異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第八十八話 食の都と海の荒くれもの⑥

 王の部屋。
 ……その単語を聞いてどういうイメージを思い浮かべることが出来るだろうか。
 正確に言えば、その部屋は王といろんな人間が出会うことの出来る部屋ではなく、王のプライベートの部屋ということになる。だから、そこに入ることが出来る人間は数少ない。
 改めて、王の部屋について質問しよう。
 その単語を聞いて、どのようなイメージを抱くだろうか?
 王の部屋はプライベートな空間だ。だから簡単にほかの人が入ることは許されない。だから、正確に言えば、王が認めた人間しか入ることを許されない。それ以外の人間が勝手に入ってしまっては、賊か何かと疑われてしまう可能性もある。
 王の部屋に一人の男が跪いていた。
 バルト・イルファ。
 炎属性の魔術を得意とする魔術師。それがいま王の前で敬意を表している。

「……予言の勇者がやってきたわ。やはり実物は違うわね。ずっと透視魔法を通して見つめていたからかしら。心なしかもっと溢れるオーラが違う。はっきり言って、あのまま放っておいてはマズイわね。非常にマズイ」
「では、どうするつもりでしょうか? 僕とロマはあなた様の命令でいつでも動く準備が出来ていますが」
「予言の勇者についていきなさい。もちろん、気づかれない程度のスニーキングでね」
「……言われている意味が解りませんが?」
「タイソン・アルバは、私が今もっと必要としている人物。当然よね。知恵の木の実を抽出する装置を開発するのだから。けれど、彼を探すのも予言の勇者に手伝ってもらおうって話。もしも、彼らがそのままタイソン・アルバを捕まえてそのまま連れてきてくれればいいのだけれど、連れてこなかったら……」
「僕が確保してこい、ということだね?」
「その通り。だからこそ、あなたには頑張ってもらいたい。その意味が解るわね、バルト・イルファ。あなたに今から任務を与えるわ、今からタイソン・アルバを探して、先ずはあの研究を再開するか否か聞くこと。そうしてその解答によっては……」
「燃やしてしまって構わない、と?」
「ええ。もし帰らないというのであれば、非常に残念ではありますが……彼は必要ありません。さっさと殺してしまいなさい。私たちの目的と、彼の研究が外部に漏れないためにも」
「了解。それじゃ、僕も明日から本格的に行動する、ということでいいのかな? 予言の勇者一行はさすがに深夜に外出することはしないでしょ」
「当然。それくらいはしてもらわないとね。それに、仮に深夜に外出するようだったら兵士に理由を聞いてあまり深夜外出するメリットが無さそうなら朝に外出するように促すよう言っているからそれについては問題ないでしょう。……予言の勇者が人の言葉を単純に無視するような大馬鹿者じゃなければ、の話だけれど」
「……それについては問題ないでしょう。何回か予言の勇者と邂逅したことがありますが、どれも人の話に噛みついてきたことばかり。それがヤバイ状況であるにも関わらず、です。売り喧嘩に買い喧嘩とはよくいいますが、それを地で行く感じですよ。だから、彼は周りの仲間が止めなければどんどん自分が良いと思った方向にしか進まない。……あれはそう遠くないうちに自滅するタイプですよ」
「……随分と、予言の勇者のことを調査したのね」
「それは、もう」

 バルト・イルファは立ち上がり、踵を返す。

「それでは、僕はこれで。眠って準備をしておかないと」
「眠る……。ああ、そうだった。あなたは眠らないといけないのよね。別に身体の仕組みとしてはしなくても問題ないのだけれど、それをしないと気分的に」
「そうですね、まあ、人間時代からの残った忌まわしき風習じゃないですか? 今の身体ではそんなことする必要はないって言いますけれど、何か寝ないとはっきりしないというか。気持ちがリセットしない、とでもいえばいいのでしょうかね?」
「人間はそういう無駄な構造が多いからね。ま、私もそういう人間の一人ではあるけれど」

 そう言ってリュージュは立ち上がると、バルト・イルファの顔を見つめる。
 バルト・イルファはなぜ自分が顔を見つめられているのかわからず、首を傾げる。

「……あの、何かありましたか?」
「いいや、何でもない。とにかく、明日からタイソン・アルバを追いかけること。いいわね?」

 はい、と言ってバルト・イルファは部屋を出て行った。
 部屋に残されたリュージュは枕元のランプを消してベッドに横になる。
 天井を見つめながら、彼女は呟いた。

「……人間の機能がメタモルフォーズに受け継がれている。それは、彼とロマだけ。そもそも彼らの素体は人間だ。人間ベースで生まれたメタモルフォーズだから、人間の仕組みがそのまま残ってしまった、ということなのかしら……?」

 メタモルフォーズベースで人間のDNAを組み込んだところでそのようにはならない。
 元々の形が人間であるからこそ、バルト・イルファとロマ・イルファは人間の形で行動出来るのである。

「まあ、小難しい話はあとで適当に科学者に話しておけばいい。あいつらは適当に科学の話をすれば平気で食いついてくるからな……」

 科学者に任せてしまえばいい。
 問題は一つ。
 彼女にとっての問題は、現状一つしかなかった。

「予言の勇者の脅威がどこまで広がるか……」

 予言の勇者は仲間を集めて、これからどんどんその勢力を増していく。
 それがいずれ、彼女の計画に立ち塞がるようになったとしたら?
 そして、バルト・イルファ等彼女の戦力を削ぐような戦力をあちらも保持するようになっていたら?

「そしたら、かなり厄介よね……。確かに私の目的には、あの予言の勇者が必要。だからそのためにも、彼らをあの場所に連れて行かねばならない……。いたって、いたって自然な形で」

 ならばどうすればいいのか。
 一体全体、どのように行動を誘導していけばいいのか。

「一先ず、あのタイソン・アルバを探してから考えるしかないわね。いずれにせよ、こちらもそう簡単に手を出せないし……」




 そうして。
 予言の勇者一行とリュージュ。
 それぞれの夜はそれぞれの思惑や考えを張り巡らせたまま、ゆっくりと過ぎていった。

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