異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第百十二話 ライトス銀と魔導書⑩
鍵。
何か鍵を持っていただろうか。そんなことを考えながら、ふと思い出したことがあった。
「フル、その首飾り……」
どうやらメアリーもそれを思い出していたようだった。
まだ僕たちがラドーム学院に居たころ、トライヤムチェン族の長老からもらった小さな鍵があった。いつか使う時がやってくるはずだから、大事に取っておくこと。そんなことを言われたので、絶対に失くさないように首飾りにしていたのだった。
「もしかして……トライヤムチェン族の長老はこうなることを知っていた、ということ?」
「それは解らないよ、ルーシー。けれど、僕たちが持っている鍵はそれだけだ。そうだろう? だからまずは、やってみないと解らない。ほんとうにこれがその鍵穴に差すべきものであるのか、ということについて」
「……どういうことか解らないが、気になっているのならば試してみたほうがいいのではないか?」
シュルツさんの言葉に僕は頷く。
そしてさらに話は続いた。
「失敗してもいい。転げ落ちてもいい。けれど、何もやらないのは何もならない。それは私にも言える話ではあるけれど……、いや、そんなことはどうでも良かったね。とにかく、まずはやってみないと、何も始まらないよ」
「そう……ですね」
結局、何かアクションを起こさない限り、何も始まることは無い。その結果が良い方向に進むか悪い方向に進むかは、今考える話ではないということだ。
確かにそうかもしれない。
だからこそ、僕もまた悩んでいた。
殆どの人間は結果を仮定してから行動に移す。そしてそれは、僕も同じ考えを持っていた。
だからこそ、シュルツさんは僕に助言をしたのだ。何でもかんでもやってみないと何も始まらない、と。
「……いい?」
僕は、再確認する。
僕の行動で不利益を被る可能性だって考えられる。それは僕がやることではなくて、僕以外の誰かになる可能性だって十二分に考えられた。
だからこそ、僕だけの意思でその鍵を開けることは出来ない。
「何言っているんだよ、フル。その鍵は君がもらったものだ。今この状況を打開できるかもしれない唯一の策を、君が持っていた。もちろん、ほんとうに打開できるかどうかは解らないけれど……、それでも、君の考えに僕たちが異を唱えることは出来ないよ」
ルーシーの言葉を聞いて、僕は彼の顔を見上げた。
彼は笑っていた。まったくの屈託の無い、晴れやかな笑顔だった。
「フル、それは私も同じよ。私だって、あなたの意見に賛成」
「私も!」
「……当然、私もですよ。フル」
「みんな……」
僕の意見に、誰一人として反対する人間なんて居なかった。
そして、僕はそのまま持っていた鍵を……ゆっくりと鍵穴に差し込んだ。
◇◇◇
そして視界が。
白で塗りつぶされた。
◇◇◇
目を開けると、そこには何もなかった。
いや、それは間違いかもしれない。正確に言えば、白一色の世界が広がっていた。地平線が溶け込んで、いったい今どちらが上なのだろうか、と解らなくなってしまうほどだった。あいにく重力は通常に働くため、その違和感ののち、上下を判別することが出来たといえる。
振り返ると、メアリーたちが居た。どうやら彼女たちも無事だったとはいえ、この謎の空間に入り込んでしまった様だった。
そして再度前に向く。
そこには何も無かったはずだった。
けれど、確かにそこには小さな円柱が立っていた。
円柱の上には開かれたままで本が置かれていた。
不思議な本で、触ることも躊躇ってしまう程だったけれど、気付けば僕は一歩進んでいた。
『フル・ヤタクミ。その本を手に取りなさい。それにより、あなたはさらに大きな力を身につけるはずです』
「さらに大きな……力?」
「フル、どうしたのさ。独り言なんか言っちゃって」
「うん……、いや、何か頭に直接声が聞こえて……」
「もしかして、ライトが?」
ルーシーは振り返る。
背後に居たライト(普段は力を使いすぎないように姿を隠しているわけだが、今は半透明のような感じになっていて、目を凝らすと見ることが出来る)が首を傾げて、
「いえ、今の私は念話を使っていませんよ。それに今は主人たち以外いません。そのような状況で使うはずが……」
「おかしいな……。でも確かに聞こえたんだよ。この本を読むと力が手に入る、って」
「気のせいじゃないのか?」
「うーん、でも確かに聞こえたんだよなあ……」
声に従うまでもなく、ここまで来ていると僅かではあるもののその本に興味が湧いてきていた。本は読めない言語で書かれていたわけだけれど、それでも興味が消えることは無かった。
そして僕は、その本を手に取った。
同時に、僕はその場にうずくまった。
◇◇◇
「ふ、フル!」
ルーシーはフルの異変に気付いて、彼に近付いた。
うずくまったあとの彼は頭をずっと抑えていた。痛い、痛いと呻き声を上げていた。
それでもなお、片方の手は本を離すことは無かった。
「くそっ、まさかこの本は呪いか何かか! 解ってさえいればフルに持たせることは無かったのに!」
ルーシーはその本を呪いの類が書かれたものだと断定してそれをフルから外そうと試みる。
しかしがっちりと嵌っていて、外せそうには無かった。
「……何で……? 何で、外すことが出来ないんだよ‼︎」
ルーシーはただ、苦しむ彼の姿を見守ることしか出来なかった。
何か鍵を持っていただろうか。そんなことを考えながら、ふと思い出したことがあった。
「フル、その首飾り……」
どうやらメアリーもそれを思い出していたようだった。
まだ僕たちがラドーム学院に居たころ、トライヤムチェン族の長老からもらった小さな鍵があった。いつか使う時がやってくるはずだから、大事に取っておくこと。そんなことを言われたので、絶対に失くさないように首飾りにしていたのだった。
「もしかして……トライヤムチェン族の長老はこうなることを知っていた、ということ?」
「それは解らないよ、ルーシー。けれど、僕たちが持っている鍵はそれだけだ。そうだろう? だからまずは、やってみないと解らない。ほんとうにこれがその鍵穴に差すべきものであるのか、ということについて」
「……どういうことか解らないが、気になっているのならば試してみたほうがいいのではないか?」
シュルツさんの言葉に僕は頷く。
そしてさらに話は続いた。
「失敗してもいい。転げ落ちてもいい。けれど、何もやらないのは何もならない。それは私にも言える話ではあるけれど……、いや、そんなことはどうでも良かったね。とにかく、まずはやってみないと、何も始まらないよ」
「そう……ですね」
結局、何かアクションを起こさない限り、何も始まることは無い。その結果が良い方向に進むか悪い方向に進むかは、今考える話ではないということだ。
確かにそうかもしれない。
だからこそ、僕もまた悩んでいた。
殆どの人間は結果を仮定してから行動に移す。そしてそれは、僕も同じ考えを持っていた。
だからこそ、シュルツさんは僕に助言をしたのだ。何でもかんでもやってみないと何も始まらない、と。
「……いい?」
僕は、再確認する。
僕の行動で不利益を被る可能性だって考えられる。それは僕がやることではなくて、僕以外の誰かになる可能性だって十二分に考えられた。
だからこそ、僕だけの意思でその鍵を開けることは出来ない。
「何言っているんだよ、フル。その鍵は君がもらったものだ。今この状況を打開できるかもしれない唯一の策を、君が持っていた。もちろん、ほんとうに打開できるかどうかは解らないけれど……、それでも、君の考えに僕たちが異を唱えることは出来ないよ」
ルーシーの言葉を聞いて、僕は彼の顔を見上げた。
彼は笑っていた。まったくの屈託の無い、晴れやかな笑顔だった。
「フル、それは私も同じよ。私だって、あなたの意見に賛成」
「私も!」
「……当然、私もですよ。フル」
「みんな……」
僕の意見に、誰一人として反対する人間なんて居なかった。
そして、僕はそのまま持っていた鍵を……ゆっくりと鍵穴に差し込んだ。
◇◇◇
そして視界が。
白で塗りつぶされた。
◇◇◇
目を開けると、そこには何もなかった。
いや、それは間違いかもしれない。正確に言えば、白一色の世界が広がっていた。地平線が溶け込んで、いったい今どちらが上なのだろうか、と解らなくなってしまうほどだった。あいにく重力は通常に働くため、その違和感ののち、上下を判別することが出来たといえる。
振り返ると、メアリーたちが居た。どうやら彼女たちも無事だったとはいえ、この謎の空間に入り込んでしまった様だった。
そして再度前に向く。
そこには何も無かったはずだった。
けれど、確かにそこには小さな円柱が立っていた。
円柱の上には開かれたままで本が置かれていた。
不思議な本で、触ることも躊躇ってしまう程だったけれど、気付けば僕は一歩進んでいた。
『フル・ヤタクミ。その本を手に取りなさい。それにより、あなたはさらに大きな力を身につけるはずです』
「さらに大きな……力?」
「フル、どうしたのさ。独り言なんか言っちゃって」
「うん……、いや、何か頭に直接声が聞こえて……」
「もしかして、ライトが?」
ルーシーは振り返る。
背後に居たライト(普段は力を使いすぎないように姿を隠しているわけだが、今は半透明のような感じになっていて、目を凝らすと見ることが出来る)が首を傾げて、
「いえ、今の私は念話を使っていませんよ。それに今は主人たち以外いません。そのような状況で使うはずが……」
「おかしいな……。でも確かに聞こえたんだよ。この本を読むと力が手に入る、って」
「気のせいじゃないのか?」
「うーん、でも確かに聞こえたんだよなあ……」
声に従うまでもなく、ここまで来ていると僅かではあるもののその本に興味が湧いてきていた。本は読めない言語で書かれていたわけだけれど、それでも興味が消えることは無かった。
そして僕は、その本を手に取った。
同時に、僕はその場にうずくまった。
◇◇◇
「ふ、フル!」
ルーシーはフルの異変に気付いて、彼に近付いた。
うずくまったあとの彼は頭をずっと抑えていた。痛い、痛いと呻き声を上げていた。
それでもなお、片方の手は本を離すことは無かった。
「くそっ、まさかこの本は呪いか何かか! 解ってさえいればフルに持たせることは無かったのに!」
ルーシーはその本を呪いの類が書かれたものだと断定してそれをフルから外そうと試みる。
しかしがっちりと嵌っていて、外せそうには無かった。
「……何で……? 何で、外すことが出来ないんだよ‼︎」
ルーシーはただ、苦しむ彼の姿を見守ることしか出来なかった。
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