異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第八話 不穏な気配②
フルたちが旅立ってすぐ、サリー・クリプトンはある人物に呼び出されて学院の中を歩いていた。
静かな学院を見て、とても不気味に思いながらも、それは彼女にとってどうでもいいことではあった。現在、一学年の全生徒がレキギ島の各地に研修に向かっているためである。だからこそ、今は誰が侵入してきても解りやすい。
そもそも。
このラドーム学院という場所は西と南を断崖絶壁に、北と東を雪山に囲まれている場所に位置している。そもそもどうしてこのような場所に学院が置かれているのかは別にして、ラドーム学院が全寮制となっているのはそれが理由だと言われている。
そのため、ラドーム学院に入るには港町のクルシアート近くから延びる廃坑を通らないといけない。廃坑、と語っているが正確に言えばそれは廃坑ではなくそのように模した洞窟となっている。
ただ単に山道を切り開かなかった理由は、侵入者を防ぐためである。
ラドーム学院は錬金術だけではなく、魔術、化学等様々な分野の学生を育成している。そういうこともあって先生も超一流の魔術師や錬金術師などその分野のエキスパートを揃えている。
当然、そのエキスパートを狙う敵が居てもおかしくない。別に学院はラドーム学院だけではなく、様々な場所に置かれているのだから。
ラドーム学院に入るとスカウトを受けることは禁止されている。理由は『そのようなもので学生への教育が滞ってはならない』という為である。それが原因かどうかは解らないが、ラドーム学院に所属するエキスパートはどれも高給取りであることもまた、事実だ。
閑話休題。
ラドーム学院の通路を抜けて、図書室へと入るサリー。
図書室にあるメタモルフォーズがモチーフになっている石像に触れて、つぶやく。
「サリー・クリプトンです。ただいま到着いたしました」
その言葉を聞くと、石像がそれを合言葉だと認識していたかのように、競り上がっていく。
石像が競り上がると、その中に螺旋階段が出来ていた。
完全に競り上がったのを確認して、螺旋階段を下りていく。暗くなっているので、道中明かりをつけないといけないのだが――そんな必要は無かった。
なぜなら彼女の歩幅に合わせて、ゆっくりと炎がついていくためである。魔術なのか錬金術なのか、それとも別の学問なのか、どういうメカニズムでそれが動いているのか解らないが、とはいえ彼女がわざわざ錬金術で炎をつける必要がない、ということはとても便利なことなのだ。
螺旋階段を下りると、そこには扉があった。木でできた質素な扉だ。しかし彼女はその扉の向こうに何があるかを知っている。誰が待ち構えているかを知っている。だからこそ、これまで以上に緊張していたのだ。
数回ノックをして、彼女は息を吸った。
気持ちを落ち着けて、彼女は言った。
「失礼いたします」
そして、彼女は扉を開けて中に入っていった。
部屋の中は豪華な内装になっていた。壁はすべて赤い煉瓦で構成されており、天井にはシャンデリアがつりさげられている。さらに部屋自体の構造が二階建てとなっており、二階には壁を埋め尽くすほどの本が本棚に敷き詰められていた。
その中心、大きな机に向かって椅子に腰かけている一人の男が居た。
黒い帽子を被った、顎鬚を蓄えた老齢の男性だった。老眼になっているのか、書物を見ているとき用と思われる老眼鏡を装着して、書物を読んでいた。
サリーが入ってきたのを見て、男性は顔をあげてサリーを見る。
「サリー・クリプトンです。ご用件は何でしょうか、校長」
「まあ、そこで立っていないでここまで来なさい。話せる内容も話せないぞ」
そう言われたので、サリーはその通りに従った。
彼こそがラドーム学院の校長であり、設立当時からその職に就任している、ラドーム・イスティリアだった。
ラドームはサリーが机の前に立ったのを確認して、立ち上がる。
「まあ、そこに椅子があるから、適当に使って腰かけなさい。話はそれなりに長くなる。とはいえ急を要する事態になっていることもまた事実。だから君を呼んだのじゃよ。君ならば、何かと役に立つと思っていたのでね」
「そう思っていただけて、とても嬉しいです」
サリーは椅子を取り出して、机から少し位置を離した場所に置いた。
ラドームはそれを確認して、右手を差し出す。座ってもよい、という合図だ。
それを確認したサリーは「失礼します」と言って腰かけた。
「さて、私が君を呼んだことについて説明する前に、一つ聞いておきたいことがある」
「なんでしょうか?」
「君のクラスに……フル・ヤタクミという学生はいるか?」
フル・ヤタクミ。確か居たような気がする。
そう思ってサリーは頷いた。
「居る、か。ならば良い。聞いた話によれば、フルたちのグループはトライヤムチェン族という原住民の儀式を見に行く、だったな?」
「ええ、そうですが……それがどうか致しましたか?」
「実はアルケミークラスには、怪しい動きがあるのだよ……。私も独自に監視の目を広げていたのだが、予想外だった。まさか今回の研修に行く上級生の中にそのような人間がいるとは」
「ちょっと待ってください! それってつまり、反社会的組織に所属している人間が、このラドーム学院に居るということですか……?!」
「だから、それを言っている。一応言っておくが、可能性ではない。これは確定事項だ。すでに証拠も掴んでいる。彼奴……ルイス・ディスコードは人間ではない。彼奴は合成獣だ。ASLにより開発された、『十三人の忌み子』の一人だよ」
十三人の忌み子。
ASL――シュラス錬金術研究所が生み出した、負の遺産の一つである。
人間は人間の根源、その遺伝子を解明することで人間の未来を切り開くことができると考えた。そう考えた先端に居たのが、シュラス錬金術研究所の顧問であるミライド博士だった。
ミライド博士は最初こそその研究をしていたのだが、徐々に人間と組み合わせることのできる動物の遺伝子を調べて、それにより新たな神秘を生み出すことができる――今、科学者がその話を聞けば卒倒するだろう、そんな研究に足を踏み入れることとなった。
それにより選ばれた十三人の忌み子は、それぞれ別の種族の遺伝子を組み込まれ――合成獣となった。
「あれはとても問題になりましたね……。我々ラドーム学院の学生にも被害者が居て、社会的問題になったのを覚えています。しかし、十三人の忌み子はすでに保護されているはずでは?」
「そうだった。そうだったのだよ。十三人の忌み子のうち七名が死亡、三名が保護され、うまく合成獣から人間へと戻ることができた。……だが、残りの三人はどうなったと思う? 君は知っているかね?」
「ええ……。確か、『行方不明』になった、と……」
「それは『表向きの話』だ」
「え……?」
それを聞いたサリーは顔を強張らせた。
「実は残りの三名は、ある人間が引き取ると言い出した。シュラス錬金術研究所の解体も彼女が実施すると言い出した。私もそうだが、世界のすべてが彼女にノーとは言えなかった。そしてそれは秘密裡にされて、真相を闇の中に隠すことにした。……誰だか解るかね? その人間が」
「まさか……スノーフォグの王、リュージュ……ですか?」
こくり、とラドームは頷いた。
「私は昔からリュージュを見てきた。だからこそ、だからこそ解るのだよ。アイツは危ない存在だ、と。いつか世界を滅ぼしかねない。いや、正確に言えば自分の力を過信しすぎて、自分そのものを滅ぼしてしまう可能性のほうが高かった。だから私は幾度となくアイツにそのようなことは止めるべきだ、と言った」
「リュージュは……なんと答えたのですか?」
「ああ、未だに覚えておるよ。アイツは、子供のような無邪気な笑顔で、こう言った」
――ラドーム。あなたも解っていないようだから言っておくけれど、一度きりの人生を楽しまないと、後悔するわよ。私は、欲望のままに生きているのだから。
それを聞いたサリーは何も言えなかった。
ラドームは深い溜息を吐いて、話を続ける。
「今思えば、あの時に止めておけばよかったのだよ。例え私の命を懸けてでも。だが、それは出来なかった。それだけは許されなかった。私の古い友人との約束だよ……。それが、私がリュージュを、命を懸けてでも止めるという最悪の手段に至らせないで済んでいる」
「……そんなことが……。しかし、校長。そのこととルイス・ディスコードに何か関係が?」
「だから言っただろう。ルイスは十三人の忌み子の一人。そして、リュージュが保護した人間のうちの一人なのだぞ。そして放っておけば確実に、フルたちに牙を剥くはずだ」
静かな学院を見て、とても不気味に思いながらも、それは彼女にとってどうでもいいことではあった。現在、一学年の全生徒がレキギ島の各地に研修に向かっているためである。だからこそ、今は誰が侵入してきても解りやすい。
そもそも。
このラドーム学院という場所は西と南を断崖絶壁に、北と東を雪山に囲まれている場所に位置している。そもそもどうしてこのような場所に学院が置かれているのかは別にして、ラドーム学院が全寮制となっているのはそれが理由だと言われている。
そのため、ラドーム学院に入るには港町のクルシアート近くから延びる廃坑を通らないといけない。廃坑、と語っているが正確に言えばそれは廃坑ではなくそのように模した洞窟となっている。
ただ単に山道を切り開かなかった理由は、侵入者を防ぐためである。
ラドーム学院は錬金術だけではなく、魔術、化学等様々な分野の学生を育成している。そういうこともあって先生も超一流の魔術師や錬金術師などその分野のエキスパートを揃えている。
当然、そのエキスパートを狙う敵が居てもおかしくない。別に学院はラドーム学院だけではなく、様々な場所に置かれているのだから。
ラドーム学院に入るとスカウトを受けることは禁止されている。理由は『そのようなもので学生への教育が滞ってはならない』という為である。それが原因かどうかは解らないが、ラドーム学院に所属するエキスパートはどれも高給取りであることもまた、事実だ。
閑話休題。
ラドーム学院の通路を抜けて、図書室へと入るサリー。
図書室にあるメタモルフォーズがモチーフになっている石像に触れて、つぶやく。
「サリー・クリプトンです。ただいま到着いたしました」
その言葉を聞くと、石像がそれを合言葉だと認識していたかのように、競り上がっていく。
石像が競り上がると、その中に螺旋階段が出来ていた。
完全に競り上がったのを確認して、螺旋階段を下りていく。暗くなっているので、道中明かりをつけないといけないのだが――そんな必要は無かった。
なぜなら彼女の歩幅に合わせて、ゆっくりと炎がついていくためである。魔術なのか錬金術なのか、それとも別の学問なのか、どういうメカニズムでそれが動いているのか解らないが、とはいえ彼女がわざわざ錬金術で炎をつける必要がない、ということはとても便利なことなのだ。
螺旋階段を下りると、そこには扉があった。木でできた質素な扉だ。しかし彼女はその扉の向こうに何があるかを知っている。誰が待ち構えているかを知っている。だからこそ、これまで以上に緊張していたのだ。
数回ノックをして、彼女は息を吸った。
気持ちを落ち着けて、彼女は言った。
「失礼いたします」
そして、彼女は扉を開けて中に入っていった。
部屋の中は豪華な内装になっていた。壁はすべて赤い煉瓦で構成されており、天井にはシャンデリアがつりさげられている。さらに部屋自体の構造が二階建てとなっており、二階には壁を埋め尽くすほどの本が本棚に敷き詰められていた。
その中心、大きな机に向かって椅子に腰かけている一人の男が居た。
黒い帽子を被った、顎鬚を蓄えた老齢の男性だった。老眼になっているのか、書物を見ているとき用と思われる老眼鏡を装着して、書物を読んでいた。
サリーが入ってきたのを見て、男性は顔をあげてサリーを見る。
「サリー・クリプトンです。ご用件は何でしょうか、校長」
「まあ、そこで立っていないでここまで来なさい。話せる内容も話せないぞ」
そう言われたので、サリーはその通りに従った。
彼こそがラドーム学院の校長であり、設立当時からその職に就任している、ラドーム・イスティリアだった。
ラドームはサリーが机の前に立ったのを確認して、立ち上がる。
「まあ、そこに椅子があるから、適当に使って腰かけなさい。話はそれなりに長くなる。とはいえ急を要する事態になっていることもまた事実。だから君を呼んだのじゃよ。君ならば、何かと役に立つと思っていたのでね」
「そう思っていただけて、とても嬉しいです」
サリーは椅子を取り出して、机から少し位置を離した場所に置いた。
ラドームはそれを確認して、右手を差し出す。座ってもよい、という合図だ。
それを確認したサリーは「失礼します」と言って腰かけた。
「さて、私が君を呼んだことについて説明する前に、一つ聞いておきたいことがある」
「なんでしょうか?」
「君のクラスに……フル・ヤタクミという学生はいるか?」
フル・ヤタクミ。確か居たような気がする。
そう思ってサリーは頷いた。
「居る、か。ならば良い。聞いた話によれば、フルたちのグループはトライヤムチェン族という原住民の儀式を見に行く、だったな?」
「ええ、そうですが……それがどうか致しましたか?」
「実はアルケミークラスには、怪しい動きがあるのだよ……。私も独自に監視の目を広げていたのだが、予想外だった。まさか今回の研修に行く上級生の中にそのような人間がいるとは」
「ちょっと待ってください! それってつまり、反社会的組織に所属している人間が、このラドーム学院に居るということですか……?!」
「だから、それを言っている。一応言っておくが、可能性ではない。これは確定事項だ。すでに証拠も掴んでいる。彼奴……ルイス・ディスコードは人間ではない。彼奴は合成獣だ。ASLにより開発された、『十三人の忌み子』の一人だよ」
十三人の忌み子。
ASL――シュラス錬金術研究所が生み出した、負の遺産の一つである。
人間は人間の根源、その遺伝子を解明することで人間の未来を切り開くことができると考えた。そう考えた先端に居たのが、シュラス錬金術研究所の顧問であるミライド博士だった。
ミライド博士は最初こそその研究をしていたのだが、徐々に人間と組み合わせることのできる動物の遺伝子を調べて、それにより新たな神秘を生み出すことができる――今、科学者がその話を聞けば卒倒するだろう、そんな研究に足を踏み入れることとなった。
それにより選ばれた十三人の忌み子は、それぞれ別の種族の遺伝子を組み込まれ――合成獣となった。
「あれはとても問題になりましたね……。我々ラドーム学院の学生にも被害者が居て、社会的問題になったのを覚えています。しかし、十三人の忌み子はすでに保護されているはずでは?」
「そうだった。そうだったのだよ。十三人の忌み子のうち七名が死亡、三名が保護され、うまく合成獣から人間へと戻ることができた。……だが、残りの三人はどうなったと思う? 君は知っているかね?」
「ええ……。確か、『行方不明』になった、と……」
「それは『表向きの話』だ」
「え……?」
それを聞いたサリーは顔を強張らせた。
「実は残りの三名は、ある人間が引き取ると言い出した。シュラス錬金術研究所の解体も彼女が実施すると言い出した。私もそうだが、世界のすべてが彼女にノーとは言えなかった。そしてそれは秘密裡にされて、真相を闇の中に隠すことにした。……誰だか解るかね? その人間が」
「まさか……スノーフォグの王、リュージュ……ですか?」
こくり、とラドームは頷いた。
「私は昔からリュージュを見てきた。だからこそ、だからこそ解るのだよ。アイツは危ない存在だ、と。いつか世界を滅ぼしかねない。いや、正確に言えば自分の力を過信しすぎて、自分そのものを滅ぼしてしまう可能性のほうが高かった。だから私は幾度となくアイツにそのようなことは止めるべきだ、と言った」
「リュージュは……なんと答えたのですか?」
「ああ、未だに覚えておるよ。アイツは、子供のような無邪気な笑顔で、こう言った」
――ラドーム。あなたも解っていないようだから言っておくけれど、一度きりの人生を楽しまないと、後悔するわよ。私は、欲望のままに生きているのだから。
それを聞いたサリーは何も言えなかった。
ラドームは深い溜息を吐いて、話を続ける。
「今思えば、あの時に止めておけばよかったのだよ。例え私の命を懸けてでも。だが、それは出来なかった。それだけは許されなかった。私の古い友人との約束だよ……。それが、私がリュージュを、命を懸けてでも止めるという最悪の手段に至らせないで済んでいる」
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