異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第百三十八話 目覚めへのトリガー⑧
道を進むと、自動的に天井につけられている電灯が点いていく。ここだけ世界観がどこか現代風ではあるけれど、恐らくスノーフォグの科学技術の賜物だろう。
そして、徐々にその風景が変化していった。最初はただの廊下になっていて、両側はただの壁となっていたが、広い部屋に入った途端壁を構成しているものが巨大な水槽になっていた。いや、水槽というよりもこれは……。
「インキュベーター」
リュージュはこちらを向くことなく、ただぽつりとそう言った。
「私たちはそう呼んでいる。保育器、とね。名前の通り、育てることを保つための器械。単純な名前ではあるけれど、私たちはこの名前のほうが呼びやすいものだからね」
保育器。
ということはこの機器に何かを入れて、育てているということなのだろうか?
今のところ、その保育器に何かが入っているようには見えない。緑色の液体がただ満たされているだけだった。
「……見渡しても無駄よ。この保育器には何も入っていないから。今、実用しているのは奥にある巨大な保育器のみに過ぎない。残りはただのガラクタ。使い道が無い、ただのガラクよ」
そのまま、リュージュは歩き続ける。もう少し調査しておきたかったところもあるが、後方にまだアイスンが見張っているのでおかしな行動は出来ない。諦めて、そのままついていくことしか出来なかった。
そして、その部屋の最奥部には巨大な保育器が壁一面に埋め込まれていた。
しかしながらすりガラスのようになっていて、その保育器の中に何かがいることは解っていても、それが何であるかは解らない。
「メタモルフォーズとは、いったい何者なのか」
リュージュが保育器を見つめながら、隣に立つ僕に言った。
しかし解答を求めることなく、そのまま話を続ける。
「メタモルフォーズは、オリジナルフォーズを『素体』として作り上げた粗製品。オリジナルフォーズの命令系統を継続しているから、メタモルフォーズはオリジナルフォーズの命令を聞くことは出来る。ただし、オリジナルフォーズには何百ものメタモルフォーズを同時に操る程の知能を持ち合わせていない。ならば、どうすればいいか。簡単なこと、知能を持った存在に手綱をひかせればいい」
「手綱を……知恵を持った存在に?」
「この世界で一番知能をもっている存在。それは人間よ。だって当然よね。人間がこの世界を統べていると言っても過言ではないのだから。神に比べればその地位は低いものかもしれないけれど、それでも神に次いで人間は知能が高い。それに人間が一番使いやすいのが人間ということも、火を見るよりも明らかではあるからね」
リュージュは壁につけられた計器類にあるボタンを押す。
すると、すりガラスだった部分は一種のフィルターとなっていたらしく、それが上にせりあがっていった。
徐々に、保育器の中に何がいるのかが、明らかになっていく。
「……これって……!」
保育器に浮かんでいたのは、無数の人間だった。
しかし、その人間は全員が裸で、髪色も髪型も目の色もすべて一緒だった。
金髪、ロングヘアー、赤い目。
「これって、まさか……!」
そう。
そこに浮かんでいたのは、メアリーだった。
いや、正確に言えばメアリーではない。メアリーに似た大量の何か、と言えばいいだろう。
「メアリーだと思っているのならば、それははっきりとした間違いよ。彼女たちはただのダミー。いえ、正確に言えば、『騎手になれなかった存在』。才能が無かったわけではない。知能が足りなかったわけではない。ただ、明確な何かが足りなかった」
「それは……?」
「なんだと思う? 予言の勇者」
首を傾げ、ニヒルな笑みを浮かべ、僕を見つめる。
きっと僕の表情は怯えているのだろう。今まで旅をしてきたクラスメイトの秘密を知ってしまったからかもしれない。
いや、だからとしても。
僕は前を歩き続けないといけない。
オリジナルフォーズの復活を阻止するために。
リュージュの野望を阻止するために。
「心……か?」
そして、僕はゆっくりとその答えを導き出す。
溜息を吐いたリュージュは数回拍手をして、
「まあ、何となくそうだろうと思っていたのでしょう。確かにその通り。このどこを見ているか解らない目つきを見れば一目瞭然かもしれないけれど、『これ』には心が無い。心は一番必要なものだからね。これを使ってメタモルフォーズの手綱を引こうとしても、先ずは私に絶対的に逆らえないということを植え付けないといけない。それを植え付ける土壌が無ければ、どうしようもないからね。石畳に種を蒔いても木は生えないでしょう? 要はそういうこと。これには心が無かった。いや、正確に言えば、これすべてに入れるだけの心が無かった」
リュージュは自らのお腹を摩りながら、笑みを浮かべる。
その笑みは、リュージュ自身を嘲笑しているようにも見えた。
「……面白い話よね。皆私から取り出した卵子をもとに作り上げたというのに……。心はたった二つしか生まれなかった。神というのは、どこまでも私の野望を阻止したがる。まあ、障害はあればあるほどそれを乗り越えるときが面白いのだけれどね」
そして、徐々にその風景が変化していった。最初はただの廊下になっていて、両側はただの壁となっていたが、広い部屋に入った途端壁を構成しているものが巨大な水槽になっていた。いや、水槽というよりもこれは……。
「インキュベーター」
リュージュはこちらを向くことなく、ただぽつりとそう言った。
「私たちはそう呼んでいる。保育器、とね。名前の通り、育てることを保つための器械。単純な名前ではあるけれど、私たちはこの名前のほうが呼びやすいものだからね」
保育器。
ということはこの機器に何かを入れて、育てているということなのだろうか?
今のところ、その保育器に何かが入っているようには見えない。緑色の液体がただ満たされているだけだった。
「……見渡しても無駄よ。この保育器には何も入っていないから。今、実用しているのは奥にある巨大な保育器のみに過ぎない。残りはただのガラクタ。使い道が無い、ただのガラクよ」
そのまま、リュージュは歩き続ける。もう少し調査しておきたかったところもあるが、後方にまだアイスンが見張っているのでおかしな行動は出来ない。諦めて、そのままついていくことしか出来なかった。
そして、その部屋の最奥部には巨大な保育器が壁一面に埋め込まれていた。
しかしながらすりガラスのようになっていて、その保育器の中に何かがいることは解っていても、それが何であるかは解らない。
「メタモルフォーズとは、いったい何者なのか」
リュージュが保育器を見つめながら、隣に立つ僕に言った。
しかし解答を求めることなく、そのまま話を続ける。
「メタモルフォーズは、オリジナルフォーズを『素体』として作り上げた粗製品。オリジナルフォーズの命令系統を継続しているから、メタモルフォーズはオリジナルフォーズの命令を聞くことは出来る。ただし、オリジナルフォーズには何百ものメタモルフォーズを同時に操る程の知能を持ち合わせていない。ならば、どうすればいいか。簡単なこと、知能を持った存在に手綱をひかせればいい」
「手綱を……知恵を持った存在に?」
「この世界で一番知能をもっている存在。それは人間よ。だって当然よね。人間がこの世界を統べていると言っても過言ではないのだから。神に比べればその地位は低いものかもしれないけれど、それでも神に次いで人間は知能が高い。それに人間が一番使いやすいのが人間ということも、火を見るよりも明らかではあるからね」
リュージュは壁につけられた計器類にあるボタンを押す。
すると、すりガラスだった部分は一種のフィルターとなっていたらしく、それが上にせりあがっていった。
徐々に、保育器の中に何がいるのかが、明らかになっていく。
「……これって……!」
保育器に浮かんでいたのは、無数の人間だった。
しかし、その人間は全員が裸で、髪色も髪型も目の色もすべて一緒だった。
金髪、ロングヘアー、赤い目。
「これって、まさか……!」
そう。
そこに浮かんでいたのは、メアリーだった。
いや、正確に言えばメアリーではない。メアリーに似た大量の何か、と言えばいいだろう。
「メアリーだと思っているのならば、それははっきりとした間違いよ。彼女たちはただのダミー。いえ、正確に言えば、『騎手になれなかった存在』。才能が無かったわけではない。知能が足りなかったわけではない。ただ、明確な何かが足りなかった」
「それは……?」
「なんだと思う? 予言の勇者」
首を傾げ、ニヒルな笑みを浮かべ、僕を見つめる。
きっと僕の表情は怯えているのだろう。今まで旅をしてきたクラスメイトの秘密を知ってしまったからかもしれない。
いや、だからとしても。
僕は前を歩き続けないといけない。
オリジナルフォーズの復活を阻止するために。
リュージュの野望を阻止するために。
「心……か?」
そして、僕はゆっくりとその答えを導き出す。
溜息を吐いたリュージュは数回拍手をして、
「まあ、何となくそうだろうと思っていたのでしょう。確かにその通り。このどこを見ているか解らない目つきを見れば一目瞭然かもしれないけれど、『これ』には心が無い。心は一番必要なものだからね。これを使ってメタモルフォーズの手綱を引こうとしても、先ずは私に絶対的に逆らえないということを植え付けないといけない。それを植え付ける土壌が無ければ、どうしようもないからね。石畳に種を蒔いても木は生えないでしょう? 要はそういうこと。これには心が無かった。いや、正確に言えば、これすべてに入れるだけの心が無かった」
リュージュは自らのお腹を摩りながら、笑みを浮かべる。
その笑みは、リュージュ自身を嘲笑しているようにも見えた。
「……面白い話よね。皆私から取り出した卵子をもとに作り上げたというのに……。心はたった二つしか生まれなかった。神というのは、どこまでも私の野望を阻止したがる。まあ、障害はあればあるほどそれを乗り越えるときが面白いのだけれどね」
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