異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第八十三話 食の都と海の荒くれもの①


 竜馬車に乗って数日。
 結局僕たちはあれから商人の人たちに何も言うことなく、エノシアスタを後にした。バルト・イルファの発言を真に受けたわけではないけれど、いずれにせよ、僕たちはその影響を考えなさ過ぎていたことも事実だった。
 予言の勇者という冠は、僕たちの想像以上に、僕たちを苦しめていた。

「……見えてきたぞ」

 シュルツさんがぽつりとそう言った。
 それを聞いて僕は我に返り、窓から外を眺めた。
 荒野の中に突如として現れた青い海と、港町と思われる城壁。そして城壁の中には堅牢な城が建っている。

「あれが、スノーフォグの首都……ヤンバイト」
「そうだ。あれがスノーフォグの首都にして世界有数の港町、ヤンバイトだ。それゆえ、あの町は食の都と呼ばれているよ。世界から様々な食べ物がやってくるからな。そういわれるのは当然といえば当然だろう」
「ヤンバイト……食の都、か。なかなか美味しいものがたくさんあるのかな?」
「そりゃあ、食の都っていうくらいだからたくさんの食べ物があると思うぞ。それに量だけじゃなくて、種類も多いと思う」

 レイナの言葉に僕はそう答えた。
 そうしてそれぞれの思いを抱きながら、僕たちはヤンバイトへと向かうのだった。


 ◇◇◇


 通りを歩くたびに、いろいろな香りが鼻腔を擽る。
 店の前に立っているいろんな人は商品と思われるものを手に持ちながら、それぞれの商品が一番素晴らしいことをアピールしながら、声をかけていた。商品を売ることが商人にとって一番の儲けになるから無理やりでも売ろうと思う気持ちは解らないでもないけれど、あまり押しつけがましいことをしてしまうと、購買意欲を削いでしまうことになる。
 だから、商人は適度なバランスで客寄せを行うことが求められる。まあ、そんなことは消費者には関係ないことだと言ってしまえば、それ以上どうしようもない事実ではあるが。

「……それにしても、ほんとうにすごくたくさんの商品が販売されているね……。食の都、とは言うけれどそれ以上に物が溢れすぎているのかもしれないな」

 僕は冷静にそう分析してみたけれど、

「そうかもしれないけれど、やっぱり物って集まるべくして集まるものだと思うよ。実際に、ヤンバイトの人口は世界で二番目。それに港町として港運が発達しているから……。それだけを考えると、世界のどこよりも物がたくさんやってくるのは頷けるんじゃないかな。まさに、集まるべくして集まった、という感じだよ」

 どうやらルーシーもルーシーで冷静に分析していたようだった。
 それは僕にとっても想定外のことだったけれど、その『想定外』は嬉しい誤算だったといえるので別にどうでもいいことだった。

「それにしても問題は宿、か……。まだ夕方とはいえ、人が多い。ヤンバイトの宿はたとえどれほどグレードが高い場所であっても金さえ払えば満室に一つ空きを作ることだって出来る。……それだけを言うと荒くれものの街に見えるかもしれないけれど、でも実際はそんなことなんてなくて、正確に言うと、金さえあればどうとでもなる。それがこの町の常識とでもいえるだろうね」
「……成る程。金さえあれば、ね……」

 要はまともに行政が動いていない、ということだろう。
 あまりにも人が増えすぎて、それに行政が追い付いていない、ということなのかもしれないが。

「それにしても、人が増えたってことだよな? 人が増えたってことは、やっぱり物も増えるという感じでいいのか?」
「そうだね。人が増えた、ってことだろうね。ここは港湾としても有名だから、ここからハイダルクやレガドールに移動することもできるし。世界中を移動している船だっているからね。だから増減は激しいと思うよ」

 船、か。
 やっぱり船が必要なのかなあ……。また前みたいに定期船を使う手もあるけれど、そうなると定期船がない場所には移動できない、ということになってしまうし。うーん、RPGみたく、特定の場所にワープできる魔法でもあればいいのだけれど。

「やっぱり船かあ……」
「さすがに竜馬車は海を泳げないからねえ」

 シュルツさんはそう言って、空を見つめた。
 もし竜馬車が海を泳げるのならば、それを使って海を泳ぐことも可能かと思っていたのに、さすがにそこまで都合よく物事が進むことは無かったようだった。

「とりあえず、もし船が欲しいと思うのならば船を見に行くのもいいんじゃないかな? 生憎、この街にはドックがあったはずだし……」
「ドック?」
「船を作ったり修理したりする施設のことだよ。船自体どれくらいの値段がするのか解らないけれど、まずは見てみないと何も解らないし」

 確かにそれもそうだった。
 ただ、お金がないこともまたまぎれもない事実だった。
 一先ずドックに行ってみないと何も進まない。そう思った僕はシュルツさんのいうことを信じて、ドックへと向かうのだった。

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