異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百四十五話 目覚めへのトリガー⑮

「多元世界について、考えたことはないかしら。幾重にも重なった、世界の塊のことを言うのだけれど」
「それは知っている。理解している、と言ったほうがいいかもしれないな。しかしながら、それは現実味を帯びていない。はっきり言って無駄な考えだと言ってもいい。学会でもその考えは否定され続けたはずだ。まあ、それでも時折学会にその説を提示する学者は少なくないが……」
「まあ、そういうことを言う人も多いかもね。実際問題、それをどう思うかは学会の勝手だけれど。しかし、あれを考えることで何が生まれるか……学会は危険性ばかり危惧している。だからこそ、学者に多元世界について研究させない。させたとしても発表させる場を与えない。まあ、それは当たり前よね。私が裏から力をかけてそれをさせないようにしているのだから。だから学者はそれについて考えることはあったとしても、実際に研究することはしない」
「……なぜだ? なぜ、そこまでして研究を止めていた?」
「多元世界の存在を、確認してもらっては困る……ということよ。もうここまで来て解るかもしれないけれど、多元世界は存在するのよ。それは確率が無限大に存在する世界のこと。簡単な考えかもしれないけれど、多元世界の説明についてはこれが一番シンプルね」

 そう言ってリュージュはどこからかアピアルを取り出した。
 いったい何をするのか、タイソン・アルバは見つめていたが、

「ここに一つのアピアルがあるわね? それはとっても新鮮なアピアルだけれど……、」

 そしてリュージュはそれに力を籠める。
 少しして、アピアルは見事にリュージュの手の中で割れてしまった。

「これはアピアルが割れた世界」

 割れたアピアルを床に投げ捨てて、濡れた手をタオルで拭う。

「だけれど、この選択の中にはアピアルが割れなかった世界も当然存在するはず。そうよね? アピアルは割れることが殆どかもしれないけれど、偶然そのアピアルが割れない世界があったかもしれない」
「それが、多元世界……」
「そう。割れなかった世界と割れた世界。今回の場合は二つのケースにしか分類できないかもしれない。ただ、そのあとはまた別の選択肢が存在する。そして選択肢の数だけ世界は分割する。パターンが選択される、ということになるわね。こうして無限大に、枝葉のように広がっていく世界。それが多元世界の観念になるわね」

 多元世界の観念。
 リュージュの語った答えは、少なくともそれについて語られたことであった。
 しかしながら、タイソン・アルバには理解できなかったことがある。
 どうしてリュージュは、タイソン・アルバにそのことを語ったのだろうか? 今更仲間として使おうとしたとしても、今のことは完全に違う話になるだろう。今の世界を破壊することと、多元世界が登場することは、何か関係があるのだろうか。そのことについてタイソン・アルバは考えていた。
 しかしながら、考えていただけでは何も進まない。そう思って、タイソン・アルバは質問をした。

「……多元世界をどうするつもりだ?」
「多元世界を操作するには、一つの世界を破壊する必要がある」
「……何だって?」
「一つの世界を破壊することで、その世界は可能性を終了する。そして残された可能性はほかの世界に分配されることとなる。可能性という考えが気に入らないのならば、『運命』と言ってもいいでしょう。運命は、世界の可能性として存在することになるけれど、それと同時に、この世界に神が訪れる」
「神……ガラムドが、ですか? 何のために?」
「世界を再構築するために、かしらね。この世界が消滅することで、世界の枠が一つ消滅する。だからといっても、この世界の枠がそのまま埋まらないわけではない。リセットされた世界が再生されることとなる。その選択が選ばれる前の世界、ということにね……」
「世界を再生するために、神が降臨する、と……?」
「ええ。よく聞いたことがあるでしょう? 世界の危機に、神が訪れて人類を救うだろう……という在り来りな話よ。私ははっきり言ってそれを信じていないけれど、でも、私の計画にはそれが必要なのよ。ガラムドが降臨することを見計らって、その権限を盗む」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品