかして、これが……」
「そう。その通り。これが神殿への道を切り開くと言われている最後の砦、賢者ヤスヴァールの祠だ」
「ヤスヴァールの祠……」

 僕はバルト・イルファが言った言葉、それをそのまま反芻した。

「賢者ヤスヴァールはガラムドの死後に初めてガラムドについて研究をした研究者の一面があるとも言われている。今まで誰も調べようとはしなかったんだよ。彼女の一族だった祈祷師が作り上げた原典を、疑いもせず有難がっていたんだ」

 祈祷師は神の一族。確かにそれはラドーム学院での数少ない授業で習ったことがある。しかし、その話を聞いた限りでは、祈祷師の言うことについて誰も疑問を抱かなかった、ということになるけれど。

「……今君が考えていることについて、解答を示してあげようか。とどのつまり、祈祷師の言うことには誰も疑問を抱かなかったんだ。だって、祈祷師は神の一族だったから。自らを神の一族と言い、敬うよう命じたからだ」
「それに初めて疑問を抱いたのが……」
「賢者ヤスヴァールだ。彼は誤った原典の記述を全て調べ上げた上で書き直した。そうして彼の研究の成果として、『ガラムド暦書』は完成した。結果として、彼は歴史に名を残す研究者として有名になったのだけれどね。認められるまでは、原典派の人間に差別されたとも言われているよ」
「でも……、名前を残すほど、ということはやはりとんでもない偉業を成し遂げたんだろ?」

 バルト・イルファは頷いたのち、ゆっくりと告げた。

「ヤスヴァールは……世界で初めてガラムドを人間であると位置付けた研究者だよ。そんなこと、恐れ多くて誰も研究しなかった。当然だろうね、だって自分たちの世界を作ったと言われていたカミサマがただの人間なんて、言えるはずがなかった」

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