異世界で、英雄譚をはじめましょう。
第五話 三人旅と上級生②
「君たちが、トライヤムチェン族の集落に向かうメンバー、で間違いないかな?」
そう言って僕のほうに立っていたのは、青年だった。僕よりもどこか大人びた様子の青年は、見た感じ優等生っぽいオーラを放っているように見えた。あまりにもそう見えて、若干胡散臭さすら感じるレベルだった。
その青年は僕たちに向けて柔和な笑みを浮かべると、話を続けた。
「僕の名前はルイス・ディスコード。まあ、苗字で呼ぶと言い難いだろうから、名前で呼んでもらって構わないよ。君たちをトライヤムチェン族の集落まで案内する。道は険しいが、そう時間がかかる場所じゃない。もって半日程度かな。明日の朝出発して、夕方に到着する感じになる」
レキギ島の北端に位置する集落と、南端に位置する学院では相当な距離がかかるものが予想されていたが、半日で済むのならばそれはそれで問題なかった。一日以上かかるというのならば、面倒なことになると思っていたが。
「期間は二泊三日です。三日間という短い期間で何ができるのか、正直言って先生にも解りません。けれど、できる限りの経験を、知識を蓄えてきてください。そうして、成長にフィードバックしてください。それができるのであれば、先生は問題ありません」
それを聞いて頷く学生たち。
だからどうしてそこまで理解が早いのか、疑問を浮かべてしまうほどだが、今ここでは考えないほうがいいだろう。
「さあ、それじゃ、授業は終わり! 明日朝、出発するように! 準備も今のうちに進めておいてね。それじゃ、みなさん」
一拍おいて、サリー先生は言った。
「良い旅にしてきてね!」
◇◇◇
次の日は、とても寒かった。さすがに雪まで降っていなかったが、息を吐くととても白かった。
なぜか僕の部屋にはサイズがぴったりの外套がいくつかあったので、それを拝借していくことにした。まあ、深く考えないでおこう。異世界召喚のお約束、というやつかもしれないし。
「寒くはないかい?」
ルイスさんが僕に問いかける。外套を着ているので、何とか大丈夫です――ということを伝えると微笑んで頷いた。ただ、それだけだった。
ちなみに、まだメアリーとルーシーは来ていない。彼女たちが遅刻しているわけではなく、僕たちが早かっただけだ。
正確に言えば、早すぎた――のかもしれない。今はまだほかの班も集まっていない。
だから今はルイスさんと僕だけだ。
面識のない上級生と、僕だけが学院の前に取り残されている形となる。
正確に言えば、その表現もどこかおかしいのかもしれないけれど。
「ええと、君の名前は……」
ルイスさんは何枚かの綴じられた冊子を見ながら、言った。
どうやら僕の名前を探しているようだった。
「フルです。フル・ヤタクミ」
「フル・ヤタクミ、ね……。ああ、あった、あった。アルケミークラスで成績は平凡的。うん、まあ、別に問題はないよ。成績と実際は関係ないからね。君が実戦がどれくらい働くことができるか、それが重要なのだから」
「実戦、ですか……」
まるでこれから戦いに出向くような、そんな言い方だった。
ルイスさんはハハハと笑い声をあげて、
「まあ、そう真剣な表情をしなくていい。昔は少し魔物くらい出たかもしれないが、今は完全に平和になったからな。メタモルフォーズだったかな? 古の魔物だったと思うが、それも滅亡したし、今は平和そのものだよ」
「メタモルフォーズ……ですか?」
メタモルフォーズ。
歴史の中で聞いたことのある、異形。それは少なくとも僕が昔居た世界では見たことのない、この世界独特の生き物だと思う。思う、としているのは見たことがないからであるが、滅亡していることまでは覚えていなかった。
「メタモルフォーズって……すごい生き物なんですか」
「さあ? 確かに人間を食ったとか文明を一日で滅ぼしたとか摩訶不思議なことも教えられたけれど、あくまでも歴史上の話だからね。どこまで本当かどうか解ったものではない。まあ、そう言い切ってしまうと歴史学者の人が涙目になってしまうだろうから言わないでおくけれど」
大丈夫です。もう充分涙目になっています、たぶん。
そんなことを思っていたら、校舎のほうから二人がやってきた。
「遅れてすいません。もしかして……けっこうな時間待っていましたか?」
メアリーの言葉に、微笑むルイスさん。
「いいや、今来たばかりだよ。それにしても今日は冷えるね。二人とも、大丈夫かい? 一応半日かからないくらいで着く予定ではあるけれど、夕方になるとさらに冷えてくるし、北のほうに向かうからね」
「いえ、大丈夫です。ルーシーは?」
「僕も問題ないよ……ええ、大丈夫です」
二人の返事を聞いて頷くルイスさん。そして、踵を返して、
「それじゃ、出発しようか。ちょっと早いかもしれないけれど……トライヤムチェン族の集落にはなるべく早く着いたほうがいいだろうし!」
そして僕たちは、先住民族トライヤムチェン族の住む集落へと向かうべく、その第一歩を踏み出した。
まことに残念ながら、トライヤムチェン族の集落に着くまでの間は特筆する事項が無かった。せいぜい、他愛もない世間話をした程度だった。しかしながら、細かい気遣いなど、その他もろもろのいろんな所作を見ていると、やはりルイスさんは模範的で優秀な上級生だということが理解できた。正直、この世界の制度がよく解っていないけれど、少なくとも下級生は目標にするような学生であることは充分理解できた。
森を抜けて、山を越えて。
山間に佇むトライヤムチェン族の集落が見えてきたときには、日が暮れかけていた。
「何とか夕方前には着いたね……。いやあ、何とかなるものだね。最初はどうなるかと思っていたよ」
ルイスさんは額の汗を拭いて、頷く。
僕もそう思っていた。半日、とは言っていたけれど何せ僕にはこの世界の地理に関する情報が無い。だから、そこで躓いてしまって普段以上に時間がかかってしまうのではないか、そんなことを思っていたからだ。
しかし蓋を開けてみると――意外と前の世界と変わらない風土だったのが功を奏して、そういう状況に陥ることは無かった。
「さて、それじゃ集落に向かうことにしよう。到着したらその足で村長の家に向かい挨拶をする。夜にある儀式を見て、次の日にトライヤムチェン族について学び、その次の日の朝に出るという日程だ」
「解りました」
「それじゃ、先ずは村長さんの家に行くんですね?」
ルーシーとメアリーがそれぞれ言ったので、ルイスさんはそれに頷く。
「そうだ。物分かりがいいようで、僕もだいぶ助かるよ。村長の家は集落の北側にある一番屋根の大きな家だ。さあ、向かうことにしよう」
そうして僕たちはトライヤムチェン族の集落へと足を踏み入れた。
そう言って僕のほうに立っていたのは、青年だった。僕よりもどこか大人びた様子の青年は、見た感じ優等生っぽいオーラを放っているように見えた。あまりにもそう見えて、若干胡散臭さすら感じるレベルだった。
その青年は僕たちに向けて柔和な笑みを浮かべると、話を続けた。
「僕の名前はルイス・ディスコード。まあ、苗字で呼ぶと言い難いだろうから、名前で呼んでもらって構わないよ。君たちをトライヤムチェン族の集落まで案内する。道は険しいが、そう時間がかかる場所じゃない。もって半日程度かな。明日の朝出発して、夕方に到着する感じになる」
レキギ島の北端に位置する集落と、南端に位置する学院では相当な距離がかかるものが予想されていたが、半日で済むのならばそれはそれで問題なかった。一日以上かかるというのならば、面倒なことになると思っていたが。
「期間は二泊三日です。三日間という短い期間で何ができるのか、正直言って先生にも解りません。けれど、できる限りの経験を、知識を蓄えてきてください。そうして、成長にフィードバックしてください。それができるのであれば、先生は問題ありません」
それを聞いて頷く学生たち。
だからどうしてそこまで理解が早いのか、疑問を浮かべてしまうほどだが、今ここでは考えないほうがいいだろう。
「さあ、それじゃ、授業は終わり! 明日朝、出発するように! 準備も今のうちに進めておいてね。それじゃ、みなさん」
一拍おいて、サリー先生は言った。
「良い旅にしてきてね!」
◇◇◇
次の日は、とても寒かった。さすがに雪まで降っていなかったが、息を吐くととても白かった。
なぜか僕の部屋にはサイズがぴったりの外套がいくつかあったので、それを拝借していくことにした。まあ、深く考えないでおこう。異世界召喚のお約束、というやつかもしれないし。
「寒くはないかい?」
ルイスさんが僕に問いかける。外套を着ているので、何とか大丈夫です――ということを伝えると微笑んで頷いた。ただ、それだけだった。
ちなみに、まだメアリーとルーシーは来ていない。彼女たちが遅刻しているわけではなく、僕たちが早かっただけだ。
正確に言えば、早すぎた――のかもしれない。今はまだほかの班も集まっていない。
だから今はルイスさんと僕だけだ。
面識のない上級生と、僕だけが学院の前に取り残されている形となる。
正確に言えば、その表現もどこかおかしいのかもしれないけれど。
「ええと、君の名前は……」
ルイスさんは何枚かの綴じられた冊子を見ながら、言った。
どうやら僕の名前を探しているようだった。
「フルです。フル・ヤタクミ」
「フル・ヤタクミ、ね……。ああ、あった、あった。アルケミークラスで成績は平凡的。うん、まあ、別に問題はないよ。成績と実際は関係ないからね。君が実戦がどれくらい働くことができるか、それが重要なのだから」
「実戦、ですか……」
まるでこれから戦いに出向くような、そんな言い方だった。
ルイスさんはハハハと笑い声をあげて、
「まあ、そう真剣な表情をしなくていい。昔は少し魔物くらい出たかもしれないが、今は完全に平和になったからな。メタモルフォーズだったかな? 古の魔物だったと思うが、それも滅亡したし、今は平和そのものだよ」
「メタモルフォーズ……ですか?」
メタモルフォーズ。
歴史の中で聞いたことのある、異形。それは少なくとも僕が昔居た世界では見たことのない、この世界独特の生き物だと思う。思う、としているのは見たことがないからであるが、滅亡していることまでは覚えていなかった。
「メタモルフォーズって……すごい生き物なんですか」
「さあ? 確かに人間を食ったとか文明を一日で滅ぼしたとか摩訶不思議なことも教えられたけれど、あくまでも歴史上の話だからね。どこまで本当かどうか解ったものではない。まあ、そう言い切ってしまうと歴史学者の人が涙目になってしまうだろうから言わないでおくけれど」
大丈夫です。もう充分涙目になっています、たぶん。
そんなことを思っていたら、校舎のほうから二人がやってきた。
「遅れてすいません。もしかして……けっこうな時間待っていましたか?」
メアリーの言葉に、微笑むルイスさん。
「いいや、今来たばかりだよ。それにしても今日は冷えるね。二人とも、大丈夫かい? 一応半日かからないくらいで着く予定ではあるけれど、夕方になるとさらに冷えてくるし、北のほうに向かうからね」
「いえ、大丈夫です。ルーシーは?」
「僕も問題ないよ……ええ、大丈夫です」
二人の返事を聞いて頷くルイスさん。そして、踵を返して、
「それじゃ、出発しようか。ちょっと早いかもしれないけれど……トライヤムチェン族の集落にはなるべく早く着いたほうがいいだろうし!」
そして僕たちは、先住民族トライヤムチェン族の住む集落へと向かうべく、その第一歩を踏み出した。
まことに残念ながら、トライヤムチェン族の集落に着くまでの間は特筆する事項が無かった。せいぜい、他愛もない世間話をした程度だった。しかしながら、細かい気遣いなど、その他もろもろのいろんな所作を見ていると、やはりルイスさんは模範的で優秀な上級生だということが理解できた。正直、この世界の制度がよく解っていないけれど、少なくとも下級生は目標にするような学生であることは充分理解できた。
森を抜けて、山を越えて。
山間に佇むトライヤムチェン族の集落が見えてきたときには、日が暮れかけていた。
「何とか夕方前には着いたね……。いやあ、何とかなるものだね。最初はどうなるかと思っていたよ」
ルイスさんは額の汗を拭いて、頷く。
僕もそう思っていた。半日、とは言っていたけれど何せ僕にはこの世界の地理に関する情報が無い。だから、そこで躓いてしまって普段以上に時間がかかってしまうのではないか、そんなことを思っていたからだ。
しかし蓋を開けてみると――意外と前の世界と変わらない風土だったのが功を奏して、そういう状況に陥ることは無かった。
「さて、それじゃ集落に向かうことにしよう。到着したらその足で村長の家に向かい挨拶をする。夜にある儀式を見て、次の日にトライヤムチェン族について学び、その次の日の朝に出るという日程だ」
「解りました」
「それじゃ、先ずは村長さんの家に行くんですね?」
ルーシーとメアリーがそれぞれ言ったので、ルイスさんはそれに頷く。
「そうだ。物分かりがいいようで、僕もだいぶ助かるよ。村長の家は集落の北側にある一番屋根の大きな家だ。さあ、向かうことにしよう」
そうして僕たちはトライヤムチェン族の集落へと足を踏み入れた。
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