異世界で、英雄譚をはじめましょう。

巫夏希

第二十七話 エルフの隠れ里⑤

 獣はゆっくりと倒れていく。どうやらその一撃が急所――つまるところ、獣の心臓に命中したらしい。ようやく、というところではあるが、何とかといったほうがいいだろう。
 僕とメアリー、ルーシーの三人は必死に力を合わせた。がむしゃらに戦った。そして僕たちは何とか獣を追い詰めることが出来た。
 獣は力を失ったためか、その形を保てなくなっていったのか、身体が砂のような粒状に変わっていく。そしてその粒は風に舞って散っていく。

「やった……!」

 僕は、シルフェの剣を持ったまま小さくつぶやいた。

「はじめて、魔物を……倒したんだ……!」



 再び大樹に向かうと、ミントが僕たちを出迎えてくれた。ちなみに僕たちは戦闘が終わってへとへとになっていたけれど、ミシェラの回復魔法で何とかなった。彼女の回復魔法は一回でかなりのダメージを回復することが出来る。これについてまったく副作用が無い――というのは少々恐ろしいことではあるけれど、あまり考えないほうがいいだろう。

『あなたたちのおかげで、エルフの隠れ里は救われました。エルフもこれから生まれてくることでしょう。ほんとうに……ほんとうにあなたのおかげです』
「あの……差し出がましいようですが、これでエルファスには……?」
『はい。向かうことが出来るでしょう。もとはと言えば、あの獣が居たからこそ、この楽園は破壊されようとしていたのですから。その脅威がなくなった今、我々は再びあの大樹へと向かうことが出来ます』
「それじゃ……」

 カーラさんの言葉に、ミントは微笑んだ。
 もともと、そのためにこの場所にやってきたのだから、当然と言える。あの町にエルフが出現しなくなったから、その原因を突き止めるためにやってきた。そして、その原因は今撃破された。そうすれば、もうあとは……。

「これでようやく、リーガル城へと向かうことが出来る、ということかな?」

 ルーシーの言葉に、僕は頷く。
 随分と時間がかかってしまったけれど、城で待っている人は怒っていないだろうか? そこだけが少々不安なところでもある。大急ぎで向かわないと、悪い印象を与えかねない。

「それじゃ、一先ず町長さんに報告を――」

 そう言って、カーラさんが振り返った――ちょうどその時だった。

「ねえ、あれ……いったい何?」

 はじめにそれに気づいたのはメアリーだった。
 彼女が指さしたその先には、黒煙が空へ伸びていた。
 そしてその方角は紛れもない――エルファスのほうだった。

「エルファスが危ない!」

 カーラさんは大急ぎで馬車に乗り込む。
 僕たちはミントに急いで一礼して、彼女を追うように馬車に乗り込んでいった。
 僕たちが乗り込んだと同時に、馬車は急発進する。この際、乗り心地など二の次。エルファスから延びる黒煙の正体、それを突き止める必要があった。
 そのためにも僕たちは――急いで向かわねばならなかった。




 フルたちの乗り込んだ馬車を見送ったミントは小さく溜息を吐いて、大樹を見た。
 大樹からは白い光の粒が生み出されている。それがエルフであった。
 エルフの隠れ里にはこれからたくさんのエルフが生まれることになる。
 そして、ミントは考えた。
 勇者に与えた三つの武器と、魔法の使い方。
 勇者はこれにより魔法を使うことが出来た。しかし、魔法をつかうこと自体が――ノーバウンドでできるものではない。使うためにはエネルギーが必要であるし、代償も必要だ。
 だが、ミントはそれを知っていて――フルに魔法の加護をした。
 それはガラムドから言われていたこと。
 それはガラムドから命じられていたこと。
 ミントは空に向かって、つぶやく。

「――ガラムド様、あなたは、ほんとうにこれをお望みなのですか……?」

 その小さく儚い声は、当然フルたちに届くことなど無かった。


 ◇◇◇


 エルファスに戻ってくると、それは酷い有様だった。
 最初に到着したときにあった壁は破壊されているし、石造りの区々から火が出ている。道にはたくさんの人の――衣服だけが落ちていた。
 まさに奇妙な有様。
 死体ならまだしも、衣服しかない。

「これはいったい……?」
「予言の勇者サマのお出ましか。意外と早かったね……」

 声を聴いて、僕はそちらのほうを向いた。
 そこに立っていたのは、カーキ色の衣装に身を包んだ女性だった。髪はショートカットで、りりしい顔立ちは女優か何かと言われても信じることが出来るほどのプロポーションだった。
 そして、その右手には町長の姿があった。

「町長!」

 カーラさんは思わず馬車から飛び出そうとした。

「ダメ! 今出ると、敵の思う壺になる!」

 それを制したのはメアリーだった。
 それを聞いて、カーラさんは何とか外に出るのを思いとどまった。

「ボクの名前はラシッド。それにしてもまさか、『番外アウター・ナンバー』に出会えるとは思いもしなかった。……ま、そこまでの排除は求められていないから、別にいいけれど」
「アウター・ナンバー……?」
「十三人の忌み子、という言葉があってね。それに入りきれなかった人のことを言うのだよ。彼女たちはそれから逃げ出した。だから『番号から落とされた』。まあ、その忌み子も、もうイルファ兄妹しか残っていないわけだが」
「何を言っている!」
「君たちにはいずれ、偉大なる歴史の大見出しを観測する、観測者になってもらう。まあ、そう時間は無いからそれを食い止めることはまず無理なのだろうけれど。言っておくけれど、この町の人たちはみんな『溶かした』から。あとはこの町長だけ。けれど、この人は殺さないから安心して。この人にはこの町で起きた惨状を世界に伝えてもらわなくっちゃ! そして、魔法科学組織『シグナル』の名前も、ね」

 そう言ってラシッドは無造作に町長を地面に投げ捨てた。

「町長!」
「ダメ! 今は出てはいけない!」
「ハハハ……。年下に宥められているようでは、感情がうまくコントロール出来ていないね? まあ、別にいいけれど。あーあ、取り敢えずやることは終わったし、ボクはこれで帰るよ」

 そう言ってラシッドはウインクする。

「じゃあねっ!」

 そしてラシッドの身体は――まるで空気に溶け込んだかのように、消えた。

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