異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第八十一話 決戦、エノシアスタ⑨

 目の前に立っていた彼らに炎の魔法が射出されたのはちょうどその時だった。
 兵士は各々悲鳴を上げて自らの顔を手で覆い隠す。それでも炎の勢いが止まることは無い。それぞれは膝から崩れ落ち、それでも炎の勢いはとどまるところを知らない。地面を何とか回転して止めようと試みるがそんなことは不可能だと言ってもいい。

「無理だよ。そんな足掻きをして僕の炎が消えるとでも? 僕の炎魔法は特別だからね。そんな簡単に消えてしまう炎なんて使わないのさ」
「……何と酷いことを」
「だって仕方ないでしょう? 君たちは国を、スノーフォグを裏切った。だから言ったまでの話だ。そして実際行動に移したからわざわざ僕がここまで出てきて粛清しているということ。ただそれだけ」

 確かに。
 言葉を、真実を羅列すればその通りだ。

「だからといって……!」
「アドハム大佐。敬意を表して話をするけれど、あなた、いったい何をしたくて国を裏切ったんですか? 予言の勇者の力を借りたかったから? それとも予言の勇者を活用しようと考えていた国を出し抜きたかったから?」
「……」

 アドハムは答えない。
 それを見たバルト・イルファは笑みを浮かべる。

「答えられない。答えられないでしょうねえ! そんな簡単にボロを出してくれるとはこちらだって思っていませんよ。だってあなたは知略の将軍だ。知略のアドハムともいわれていたくらいですからね。……もっとも、裏では何か隠しているのではないかという噂が出回っていたくらいですが」

 バルト・イルファの話は続く。

「でも、だからといってあなたのことを許すつもりなんて到底ありませんよ。僕にも、そしてスノーフォグ自体にも。そもそもあの国の方針からして裏切り者をそう簡単に許すはずがありません。あっと、それはあなた自身が良く知ることですよね? だって一時期はあなた自身が裏切り者の粛清を行っていたくらいなのですから」
「……だから、何だというのだ……! 貴様、バルト・イルファ、お前は何も感じないのか? 人間を殺すことについて。あれが、リュージュが言っているのは偽りの平和だ。あいつが言っていることを忠実にこなしたとしても、世界に平和は訪れんぞ!」
「だから、」
「は?」
「だから、どうしたというのです?」

 バルト・イルファはにっこりと笑みを浮かべた。
 まるで新しい玩具を与えられた子供のように。
 まるで何も知らない無垢な子供のように。
 アドハムを見下しているその表情を、彼は気に入らなかった。
 彼の足元に静かに倒れこんでいる彼の部下たちのためにも、せめて一矢報いたかった。

「……バルト・イルファ。貴様、こんなことをして……。お前たちの考えは確実に世界を平和にするものではない! むしろその逆だ。世界を滅ぼしかねないことだぞ!」
「僕を説得するつもりですか? いや、この場合は説得ではありませんね。改心、なのかなあ? いずれにせよ、そんな薄っぺらい説得は無意味ですよ。むしろ、そんなことで解決するとでも? あなた、だとすれば勘違いも甚だしい。それに、僕の実力を見縊っていると言ってもいい。……まあ、だからこそ今回の反乱を起こしたのかもしれませんけれど」

 溜息を吐いて、バルト・イルファは言った。
 アドハムは腰につけていた剣に手をかけた。
 それを見て、バルト・イルファは頷く。

「ああ。戦うのですね? だとしたらどうぞ。僕は刃を持たない人間とは戦いたくありません。出来ることなら臨戦態勢をとっている人間と戦いたいですし」

 舐めている。
 バルト・イルファは、戦闘を舐めている。
 アドハムはそう思っていた。だからこそ、彼はバルト・イルファを許せなかった。
 そもそもスノーフォグの軍について、簡単に説明する必要があるだろう。スノーフォグの軍は歩兵が優秀な軍隊として有名だった。ほかの二国が優秀な魔術師で軍隊を率いているのに対し、スノーフォグは未だに非魔術師をトップに置いていた。その時点でほかの国と違っている点と言えるだろう。
 しかし、スノーフォグは優秀な魔術師を持っていないわけではなかった。バルト・イルファがその始まりと言われていた。
 魔術師。それは人工的に作り出すことも出来るし、もともと自然に――正確に言えば、魔術師の家系から――生まれることもある。実際は後者が大半を占めており、その家系は元をただすと神ガラムドの血筋――祈祷師の血筋をひいているといえるだろう。
 そしてバルト・イルファはスノーフォグが秘密裡に作り上げた、世界で最初の人工的に作り上げた魔術師だった。

「……魔術師風情が、軍の、戦いのノウハウも知らないで! ずけずけと戦場に上がり込みおって……。そして、そう見下すと? ふざけるな!」
「別に僕はあなたの人格そのものを否定するつもりはありませんが……正確に言えば、それは僕のせいではありません。時代のせいですよ、アドハム大佐」

 悲しい表情で、バルト・イルファはアドハムを見つめた。

「若者が、魔術師が、何が解るというのだ! そんな解ったような眼で、私を見るなああああああああああああ!!」

 そして。
 剣を抜いたアドハムはバルト・イルファに切りかかった。
 だが。
 彼の剣が、バルト・イルファに届くことは無かった。
 直後、彼の視界は水中に沈んでいったからだった。

「忘れていたかどうか解りませんが」

 左から声が聞こえた。
 そこに立っていたのは白いワンピースの少女――ロマ・イルファだった。
 ロマ・イルファは冷ややかな視線を送りつつも。笑みを浮かべていた。

「……私も戦いの相手として、存在しているのですよ、アドハムさん?」

 そうして、アドハムはそのまま水の檻に閉じ込められ――そのまま意識を失った。

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