異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第百三話 ライトス銀と魔導書①

 レガドール。
 南国=温暖な気候、という安易な方程式はどうやらこの世界にも成り立つものらしい。
 ちなみに今は長袖の服を身に着けているため、とても暑い。とはいえ、これを脱いでしまうと肌着しか残らないため、そう簡単に脱ぐことは出来ない。男だけなら何とかなるかもしれないけれど。
 レガドールの港町、ラムガスには港町らしい喧騒に包まれていた。気温は暑いため、どちらかというと半袖の人間が多いわけだけれど。

「……それにしても」

 港町はどの国に行っても活性だ。活気があふれている、という意味になるけれど、それにしてもほんとうに人が多い。美味しい海産物やそれらを焼いた良い香りが町の中を満たしているが、そんなことよりも探さないといけないものがある。

「それにしても……、リュージュが言ったレガドールへ来い、とはどういう意味があったんだ?」

 ルーシーが少し声のトーンを落としつつ、僕に言った。

「……どうだろうね。もしかしたらどこかで監視をしているかもしれない。僕たちを貶める、そのタイミングを窺っている可能性も……」

 あくまでも、想定だけれど。少しでもそう考えて緊張の糸を張り詰めておくことは悪いことではない。
 だからと言って、あまり周囲をきょろきょろと見渡しているようでは、現地の人々に疑われかねない。

「おっ、そこの姉ちゃん! ちょっとどうだい、どうなんだい」
「……私のこと?」

 商人の言葉を聞いて、メアリーが立ち止まる。
 商人は云々と頷いたのち、

「ラムガスは海産物も、そりゃあ有名だよ。だって、港町だからな。しかしながら、そのほかにもまだまだあるよ。いろいろとね。それがこれ!」

 そう言って看板を指さす商人。
 そこにはこう書かれていた。

「塩……マッサージ?」
「そう。塩マッサージ」

 聞いたことはある。塩を擦り込んでするマッサージらしい。それだけ聞けば、名前の通りではあるけれど、効能は定かではない。一体全体、それがどういう意味をするのか解らないし。

「……もしかして、俺がやると思っているかい? だとすればそいつは間違いだ。きちんと若い姉ちゃんがやってくれるよ。安心してくれ、ほら」

 ちょうど同じタイミングで、奥にある家の入口にかけられた暖簾が手で上にあげられ、中にいる女性が柔和な笑みを浮かべた。
 それならば未だいいのかな。というか、セクハラってやっぱりこの世界の常識にもあるのだろうか?

「うーん、フル。ちょっと気になるし、やってきてもいい?」

 メアリーもメアリーでどうやらやる気になっているようだ。別にそれはそれで構わないけれど、危機感は無いのだろうか。
 リュージュがレガドールへ来い、といった。それは即ち、彼女の監視下に置かれている可能性があるということだ。
 けれども、それが一般市民まで浸透しているとは考えにくい。それに、何かあればすぐ対処出来るだろう。そうおもって、僕はそれを了承した。
 奥の家に入っていくメアリー。商人にお金を支払う。

「なあ。フル。ほんとうに大丈夫か?」

 言ったのはレイナだった。ほんとうはレイナにも受けてほしかったが、「そんな気分じゃない」と一刀両断されてしまったから、無理をさせるわけにもいかない。

「別に大丈夫だと思うよ。確かにリュージュの監視下に置かれている可能性は否めない。けれど、そうだとして、ずっとビクビクしているわけにもいかない。それこそ敵の思う壺だ。だからこそ、今回のように普通に過ごすことが――」
「きゃあああああ!」

 僕の言葉に割り込むようにメアリーの悲鳴が聞こえたのは、ちょうどその時だった。

「嘘だろ!」
「ほら、言わんこっちゃない!」

 ルーシーとレイナが大急ぎで家の中へと入りこむ。
 しかしながら、既にその姿はなかった。

「ルーシー、レイナ! 上だ!」

 しかし、僕は既にその敵の姿を捉えていた。
 家の屋上に立つ、黒い服装の人間。――いや、正確に言えばこげ茶色、といったほうがいいかもしれない。口元まで隠すようになっているその装束は忍びのようなイメージすら与えている。
 その人間は、メアリーを抱え込んでいた。メアリーは何の反応も見られない。口元は布で縛られていて、気を失っているらしい。

「メアリーをどうするつもりだ!」

 僕の言葉に、その人間は答えない。
 ただ、僕たちをじっと一瞥すると、屋上から降りて走っていった。

「おい、どういうことだよ、これは!!」

 レイナは店主と思われる商人の襟を掴んで、抗議している。
 しかしながら、今はそんな時間はない。

「レイナ! 今はそんなことをしている暇なんてない! メアリーを……メアリーを、助けないと!」

 その言葉を聞いてレイナは舌打ちをし、商人から手を放した。
 そして、メアリーを浚った謎の人間の後を追うのだった。

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