異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百十一話 ライトス銀と魔導書⑨

 それってつまり、金の代りに宗教を許容しているということになるのだろうか。政治と宗教がズブズブに嵌っている世界、ということになるのだろうけれど。
 とまあ、そんなことを考えるのは今の時点では時間の無駄だ。とにかく今はやるべきことをやらないといけない。

「ここが入り口になる。本来ならば入ることは出来ないのだが……、私が持っているこのパスを利用することで入ることが許される」

 扉の前に立つ屈強な男にパスを見せるルズナ。
 すると彼の言った通り男は道を開けた。そしてそのまま僕たちは中に入っていく。
 中は詰所のようになっていた。しかしながら誰も居ない。もっと言うならば住んでいるような形跡も見られない。恐らくはかつて採掘をしていた頃はここで多くの人が寝泊まりをしていたのだろう。ただ今は人が居たという形跡を残すのみとなっているのだが。

「ここから先は私はついていくことは出来ない」

 その言葉を聞いて、僕たちは一斉に振り返った。

「言ったはずだろう? 私は道案内しかすることが出来ない、と。そして今、私の役目は終わったということだよ。地図は渡しただろう? その通りに進めば辿り着く。それからどうなるのかは……残念ながら誰にも解らない」

 それってつまり僕たちに投げっぱなしにする、ということじゃないか。ちょっとした打ち切り漫画よりひどいぞそれ。
 まあ、僕たちにそれを否定する権利なんてないのかもしれないけれど。
 はてさて。
 僕たちは今ライトス山の坑道を歩いている。坑道は最近人が使っていないから荒れ果てているかもしれない、と言っていたルズナの予想を大きく裏切る形となっていた。
 一言で言えば、整備された坑道だった、ということ。
 しかしながら、それは僕たちにとってラッキーだった。別にマゾ体質なんて無いし。

「……あ! もしかして、あれがその……」

 ルーシーが指さした、その先には大きな石があった。それも他の壁はどこか灰色みたくなっているのにその石は何も混ざっていない、真っ白だった。

「確かに、他のものと比べれば『異質』よねえ……」
 メアリーはペタペタとそれを触りながら言う。対して僕と言ったら、ただそれが気になってはいたけれど、実際に手出しすることは出来なかった。
 どこか違和感があったんだと思う。ただ、見知らぬものを毒などのステータス異常に陥る可能性があるものだと勝手に割り振っていただけだったのかもしれない。
 まあ、それは僕の勝手な推測だったわけだけれど。

『フル・ヤタクミ……、聞こえますか……』

 声が聞こえたのは、ちょうどその時だった。ルーシーやメアリーの表情を見てみたが特に変わった様子は見られない。つまり、これは僕にしか聞こえない声……ということになる。

『フル・ヤタクミ。あなたはその石が気になっているのでしょう。……前に進むならば、その石に触れなさい』
「石に……触る?」
「ほら、フル。調査していないのは君だけだぞ。見た目であーだこーだと議論を重ねたいのも解るし、それも立派な思考の一つだ。だが、実際に触ってみることで何か違った考えが見えてくるかもしれないだろ?」

 ルーシーの言葉と、僕の言葉はちょうど同じタイミングで発せられた。同じ波長が打ち消しあうだとか、その流れは理解出来ないけれど、それでも同時に話してしまったため、お互いに話を聞いていなかった。

「……いま、フル、何か言った? もし案があるなら先に言っていいよ」
「なんでも無いよ。ルーシーこそ、何を言ったんだ? もし現状を打開できる方法があるというのならば教えて欲しいかな」
「……解ったよ、フル。このままじゃ話が進まない。だからまずは僕が話すことにしよう。君はさっきから色々と見つめながら色々と考えているわけだけれど、それよりも実際に触ってみた方がいいのではないかな、と思ったまでだ」
「うん、成る程ね。……偶然かもしれないけれど、僕もそう思っていたよ。メタモルフォーズや、そうじゃなくても何かの生き物の可能性をどうしても捨て切れなかったから、無防備に近付くことが出来なかった」
「それなら大丈夫だよ。メアリーに、僕、それにレイナも触っているんだ。そしてその三人が危機感を抱いていない。いや、全く訳が解らないという意味では危機感を抱くべきなのだろうけれど……。いずれにせよ、安全は確保されている。だから、何の問題も無いよ」

 ルーシーの言葉を聞いて、僕は少しだけ安心することが出来た。
 そして僕はその石の前に近付いて……その石に触れた。
 石がほのかに光り出したのは、ちょうどその時だった。
 まるで主人を待ち焦がれていたかのように。
 まるで認証が一致したかのように。
 そして光は止まらない。そのまま石はゆっくりと窪んでいく。その形は紛れもなく何かを差せるような穴だった。それはまるで、

「……鍵穴?」

 メアリーが一つの解答を示した。
 そしてその解答は、少なくとも僕たちの中では共通認識として存在していたのか、ゆっくりと僕たちは頷いた。

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