異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第百十六話 知恵の木③
「何で……そんなことをしたのよ」
押し潰されそうな思いになりながらも、何とか彼女は言葉を吐き出していく。
しかし声は何も答えない。
リュージュは赤ん坊メアリーをベッドに戻すと、最後に一瞥してそのまま姿を消した。
「答えなさいよ……! どうして、この状況をわざわざ見せられないといけないわけ! 私は、私は……この記憶を消し去りたかった。頭の片隅にすら残しておきたくなかったのに……!」
だとしても。
リュージュとメアリーは血縁関係であること。その事実は変わりようがない。
「解っているわよ、それくらい……! でも、あのリュージュが、私の母親。そんなことを知って、どれくらいの人間が傷ついたと思っているのよ?! いろいろな人を失って、いろいろなことを思った。私はこの記憶を閉じ込めておこう。そしてずっと伝えないで生きていこう。そう思っていた、はずなのに……!」
『おや、それはおかしい話ですね。あなたは無意識のうちに封印していたはずなのに? まるでこの記憶を封印していた事実、それを認識していたかのように、あなたは話していますね。それはおかしい、おかしい話ですよ』
「うるさい、うるさいうるさい!!」
『……でも、現実を見据えていかないと、何も変わりませんよ。メアリー・ホープキン。真実を受け入れなさい。物語は、現実程の空想があってこそ語り継がれるものです。現実味しかない物語を、誰が受け入れるというのですか?』
「受け入れる……物語……。何よ、何よ! 私がいったい何をしたというの。私は被害者よ!」
同時に、何者かが再び部屋の中に入ってきた。
『さあ、始まりますよ。あなたが隠したかった記憶、そしてそれを乗り越えることで……あなたは力を身に着けるのですよ』
その人物は、彼女もよく知る人物だった。
白衣を着た科学者のような男性――その男性は、
「父……さん?」
メアリーの父親が、その場に立っていた。
男は涙を流しながら、赤ん坊のメアリーを抱き締める。
それはまるで別れを惜しんでいるかのように。
メアリーは父親と一度しか顔を合わせたことが無い。それも子供の時、親戚に引き取られて以降は一度も父親の顔を見てはいなかった。
だが、彼女の中で父親の顔はずっと記憶の中にあった。リュージュの記憶を封印していたからかもしれないが、それでも彼女の記憶の中には父親の記憶が刻み込まれていた。
父親は立ち上がると、メアリーを抱きかかえたまま、外に出ようとした。
リュージュと対面したのは、ちょうどその時だった。
「……何が目的だ、フィールズ」
「別に君に話すことではないだろう。それでは、僕は研究が忙しいのでね。ここいらで退散とさせてもらうよ」
「……そんな言い訳が通用するとでも思っていたのか? お前が今抱きかかえているのは、誰だ。はっきり言ってみろ」
「メアリーだよ。僕と、君の子供だ」
頷くフィールズ。リュージュは睨みつけつつ、フィールズに抱きかかえられたまま眠りについているメアリーを一瞥する。
「それくらい知っているのならば、なぜ私がお前に質問を投げかけているのか、それについても理解してくれるわよね。あなた、そこまで馬鹿ではなかったはずだから」
「いいか、リュージュ。お前がどうしようったって勝手なことかもしれない。だが、この子はお前の子供であると同時に僕の子供でもある。にもかかわらず、お前は、メアリーを勝手に実験に使おうとしている。それを許せると思っているのか?」
「学究の徒なら、研究をすることだけを考えればいいのではなくて?」
リュージュはフィールズを睨みつけたまま、見下すような目つきへと変えていく。
対してフィールズは小さく舌打ちをすると、赤ん坊を守るべくさらに強く抱き寄せる。
「学究の徒であったとしても、自らの子供を研究対象とするほど狂ったわけではない」
「……ねえ、あなた。何か間違っているのではないかしら。何か考えをただしたほうがいいと思うのよ。別に私は、あなたを騙そうとは思っていない。メアリーのことだってそう。私はただ、人類のために……」
「嘘を吐くな、ならば、オリジナルフォーズの覚醒計画についてはどう説明つけるつもりだ? オリジナルフォーズの封印を解いた先に何が待ち受けているのか、知らないわけではあるまい。その先に待ち受けているのは人類の滅亡だ。遥か昔、ガラムド自らが描き示したと言われている魔導書の力と、予言の勇者が来ない限り、オリジナルフォーズは誰にも倒せない。あのテーラだってそう予言していたはずだ」
「テーラ……。そんな祈祷師も居たわね。自らは表舞台に出ず、予言を無償で行うこと、そうして人々を安寧へと導くのが使命と考えていた、非常におめでたい思考の持ち主だったわね」
一息。
リュージュはどこか遠くを見据えるような表情をして、部屋をぐるっと見渡した。
「……けれど、そんな考えだけじゃ何も変わらない。少なくとも予言だけを示して人々に不安を与えるくらいじゃあね! そんなもので世界が救えるというのであれば、軍隊も要らないし魔導書だって要らない。……予言の勇者にすべてを任せる? そんな、いつやってくるかも解らない不確定要素に世界を任せる。その考え自体がおかしい話なのよ。何故自分でアクションを起こさない? 何故自分で世界を救うべく、世界をより良い方向に進めようとしない? テーラはほんとうに、大馬鹿者だったわね」
押し潰されそうな思いになりながらも、何とか彼女は言葉を吐き出していく。
しかし声は何も答えない。
リュージュは赤ん坊メアリーをベッドに戻すと、最後に一瞥してそのまま姿を消した。
「答えなさいよ……! どうして、この状況をわざわざ見せられないといけないわけ! 私は、私は……この記憶を消し去りたかった。頭の片隅にすら残しておきたくなかったのに……!」
だとしても。
リュージュとメアリーは血縁関係であること。その事実は変わりようがない。
「解っているわよ、それくらい……! でも、あのリュージュが、私の母親。そんなことを知って、どれくらいの人間が傷ついたと思っているのよ?! いろいろな人を失って、いろいろなことを思った。私はこの記憶を閉じ込めておこう。そしてずっと伝えないで生きていこう。そう思っていた、はずなのに……!」
『おや、それはおかしい話ですね。あなたは無意識のうちに封印していたはずなのに? まるでこの記憶を封印していた事実、それを認識していたかのように、あなたは話していますね。それはおかしい、おかしい話ですよ』
「うるさい、うるさいうるさい!!」
『……でも、現実を見据えていかないと、何も変わりませんよ。メアリー・ホープキン。真実を受け入れなさい。物語は、現実程の空想があってこそ語り継がれるものです。現実味しかない物語を、誰が受け入れるというのですか?』
「受け入れる……物語……。何よ、何よ! 私がいったい何をしたというの。私は被害者よ!」
同時に、何者かが再び部屋の中に入ってきた。
『さあ、始まりますよ。あなたが隠したかった記憶、そしてそれを乗り越えることで……あなたは力を身に着けるのですよ』
その人物は、彼女もよく知る人物だった。
白衣を着た科学者のような男性――その男性は、
「父……さん?」
メアリーの父親が、その場に立っていた。
男は涙を流しながら、赤ん坊のメアリーを抱き締める。
それはまるで別れを惜しんでいるかのように。
メアリーは父親と一度しか顔を合わせたことが無い。それも子供の時、親戚に引き取られて以降は一度も父親の顔を見てはいなかった。
だが、彼女の中で父親の顔はずっと記憶の中にあった。リュージュの記憶を封印していたからかもしれないが、それでも彼女の記憶の中には父親の記憶が刻み込まれていた。
父親は立ち上がると、メアリーを抱きかかえたまま、外に出ようとした。
リュージュと対面したのは、ちょうどその時だった。
「……何が目的だ、フィールズ」
「別に君に話すことではないだろう。それでは、僕は研究が忙しいのでね。ここいらで退散とさせてもらうよ」
「……そんな言い訳が通用するとでも思っていたのか? お前が今抱きかかえているのは、誰だ。はっきり言ってみろ」
「メアリーだよ。僕と、君の子供だ」
頷くフィールズ。リュージュは睨みつけつつ、フィールズに抱きかかえられたまま眠りについているメアリーを一瞥する。
「それくらい知っているのならば、なぜ私がお前に質問を投げかけているのか、それについても理解してくれるわよね。あなた、そこまで馬鹿ではなかったはずだから」
「いいか、リュージュ。お前がどうしようったって勝手なことかもしれない。だが、この子はお前の子供であると同時に僕の子供でもある。にもかかわらず、お前は、メアリーを勝手に実験に使おうとしている。それを許せると思っているのか?」
「学究の徒なら、研究をすることだけを考えればいいのではなくて?」
リュージュはフィールズを睨みつけたまま、見下すような目つきへと変えていく。
対してフィールズは小さく舌打ちをすると、赤ん坊を守るべくさらに強く抱き寄せる。
「学究の徒であったとしても、自らの子供を研究対象とするほど狂ったわけではない」
「……ねえ、あなた。何か間違っているのではないかしら。何か考えをただしたほうがいいと思うのよ。別に私は、あなたを騙そうとは思っていない。メアリーのことだってそう。私はただ、人類のために……」
「嘘を吐くな、ならば、オリジナルフォーズの覚醒計画についてはどう説明つけるつもりだ? オリジナルフォーズの封印を解いた先に何が待ち受けているのか、知らないわけではあるまい。その先に待ち受けているのは人類の滅亡だ。遥か昔、ガラムド自らが描き示したと言われている魔導書の力と、予言の勇者が来ない限り、オリジナルフォーズは誰にも倒せない。あのテーラだってそう予言していたはずだ」
「テーラ……。そんな祈祷師も居たわね。自らは表舞台に出ず、予言を無償で行うこと、そうして人々を安寧へと導くのが使命と考えていた、非常におめでたい思考の持ち主だったわね」
一息。
リュージュはどこか遠くを見据えるような表情をして、部屋をぐるっと見渡した。
「……けれど、そんな考えだけじゃ何も変わらない。少なくとも予言だけを示して人々に不安を与えるくらいじゃあね! そんなもので世界が救えるというのであれば、軍隊も要らないし魔導書だって要らない。……予言の勇者にすべてを任せる? そんな、いつやってくるかも解らない不確定要素に世界を任せる。その考え自体がおかしい話なのよ。何故自分でアクションを起こさない? 何故自分で世界を救うべく、世界をより良い方向に進めようとしない? テーラはほんとうに、大馬鹿者だったわね」
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