異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第五十五話 シュラス錬金術研究所⑧

「……まあ、取り敢えずこれ以上私の手を煩わせるな。いろいろと面倒なことになるのは解っているだろう?」
「お言葉ですが、シュラス博士。彼女はおそらく自らの立ち位置を理解していないものかと思われますが……」
「『十三人の忌み子』の末路である貴様が、何を知っていると?」

 それを聞いて眉を顰めるバルト・イルファ。
 どうやら彼にとってその言葉は耳あたりの良いものではないようだった。

「……所詮、お前も主には逆らえない従順な犬に変わりない。それを理解することだな」

 そう言ってシュラスは立ち去っていく。
 結局あのシュラスという男は何がしたかったのだろうか――私にはさっぱり解らなかったけれど、バルト・イルファはそんな私を無視するようにさらに引っ張り上げていく。

「バルト・イルファ、あなたはいったい私をどこに連れて行こうとしているの?」
「そう焦ることもないだろう? すぐ終わることだ。それに、立場を弁えたほうがいいぞ。君は今、捕虜の立場に居るのだから」
「……貴様がメアリー・ホープキンか。神の子であり、王の器の継承者でもある人間」

 その言葉を聞いて、私は前を向いた。
 そこに立っているのは、麻の服を着た男性だった。頭部がすっぽりと隠れる帽子を被って、暑さを遮っているように見える。

「……私の名前はアドハム。スノーフォグ国軍大佐を務めている。以後、お見知りおきを……。と言っても、貴様はどう足掻いても最終的に私の名前を覚えざるを得なくなるがね」
「スノーフォグの……国軍大佐、ですって? この研究施設は国の施設……!」

 それを聞いたアドハムは何も答えることなく、小さく舌打ちした。

「王の器と相性は、ほんとうにあっているのだろうな?」
「当然でしょう。だって、彼女は王の子ですよ?」
「王の子、とはいっても彼女は情報を何一つ知らないのだろう? はっきり言って、その状態ではただの一般人と変わりないではないか。だったらまずその知識を植え付ける必要があるのでは?」
「器との相性、知識とは関連性はありませんよ。器と相性さえ良ければ問題ありません」

 背後から近づいたのはシュラスではない、また別の研究者だった。

「フランツ……」
「おや、僕のことは呼び捨てか。僕も嫌われたものだね。十三人の忌み子を育てたのは紛れもない僕なのに?」

 溜息を吐いた科学者はまだ若い科学者のようだった。シルバーブロンドのさらりと透き通るような髪をしていた。

「フランツ。君からも何とか言ってくれないかね、この実験結果について」

 そう言ってアドハムはバルト・イルファを指さした。
 バルト・イルファはそれを見てにらみつけるようにアドハムを見たが、アドハムは当然それに屈することなど無かった。

「……さて、フランツ。私は忙しいものでね、さっさとエノシアスタに向かわねばならない。まったく、あの女王にも困ったものだ」
「女王、ですか。……まあ、あの人は我儘ですからね、致し方ありませんよ」
「その発言、女王に聞かれたら貴様とてただでは済まないのではないかね?」
「そうなればきっと『あれ』が許しませんよ」

 そう言って、フランツは背後に浮かんでいる何かを指さした。
 それはメタモルフォーズだった。まだ眠りについているようだったが、先ほど見たそれとはさらにサイズが違う。それに周りにある液体を取り込みながら、若干ジェル状になっているようにも見える。

「……確かに、そうだな。貴様がまだここにいるのもそれが要因だ。せいぜい、やることを果たしてくれ給えよ」

 そう言って、アドハムは部屋から出て行った。

「アドハムはいつもああいう性格で、ほんとうに困ります。まあ、彼がここに居るからこそ、こういう研究が出来るわけですが。それも合法的に」

 そう言ってフランツは溜息を吐くと、改めて私のほうを見つめて、笑みを浮かべた。

「君がメアリー・ホープキンだね? いや、まさかこんなにも早く君に出会えるとは思わなかったけれど、生憎王の器の時間が限られていてね。次の器を用意する必要が出てきたのだよ。申し訳ないねえ、君は冒険をしているようだったけれど、強引にこのような場所に連れてきてしまってね。残念ながら、少しだけお話をさせてもらうよ。なに、そんな難しい話じゃない。ちょっとしたヒヤリングみたいなものだ」

 そう言ってフランツは話を始めた。
 バルト・イルファはさりげなく話が始まるタイミングを見計らって、少しずつ私のそばから姿を消した。


 ◇◇◇


 夜。
 ラルース一のレストランに僕たちとリメリアは居た。六人掛けのテーブルで、片方にリメリアのみが座っており、もう片方に僕たち三人が座っている形になる。ラルース一のレストランとはいえ、銃器の持ち込みを禁止しているわけではない。
 盛り付けられている料理を一言で述べるならば、肉料理が中心となっている。魚、鳥、肉……いろいろな種類の肉を使った料理がテーブルに所狭しに並べられている。
 そしてそれをがっついているリメリアと、ただ茫然と眺めている僕たち。
 光景だけ俯瞰で眺めると、意味が解らない状況であることは間違いないと思う。

「……あら、どうしたの? 別に、奢ってくれとは言ったけれど、全部とまでは言っていないわよ。さすがに食べきれないだろうしね。だから、あなたたちも食べてよ。……まあ、そんな言葉を言える立場でないことは重々承知しているけれどさ」

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