異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第九十四話 食の都と海の荒くれもの⑫
「……それを聞いて、少しだけ安心した」
僕はそう言って、タイソン・アルバが持っていた知恵の木の実を受け取った。
「おい、フル。……いいのか、そいつを受け取って?」
「ああ。別に何の問題もない。……この世界を救うためにも、僕たちはこれを使うべきだ。そうじゃないと、この知恵の木の実に蓄えられてしまった命が無駄になってしまう」
「そう言ってくれて、とても嬉しいよ」
タイソン・アルバはポケットに入っていたコンパスを差し出した。
「……これは?」
「これは不思議なコンパスでね。探し物を見つけることが出来る。普通のコンパスは向いた方角を指すだろう? だが、これは違う。探したいものを、その思いを込めることでコンパスが方角を指すということだ。これも君に差し上げよう。……恐らく、何か探し物をしているのだろう?」
「なぜ、それを……」
「まあ、色々と解るということだよ」
タイソン・アルバはただそれしか言わず、踵を返した。
「……これから、どうするつもりだ?」
「これから、か。まあ、簡単なことだ。私たちにはもう居場所はない。ただ海を彷徨うだけだよ。港に到着して、食料を調達して、……一応海賊行為はしていない。そんなことをしてしまえば返り討ちにあうのがオチだ。だから我々は平和な行動しかしていない。これがいつまで続くかは解らないがね」
◇◇◇
僕たちは、タイソン・アルバとの船と別れた。
徐々に、タイソン・アルバの船が小さくなっていく。乗組員の人たちも、どんどん小さくなっていった。どうやら彼の言った通り、ほんとうに優しい人ばかりなのかもしれない。
「なあ、フル。ほんとうにこれを受け取って良かったのか?」
ルーシーは僕が持っている知恵の木の実を指さして、言った。
「まだ言っているのか、ルーシー? 別に僕は問題ないと思うよ。いや、正確に言えば問題ないわけじゃないけれど、このまま後ろ向きに物事を考えていちゃダメってこと。前向きに考えないと。僕たちはこの世界を、救わないといけないのだから」
「そう……かもな」
ルーシーはあっさりと納得してくれた。
「ところで、メアリーはどこへ向かったのかしら?」
レイナは僕の目の前にあったコンパスを覗き見る。
タイソン・アルバからもらったもう一つの品。金色に輝くコンパス。普通に考えると富豪が持つ嗜好品のように見えるが、彼曰く、探し物を見つけるためのコンパスなのだという。
だから、僕はその言葉を信じて、メアリーを探した。
するとそのコンパスは北西の方角を指した。
「……北西だ」
「北西。オーケイ、それじゃ向かおうじゃないか。メアリーを助けに!」
そうしてルーシーは舵を取ると、船を北西へ向けていくのだった。
チャール島が――僕たちの視界がそれを捉えるまで、そう時間はかからなかった。
◇◇◇
「良かったのですか」
「何がだね」
そのころ、タイソン・アルバの海賊船では、部下の一人とタイソン・アルバが話をしていた。
タイソン・アルバは部下の言葉を背中で受けて、踵を返した。
「予言の勇者に最後の一つを差し出して。確かにあれが一つあればリュージュを油断させることも出来ましょう。しかし、あれは我々の切り札だったはず。それを差し出すことで、我々には打つ手なしということになってしまいます。もしこの状況でリュージュの手先がやってくるようだったら……」
「それは、その時に考えるしかあるまい。神が我々の生きる時間がそこまでと定めたならば、それに従うまで、だ」
「しかし……!」
焦る部下を他所に、タイソン・アルバはその言葉を手で制した。
「積もる話もあるが、一先ずここまでとしよう。……なぜなら、」
彼の背後には、一人の少年が立っていた。
燃えるような赤い髪に、赤いシャツ。そしてその赤を引き立てるような白い肌。
バルト・イルファが、タイソン・アルバの背後に立っていた。
それを確認するように背後を見つめて、タイソン・アルバは言った。
「――上客がやってきたようだからな」
踵を返し、タイソン・アルバはバルト・イルファと対面する。
バルト・イルファは笑みを浮かべて、両手を広げた。まるで、自分には戦う意思が無いということを見せつけるかのように。
バルト・イルファは一歩近づき、
「お久しぶりです、タイソンさん。どれくらいぶりでしょうね? あなたが僕の調整役から離れて……ということになるので、もう五年近くになりますか? まさか、このような形で再会することになるとは……。いやはや。運命とは皮肉なものですね」
「バルト・イルファ……。私もまさか、このような状況で再会することになるとは、思いもしなかったよ。それに、これほどまでに時間がかかったのは、ただ手古摺っただけでは無いのだろう? 例えば、そう……。予言の勇者と私を邂逅させるために、それまで待機していた、とか」
それを聞いてバルト・イルファは目をぴくりと痙攣させた。
「……解っていましたか。さすがは、リュージュ様がお目を掛けていただけはある」
「舐めるなよ、メタモルフォーズと人間の合成獣が。私はお前をそのような戦闘兵器にするために開発したわけではないのだ。人間の進化の可能性に賭けていた……ただ、人間の進化、そのためだけに……!」
僕はそう言って、タイソン・アルバが持っていた知恵の木の実を受け取った。
「おい、フル。……いいのか、そいつを受け取って?」
「ああ。別に何の問題もない。……この世界を救うためにも、僕たちはこれを使うべきだ。そうじゃないと、この知恵の木の実に蓄えられてしまった命が無駄になってしまう」
「そう言ってくれて、とても嬉しいよ」
タイソン・アルバはポケットに入っていたコンパスを差し出した。
「……これは?」
「これは不思議なコンパスでね。探し物を見つけることが出来る。普通のコンパスは向いた方角を指すだろう? だが、これは違う。探したいものを、その思いを込めることでコンパスが方角を指すということだ。これも君に差し上げよう。……恐らく、何か探し物をしているのだろう?」
「なぜ、それを……」
「まあ、色々と解るということだよ」
タイソン・アルバはただそれしか言わず、踵を返した。
「……これから、どうするつもりだ?」
「これから、か。まあ、簡単なことだ。私たちにはもう居場所はない。ただ海を彷徨うだけだよ。港に到着して、食料を調達して、……一応海賊行為はしていない。そんなことをしてしまえば返り討ちにあうのがオチだ。だから我々は平和な行動しかしていない。これがいつまで続くかは解らないがね」
◇◇◇
僕たちは、タイソン・アルバとの船と別れた。
徐々に、タイソン・アルバの船が小さくなっていく。乗組員の人たちも、どんどん小さくなっていった。どうやら彼の言った通り、ほんとうに優しい人ばかりなのかもしれない。
「なあ、フル。ほんとうにこれを受け取って良かったのか?」
ルーシーは僕が持っている知恵の木の実を指さして、言った。
「まだ言っているのか、ルーシー? 別に僕は問題ないと思うよ。いや、正確に言えば問題ないわけじゃないけれど、このまま後ろ向きに物事を考えていちゃダメってこと。前向きに考えないと。僕たちはこの世界を、救わないといけないのだから」
「そう……かもな」
ルーシーはあっさりと納得してくれた。
「ところで、メアリーはどこへ向かったのかしら?」
レイナは僕の目の前にあったコンパスを覗き見る。
タイソン・アルバからもらったもう一つの品。金色に輝くコンパス。普通に考えると富豪が持つ嗜好品のように見えるが、彼曰く、探し物を見つけるためのコンパスなのだという。
だから、僕はその言葉を信じて、メアリーを探した。
するとそのコンパスは北西の方角を指した。
「……北西だ」
「北西。オーケイ、それじゃ向かおうじゃないか。メアリーを助けに!」
そうしてルーシーは舵を取ると、船を北西へ向けていくのだった。
チャール島が――僕たちの視界がそれを捉えるまで、そう時間はかからなかった。
◇◇◇
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「何がだね」
そのころ、タイソン・アルバの海賊船では、部下の一人とタイソン・アルバが話をしていた。
タイソン・アルバは部下の言葉を背中で受けて、踵を返した。
「予言の勇者に最後の一つを差し出して。確かにあれが一つあればリュージュを油断させることも出来ましょう。しかし、あれは我々の切り札だったはず。それを差し出すことで、我々には打つ手なしということになってしまいます。もしこの状況でリュージュの手先がやってくるようだったら……」
「それは、その時に考えるしかあるまい。神が我々の生きる時間がそこまでと定めたならば、それに従うまで、だ」
「しかし……!」
焦る部下を他所に、タイソン・アルバはその言葉を手で制した。
「積もる話もあるが、一先ずここまでとしよう。……なぜなら、」
彼の背後には、一人の少年が立っていた。
燃えるような赤い髪に、赤いシャツ。そしてその赤を引き立てるような白い肌。
バルト・イルファが、タイソン・アルバの背後に立っていた。
それを確認するように背後を見つめて、タイソン・アルバは言った。
「――上客がやってきたようだからな」
踵を返し、タイソン・アルバはバルト・イルファと対面する。
バルト・イルファは笑みを浮かべて、両手を広げた。まるで、自分には戦う意思が無いということを見せつけるかのように。
バルト・イルファは一歩近づき、
「お久しぶりです、タイソンさん。どれくらいぶりでしょうね? あなたが僕の調整役から離れて……ということになるので、もう五年近くになりますか? まさか、このような形で再会することになるとは……。いやはや。運命とは皮肉なものですね」
「バルト・イルファ……。私もまさか、このような状況で再会することになるとは、思いもしなかったよ。それに、これほどまでに時間がかかったのは、ただ手古摺っただけでは無いのだろう? 例えば、そう……。予言の勇者と私を邂逅させるために、それまで待機していた、とか」
それを聞いてバルト・イルファは目をぴくりと痙攣させた。
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