異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第九十話 食の都と海の荒くれもの⑧

 海原を甲板から見つめていた。
 この世界の海を見たのは、実に二回目になる。一回目は自分たちの船では無かったが、今回は自分たちの船。一回目と比べると少々余裕が生まれている感じになる。正確に言えば、今回の船だって自分自身で手に入れたものではなくリュージュの温情によって手に入れたものになるのだけれど。

「……どこへ向かうつもりだい?」

 同じく甲板に立っていたルーシーが僕にそう問いかける。

「先ずはチャール島へ向かおうと思う。タイソン・アルバの足取りがはっきりとしないわけだし……、この広い海を闇雲に探すよりかはそちらのほうがいいんじゃないかな」
「確かにそうかもしれない。けれど、タイソン・アルバの話は無下にしても別に問題ないような気がするけれど……」

 それを聞いて、僕は思わず振り返る。
 約束を反故にするなんて、ルーシーらしくない発言だ。いったいどういう風の吹き回しなのだろうか?
 ルーシーの話は続く。

「確かに人と交わした約束は守るべきだ。それに約束を交わした相手が国の王ならば、猶更ね。けれど、それ以上にやらないといけないことがあると思うんだよ。そうは思わないか? まあ、君は予言の勇者として世界を救うという目的があるから、小さいサブミッションをこなすことも大事なのかもしれないけれど……」
「それはそうだよ。やっぱり、世界を救うことは大事だ」

 そうは言ってみたものの、やっぱり世界を救う――その大まかな流れはどうすればいいかはっきりとしていなかった。だってそもそも世界が壊れるような大きな問題に発展していないのだから。
 そもそもこの世界はほんとうに壊れていくものなのだろうか。実際、メタモルフォーズによって徐々に世界が蝕まれていくのは解る。けれど、僕たちが旅をするほど重要なことなのだろうか、と考えると答えは出てこない。

「……世界を救うこと、か。フルは強いんだな。俺には全然出来ないよ、そんなこと」
「僕は――」

 強くない、と言いたかった。
 けれど、それは出来なかった。
 ルーシーの期待を、裏切ることになってしまうと思ったから。
 ルーシーに申し訳ない気持ちになってしまうから。

「おい、二人とも。そんなところで話している場合じゃないぞ!」

 レイナの言葉を聞いて、僕たちは踵を返した。
 そこに立っていたレイナは真っ直ぐと海の向こうを指さしていた。正確に言えば僕たちの船の進行方向でもあったわけだが。

「何が向かっている……?」
「マストに上って確認してみたけれど、あれはどうやら海賊船みたいだ! ……急がないと、このままだとぶつかってしまう!」
「ぶつかる……だって?! 相手は認識している、だろうな。だから、避けることは難しい……。となると、後、残された選択肢は」

 戦うか、逃げるか。
 そのいずれかしか残されていない、ということになる。
 ともなれば、どうすればいいか。

「フル」

 ルーシーが、僕の隣に立って、言った。

「……こういうとき、メアリーなら何て言うと思う?」

 それを聞いて僕は頷いた。

「……きっと、メアリーならこう言っていただろうな。『戦おう』って」

 剣を構えて、海賊船を見つめる。
 それを見ていたレイナとシュルツさんは小さく溜息を吐いて、

「仕方ないわね……。私たちも準備することにしますか」
「戦いはあまり好きじゃないのだけれど……。まあ、仕方ないよね。避けられないというのであれば、猶更だ」

 そうして僕たちは、それぞれの武器を構えて――海賊船を見据えた。



 海賊船が僕たちの船にぴたりと並ぶように停止したと同時に、僕たちの船も停止した。
 そして、僕たちは海賊船の甲板に居る戦闘員たちをまじまじと見つめる。

「……人、多くない?」

 ルーシーの抱いた第一印象――それは人の多さだった。
 海賊船の人員がどれくらいかははっきりしていなかったとはいえ、四人で捌ききれる量だと勝手に思い込んでいた。
 しかし、海賊船の乗組員は少なくとも五十人は居るだろう。その全員がサーベルを片手にこちらの船を見つめていた。

「人が多すぎ……。あーっ、でも、やるっきゃない!!」

 レイナが覚悟を決めて、乗り込んでくるであろう戦闘員を待ち構えた、ちょうどその時だった。
 先頭に立っていた赤いマントの男が右手を掲げた。
 海賊が被るような黒い帽子を被っていた男は、おそらく船長だろう。赤いマントの下には黒い白衣――言葉が矛盾しているようだが、正確に言えば研究者が着用するような白衣だ――を身に着けていた。
 男は言った。

「一言だけ言っておこう。我々は戦闘をする気はない。……そちらの船の面々とお話しがしたいだけだ。君たちは、おそらく私の名前を知っているだろう?」

 そう言ってニヒルな笑みを浮かべる。
 そして、僕はその顔を見て――失礼なことにその男を指さし、こう言った。

「お前は……まさか、タイソン・アルバ……!」

 そう。
 そこに立っていたのは、リュージュから捜索を依頼された、行方不明の科学者――タイソン・アルバだった。

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