異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第八十二話 決戦、エノシアスタ⑩
「アドハムが死んだか」
リュージュは王の間にて報告を受けていた。
「アドハムは、最後までバルト・イルファに盾突き、反逆する意志が見られたために水死させたとのことです。詳細を確認しますか?」
「いや、いい。別にわざわざ人の死に様なんて確認したくない」
そう言ってリュージュは部下の報告を切り捨てると、窓から外を眺めた。
外は二つの月が見えていた。
「あの二つの月は、今日も我々を見つめている。我々が月を見つめているとき、月もまた我々を見つめている……。ふん、哲学とは難儀なものだ」
リュージュは目を瞑る。
「私はこれから少しの間眠る。絶対にこの部屋に誰も通すなよ」
「はっ」
敬礼をして、部下の男は部屋を立ち去って行った。
◇◇◇
僕たちがバルト・イルファに出会ってから少しして。
漸くその迷宮めいた場所から脱出した直ぐの出来事だった。
メタモルフォーズたちによって、アドハムの居城はいとも簡単に破壊されたのだった。
僕たちが居るにも関わらず、僕たちに攻撃をしてくるメタモルフォーズは一匹たりともいなかった。まるで今回は僕たちがターゲットではないと暗に示しているようだった。
「……メタモルフォーズたちのターゲットは、やはりアドハムだったということか……?」
「それにしても。バルト・イルファの言葉を真剣に受け止めると、これからあの商人たちのボディーガードをしないほうがいいのかもしれないな。もしかしたら、俺たちが原因で狙われる可能性も十分に有り得る」
言ったのはルーシーだった。
そして、その考えは僕も一緒だった。これ以上、他人には迷惑をかけられない。
だから、僕はシュルツさんに言った。
「シュルツさん、大変言い辛いのですが……」
「何を言っているんだ。まさか、こんなところまできて僕と離れるとは言い出さないだろうね?」
「え……?」
「だから、言っているんだ」
シュルツさんは溜息を吐いて、改めて僕たちに言った。
「僕もここまで来たら乗り掛かった舟だよ。僕もメタモルフォーズにはいろいろと未練があるからね……。まあ、はたから見ればただの勘違いと言われるかもしれないけれど、それでも僕にも戦う理由がある。それに、足も必要だろ?」
ちょうどその時だった。
シュルツさんの竜馬車が、僕たちのところにやってきたのは。
「……竜馬車はほかの馬車と違ってスピードが出る。さすがにトラック程のスピードは出ないけれど……。それでも、馬車に比べれば段違いだと思うよ。それに、徒歩でこのスノーフォグを、世界を歩くつもりだとするならば、それは少々無謀なことだと思うな」
やれやれと言った感じでシュルツさんはドラゴンの頭を撫でる。
ドラゴンは頭を撫でられてとても嬉しそうだった。
「……フル。確かにその通りじゃないか?」
ルーシーも賛同していた。
そしてレイナについても――もう表情を見た限りでは、何も言うことは無かった。
僕は頷く。
「シュルツさん、お願いできますか。僕たちのメンバーに」
「ああ、よろしく頼むよ」
こくり、と頷いたシュルツさんを見て、僕は彼に右手を差し出した。
そしてシュルツさんも右手を差し出して、僕たちは固い握手を交わすのだった。
◇◇◇
「これからどうなさるおつもりですか?」
メタモルフォーズの背に乗っていたバルト・イルファは、ロマの言葉を聞いて彼女のほうを向いた。
ロマはバルト・イルファの隣に、彼を見つめるように座っていた。
いつも彼女はこうだった。バルト・イルファとともに行動し、バルト・イルファの選択に追随する。
だから、彼の選択イコールロマの選択ということになる。
「……そうだね。僕としても彼らの行動には目を見張るものがあると思うけれど……、それ以前に僕たちはリュージュ様にお仕えしている身。そうともなれば結論は直ぐに見いだせるものだと思うけれど?」
「お兄様としては追いかけたい、ということでしょうか」
ロマははっきりとそう言った。
「そういうことになるね。興味がわいた、とでも言えばいいかな。ほんとうは任務をきちんとこなさないといけないのだけれど」
「いえ。別にお兄様を悪く言っているつもりはございません。ただ、私はただ、お兄様の考えをお聞きしたかっただけなのです。お兄様がどのような行動をとられるのかが、気になって……」
「まあ、そうだね。僕の考えはつまり、そういうことだよ。今から戻ったとしても、どうせ報告は別の誰かがしているだろうからね。それに、リュージュ様も僕たちの行動を、逐一とは言わずとも監視魔法で確認していることだろうし」
「それでは。やはり、予言の勇者を追いかけることはしない、と」
「出来ないなあ。それはやはりリュージュ様への裏切りになってしまう。それだけは避けておきたい。だって、僕たちはリュージュ様に作られ、リュージュ様のために生きている。そうだろう?」
ロマは頷く。
それが相槌であるのか、肯定であるのかバルト・イルファにはいまいち判別がつかなかった。
「……とにかく、僕は考えをまとめているということだ。いずれにせよ、予言の勇者が次にどういう行動をとるのかはとても気になるけれどね。もし次に行くとすれば……」
そう言って、バルト・イルファは立ち上がり――呟くように続けた。
「東にある港町にして、スノーフォグの首都。ヤンバイトだろうね」
そして、彼らを乗せたメタモルフォーズもまた、東に向かって飛び去っていくのだった。
リュージュは王の間にて報告を受けていた。
「アドハムは、最後までバルト・イルファに盾突き、反逆する意志が見られたために水死させたとのことです。詳細を確認しますか?」
「いや、いい。別にわざわざ人の死に様なんて確認したくない」
そう言ってリュージュは部下の報告を切り捨てると、窓から外を眺めた。
外は二つの月が見えていた。
「あの二つの月は、今日も我々を見つめている。我々が月を見つめているとき、月もまた我々を見つめている……。ふん、哲学とは難儀なものだ」
リュージュは目を瞑る。
「私はこれから少しの間眠る。絶対にこの部屋に誰も通すなよ」
「はっ」
敬礼をして、部下の男は部屋を立ち去って行った。
◇◇◇
僕たちがバルト・イルファに出会ってから少しして。
漸くその迷宮めいた場所から脱出した直ぐの出来事だった。
メタモルフォーズたちによって、アドハムの居城はいとも簡単に破壊されたのだった。
僕たちが居るにも関わらず、僕たちに攻撃をしてくるメタモルフォーズは一匹たりともいなかった。まるで今回は僕たちがターゲットではないと暗に示しているようだった。
「……メタモルフォーズたちのターゲットは、やはりアドハムだったということか……?」
「それにしても。バルト・イルファの言葉を真剣に受け止めると、これからあの商人たちのボディーガードをしないほうがいいのかもしれないな。もしかしたら、俺たちが原因で狙われる可能性も十分に有り得る」
言ったのはルーシーだった。
そして、その考えは僕も一緒だった。これ以上、他人には迷惑をかけられない。
だから、僕はシュルツさんに言った。
「シュルツさん、大変言い辛いのですが……」
「何を言っているんだ。まさか、こんなところまできて僕と離れるとは言い出さないだろうね?」
「え……?」
「だから、言っているんだ」
シュルツさんは溜息を吐いて、改めて僕たちに言った。
「僕もここまで来たら乗り掛かった舟だよ。僕もメタモルフォーズにはいろいろと未練があるからね……。まあ、はたから見ればただの勘違いと言われるかもしれないけれど、それでも僕にも戦う理由がある。それに、足も必要だろ?」
ちょうどその時だった。
シュルツさんの竜馬車が、僕たちのところにやってきたのは。
「……竜馬車はほかの馬車と違ってスピードが出る。さすがにトラック程のスピードは出ないけれど……。それでも、馬車に比べれば段違いだと思うよ。それに、徒歩でこのスノーフォグを、世界を歩くつもりだとするならば、それは少々無謀なことだと思うな」
やれやれと言った感じでシュルツさんはドラゴンの頭を撫でる。
ドラゴンは頭を撫でられてとても嬉しそうだった。
「……フル。確かにその通りじゃないか?」
ルーシーも賛同していた。
そしてレイナについても――もう表情を見た限りでは、何も言うことは無かった。
僕は頷く。
「シュルツさん、お願いできますか。僕たちのメンバーに」
「ああ、よろしく頼むよ」
こくり、と頷いたシュルツさんを見て、僕は彼に右手を差し出した。
そしてシュルツさんも右手を差し出して、僕たちは固い握手を交わすのだった。
◇◇◇
「これからどうなさるおつもりですか?」
メタモルフォーズの背に乗っていたバルト・イルファは、ロマの言葉を聞いて彼女のほうを向いた。
ロマはバルト・イルファの隣に、彼を見つめるように座っていた。
いつも彼女はこうだった。バルト・イルファとともに行動し、バルト・イルファの選択に追随する。
だから、彼の選択イコールロマの選択ということになる。
「……そうだね。僕としても彼らの行動には目を見張るものがあると思うけれど……、それ以前に僕たちはリュージュ様にお仕えしている身。そうともなれば結論は直ぐに見いだせるものだと思うけれど?」
「お兄様としては追いかけたい、ということでしょうか」
ロマははっきりとそう言った。
「そういうことになるね。興味がわいた、とでも言えばいいかな。ほんとうは任務をきちんとこなさないといけないのだけれど」
「いえ。別にお兄様を悪く言っているつもりはございません。ただ、私はただ、お兄様の考えをお聞きしたかっただけなのです。お兄様がどのような行動をとられるのかが、気になって……」
「まあ、そうだね。僕の考えはつまり、そういうことだよ。今から戻ったとしても、どうせ報告は別の誰かがしているだろうからね。それに、リュージュ様も僕たちの行動を、逐一とは言わずとも監視魔法で確認していることだろうし」
「それでは。やはり、予言の勇者を追いかけることはしない、と」
「出来ないなあ。それはやはりリュージュ様への裏切りになってしまう。それだけは避けておきたい。だって、僕たちはリュージュ様に作られ、リュージュ様のために生きている。そうだろう?」
ロマは頷く。
それが相槌であるのか、肯定であるのかバルト・イルファにはいまいち判別がつかなかった。
「……とにかく、僕は考えをまとめているということだ。いずれにせよ、予言の勇者が次にどういう行動をとるのかはとても気になるけれどね。もし次に行くとすれば……」
そう言って、バルト・イルファは立ち上がり――呟くように続けた。
「東にある港町にして、スノーフォグの首都。ヤンバイトだろうね」
そして、彼らを乗せたメタモルフォーズもまた、東に向かって飛び去っていくのだった。
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