異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百三十三話 目覚めへのトリガー③

 飛行船はゆっくりとリーガル城の上を進んでいた。

「……酷い有様だね」

 下を眺めるメアリーたちの表情はどこか曇っていた。当然だろう。下を見ても誰もが操られている人たちだ。それだけならまだ救いがあるのかもしれないが、その操られた人間同士で争っているのを見ると、救いがあるとは言い難くなってくる。争いはどちらか一方が死ぬまで続き、瓦礫に死屍累々と並べられている。
 まさに、地獄。
 地獄のような光景が、眼下に広がっていた。

「……これは、酷い。リュージュはいったい何のためにこのようなことを……」
『きっと、世界をもう一度滅ぼそうとしているのでしょう』

 言ったのは今まで何も話すことをしなかったアリスだった。てっきり電池が切れてしまったかと思ったがそうではないようだった。

「世界を……もう一度? 人間が、一万年前の人間がやろうとしていたことを、またリュージュはやろうというの? しかも、今回はコールドスリープなどの準備は一切していないのよね……!」
『未来のことを考えて実施することは投資と言えるでしょう。問題はそれに対する可能性を一切考えないことです。過去のことは五万人の人間を残しておきました。それは未来への可能性になりますよね。しかし、あのリュージュは何も考えていません。未来への可能性を一切残していない、ということです』
「……つまり、人類が滅ぶ可能性もある、ということね?」

 その言葉に、こくりと頷くアリス。

『人間が滅びるという可能性。それは出来ることならば考えたくないことでありますね。私は人間に開発されましたから、人間のことを第一に考えています。そして人間のことを、開発者のことを親として崇めております。……その親も、一万年前の時空に取り残されているのですが』
「その開発者は、コールドスリープでこの世界にやってこなかった、ということ?」

 アリスは頷き、ゆっくりと話を続ける。
 彼女は無表情を貫いていたが、その俯き加減は、もし仮に人間であったならば涙を流しているくらいなのかもしれない。

『開発者であるその人間は、人を助けることがとても大好きでした。だからこそ、人間を助けるために私というロボットを開発したのでしょうが……、しかしながらそれはただの自己犠牲にすぎませんでした。人々は助かりましたが、彼は一万年前の世界に残ることを洗濯しました。それについて、世界の人々は悲しみ、そして後悔したことでしょう。なぜなら彼は世界の頭脳だと言われていましたから。コールドスリープ後の案内役である私を残して世界を去ったことについては、私を最後の研究だと言っていた人も居ましたからね。このような素晴らしいものを残して……と悲しくなっていた人も居ましたか』
「なぜ、そのように他人事に……?」

 メアリーの言葉を聞いて、彼女は空を眺める。
 そして彼女はゆっくりと語り始めた。

『……何でしょうね。信じたくないのですよ、開発者である彼が居なくなったことが、未だに信じられません。コールドスリープのリストに記載が無かったとしても、それを実際に見たわけではありませんから。もしかしたらコールドスリープをこっそりしていて、この世界にやってきているのかもしれない。そんなことを私は思うのですよ。……おかしいですね、アンドロイドは感情を持たない、はずなのですが……』

 いや、それは嘘だった。
 メアリーも、ルーシーも、レイナも、恐らく同じ感情を抱いていたことだろう。
 このアンドロイド――言葉の意味こそ理解できなくても、人間のようで人間ではない、化学で出来た何かということは理解している――は感情を持っている。人間と同じように心を持っている。それを充分に理解していた。
 たとえアリス自身がそれを受け入れていなかったとしても、メアリーたちはそれを受け入れるしかなかった。

「……あ、あれ。人じゃない!?」

 ルーシーの言葉を聞いて、メアリーとレイナもそちらを見た。
 そこに居たのは、二人の男女だった。

「ねえ、あそこに居る二人って……!」

 それが誰なのか、三人は知っていた。

「ハイダルク王!」
「それに、カーラさん!」

 ルーシーとレイナ、それぞれの声が響く。

「そこに着地するから、捕まっていて!」

 メアリーは操縦桿を操作して、急降下していく。ルーシーたちは何とかその重力に耐えようと、甲板に捕まっていた。
 そうして、飛行船はハイダルク王とカーラの居た場所に着地した。
 急いで二人を乗せて、洗脳された人々を乗せないようにそのまま空へ浮かび上がる。

「……助かったよ。君たち、この空飛ぶ船はいったいどこで手に入れたのかね?」

 疲労困憊のハイダルク王がメアリーに訊ねる。
 メアリーはこの空飛ぶ船を手に入れた経緯、そして今彼女たちが向かっている場所とその目的を説明した。
 ハイダルク王は話を聞き終えると、顎鬚を触りながら深く頷いた。

「成る程。いろいろと理解し難いところが無いわけではないが……、オリジナルフォーズをリュージュが覚醒させようとしている、と……。あの祈祷師め、何かするとは思っていたが、まさかそのようなことをしようとしていたとはな……。昔から読めないやつとは思っていたが、まさかこれまでとは思いもしなかった」

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