異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百二十七話 一万年前の君へ⑥

 僕たちが次に地面に降りたったのは、周囲に誰も居ない広場だった。無論そういう場所を求めていたのであって、そこはちょうど理想な場所だったと言えるわけだが。
 円盤のように象られたその空間は、まるで何かの舞台のようにも思えたが、それは結局ただの僕の思い違いに過ぎなかった。

「……静か、ね」
「そうだね……」

 メアリーが言った通り、その場所はとても静かだった。正確に言えば遠くに人々の喧騒が聞こえてくるので全くの無音というわけではないのだが、それでもあまりにも静か過ぎる。まるで何者も寄せ付けない結界が張られているかのように。

『侵入者を発見いたしました』

 ひどく滑らかな声だった。人間だったらつけるべきタイミングでつける抑揚がつけられていなくて、逆につけなくていいところで抑揚がついている。簡単に言ってしまえばあべこべな抑揚だった。
 腰まで届きそうな金のロングヘアにその背格好には見合わないぶかぶかの白のワンピース。
 そんな少女がそこに居た。
 少女には感情が一切見られなかった。もっと言ってしまえば生気すら感じられなかった。それはどういうことだったのかその時の僕たちには判別が付かなかったわけだけれど。
 動きがあったのは、そのあとすぐのことだった。

『目視により身体的特徴を確認。……「ホープ・リスト」と照合します』

 そして、少女はその場から、消えた。

「……痛っ」

 刹那、僕の頬を何かが擦った。
 頬を触るとぬるりと暖かいものが触れる。それを手に取って見ると、赤い液体だった。
 それが血であることに気付くまでそう時間はかからなかった。頬の傷はそう深くなく、擦り傷程度のようだった。
 そして背後を振り返ると……そこにはあの少女が変わらぬ姿で立っていた。
 ただ一つ違うところを上げるならば、少女の右手にあったナイフに赤い血がべっとりとついていることだった。

「今のスピード……、主従融合した僕でもまったく捉えることが出来なかった……!」

 ルーシーはそう言って、少女を睨み付ける。次はそのようなことはさせない、という彼なりの構えだったのかもしれない。
 しかしながら少女はこちらに向かってくる様子は無く、僕たちをただ見つめているだけに過ぎなかった。気持ち悪いほどに、ただじっと見つめていた。

『DNA情報が一致。三名のうち一名を「ホープ・リスト」内の人物と断定。状況報告を開始致します』

 そう言って、少女は一歩近づく。
 僕も、ルーシーも、メアリーも、次こそは先手を取られない、いや、取られてたまるかという強い思いを抱いて構えを取っていた。
 だからこそ、次の少女の行動が、まったくもって想像出来なかった。
 少女は僕たちに近付いて、ちょうど僕と二メートルくらい離れたあたりで立ち止まり、そのまま跪いたのだった。

「……え?」

 当然、僕たちは困惑してしまう。今まで僕たちに戦意を抱いているように見えたため(とは言っても感情は一切見えないから、それはただ行動を見て評価しただけに過ぎないのだけれど)何故そのような行動を取ったのか解らなかった。
 行動さえ見れば、真逆とも取れる行動だ。一言で表せば一変、或いは豹変という言葉が似合うかもしれない。
 いずれにせよ、少女の行動には理解し難いものがあった。

「……待って。今あなた、状況報告と言ったわよね? それってこの世界に関しての状況? それともフルが元々居たという世界と関係ある状況のこと?」
『……「現地人」にはもう状況がある程度察せていましたか。もっとも、現地人というよりも正確にはこう言ったほうが正しいのかもしれませんね?』

 一息。
 少女は一拍置いたのち、話を続けた。

『……未来人、と』


 ◇◇◇


 未来人。
 少女はメアリーたちを指し示してそう言った。それはつまりいったい、どういうことなのだろうか。いや、言葉の通りに意味を取ってしまえば、メアリーたちは未来人でつまりここは未来の世界ということになる。
 誰の世界から見て未来になるのか?
 答えは単純明快。僕の世界から見た未来となるだろう。あの少女が言ったリストという言葉が気になるけれど……、それでも先ずは少女の話を聞くしかない。
 思えば、いろいろと変わった点が多かった。
 科学が主体ではなく、魔術が発展した世界。
 しかしながら、メアリーは日本語を話すことができるし、ところどころに僕の居た世界のものがオーパーツよろしく紹介されていたこともあった。
 つまり、

地球復活計画リバイバルプロジェクトをファイナルフェイズに移行。生還者への状況報告を開始致します。改めまして、地球への生還おめでとうございます。先ず、私の名前から申し上げましょう。……私の名前は、Messiahメシア型アンドロイド「アリス」と申します』

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