シャッフルワールド!! 番外編集

夙多史

めいどさんのいちにちっ! 昼

 PM12:00
 異界技術研究開発部から解放されたレランジェは、ファミリーレストランにてウェイトレスの『あるばいと』を行っていた。

 ここの制服はレランジェが普段から着用している侍女服に酷似しています。フリル多々なエプロンドレスです。この衣服であれば以前のようにマスターと鉢合わせても恥ずかしくありませんね。
 基本的な仕事は給仕です。世界が違うとはいえ、それは侍女たるレランジェが最も得意とする分野。安定ですね。
 この衣装にこの仕事……完璧です。なにも問題などありません。
「君ね。一人で数人分の仕事ができるから凄く助かってるんだけどね、客商売だからもっと表情を緩くしてくれんかね? そんな虫ケラを見るような目ではお客様がね――」
「いえ、それは不安定です。レランジェは魔工機械ですので」
「? 君はなにを言っているんだね?」
 完璧です。なにも問題などありません。
 それにしても、この『テンチョー』とかいう人間に似た種族はどこの店にもいるようですね。そしてとても鬱陶しいです。しかしゴミ虫様と同等かそれ以下の下等生物とはいえ、『テンチョー』は半殺しにすると『あるばいと』を馘首される設定らしいのです。生意気なお客様を殴り倒してもクビになりましたし、このような系統の『あるばいと』は難易度が高くて不安定ですね。しかし、レランジェは二度と同じ過ちは繰り返しません。
 レランジェがテキパキと『できる魔工機械人形』を衆人様に見せつけていると――
「きゃあっ!? お、お客様、や、やめてください……」
 給仕仲間の一人が悲鳴を上げました。見てみますと、人相の悪い青年四人が彼女の周囲を取り囲んでいます。
「あん? やめてくださいだぁ? 違えだろ? すみませんだろ?」
「あんたがこいつの足を踏んづけたのが悪ぃんだろ?」
「痛えよ。指折れちまったよ」
「ヒャッハー! こいつは大変だなぁ」
「そのことは、ちゃんと謝ったじゃないですか。そ、それに足を引っ掛けてきたのはお客様で……」
 なるほど、どうやら下衆なお客様がレランジェの給仕仲間を貶めているようですね。いちゃもんをつけて代金を踏み倒すきなのでしょう。『テンチョー』がペコペコと謝罪しています。
 あのような低俗な輩には反吐が出ますね。まだゴミ虫様の方がマシです。

 しかし、レランジェには関係ありません。無視安定です。

「お待たせしました。ハンバーグステーキセット安定です」
「え? いいの君、あっち大変なことになってるよ?」
「知りません」
 絡まれている者がマスターであれば下衆どもは一瞬で縊り殺しますが、そうではないのでレランジェは淡々と仕事をこなす安定なのです。
「おいこら、なにシカトぶっこいてんだああん? お前も従業員なら謝罪しろやぁ!」
 と、下衆の一人がレランジェの肩を強く掴んできました。
「汚らわしい手で気安くレランジェに触れないでください、下衆客様。ブチ殺しますよ?」
「あん?」
 レランジェは軽く下衆客様の手をはたいて警告します。本来なら有無を言わさず排除安定ですが、ここで殴り倒してしまうとまた馘首になりかねません。
「――おふっ!?」
 なので蹴り倒すことにしました。股の間を思いっ切り蹴り上げる形です。……気のせいでしょうか? どこからか晩鐘のような音が聞こえた気がします。
「て、てめぇ!」
「ふざけてっとぶっ殺すぞ!」
「ウヒャー、兄貴完全に伸びちゃってるぜぇ」
 すると、気絶した仲間を見た残りの下衆客様たちがレランジェを包囲してきました。
「あなた様は足の指はもういいのですか?」
「あんたが仲間蹴ったおかげで完治しちまったよ」
「素晴らしい回復力ですね」
 と言いつつ、レランジェは足の指が折れたと虚言を吐いていた下衆客様の顎を爪先で蹴り飛ばしました。「ぶげっ!?」と弓反になった彼は窓ガラスを割って外へと放り出されます。
「てめぇえッ!?」
 続いてもう一人が額に青筋を浮かべて掴みかかってきたので、その上げた足を鞭のように撓らせて踵落としをお見舞いします。「えふっ!?」と変な悲鳴を発し、白目を剥いて昏倒しました。
 呆然としていた最後の一人はミドルキックで弾き飛ばし、他のお客様のテーブルの上を滑ってガシャガシャン! と食器の割れる耳障りな音を立てます。
「不届き者どもは排除しましたし、レランジェは仕事に戻ります」
 これにて一件落着安定です。
 とんとん。
 肩をつつかれました。
 見ると、なにやら満面の笑みを咲かせた『テンチョー』が大げさな手振りで器用にジェスチャーをしています。そのままでは意味がわからないので解読安定です。

【キミ】
【クビキリ】
【I will have to let you go】 

 ……蹴り倒すこともNGだったようです。


 PM4:30
 レランジェは白峰家に帰宅していた。

 そろそろマスター(とついでにゴミ虫様)がガッコーからお戻りになられる時間です。
 浴槽に湯張りもしましたし、食事の下拵えも既に完了安定です(食材はゴミ虫様が「お前に任せると碌なことにならん」と仰っていつも調達してくださっています)。
 洗濯した衣類も乾燥していたので取り込みました。屋敷内のお掃除も完璧です。残るは――

「ゴミ虫様が入口の扉を開けた瞬間に魔導電磁放射砲を発射するだけですね」

「いやその理屈は間違ってるだろ」
 …………。
「振り返るとゴミ虫様がいました」
「なにその『振り返ると奴がいた』みたいな台詞?」
「ゴミ虫様、なぜ既に屋敷内にいらっしゃるのですか死んでください」
「語尾がおかしい語尾がっ! なんとなく嫌な予感がしたんだよ。こりゃあ、窓から入って正解だったな」
 ゴミ虫様の危機察知能力は相変わらず半端ないですね。忌々しい。
「チッ! 本日は記念日ですので盛大に逝ってもらおうと思っていたのですが」
「記念日って、リーゼの誕生日かなんかか?」
「いえ、ゴミ虫様の死亡記念日です」
「壊すぞコラッ!?」
 レランジェとゴミ虫様が熱い視線をぶつけ合ってバチバチとオレンジ色の火花を散らしていると――ガチャ。入口の扉が開いて金髪紅眼の愛らしい少女――レランジェの深愛するマスターがご帰宅安定です。
 レランジェはとりあえずゴミ虫様を突き飛ばします。「ごぼっ!?」と気持ち悪い声を上げて廊下を転がっていくゴミ虫様など放っておいて、レランジェはマスターに低頭します。
「お帰りなさいませ、マスター。入浴の準備は安定しております。それともお食事になされますか? それともあちらで腹を抑えて呻いているゴミ虫様を排除安定ですか?」
 レランジェはなにも変なことは言っていませんのに、なぜか「最後の選択肢おかしいだろ!」と喚いているゴミ虫様は黙殺安定です。
「う~ん、そうね。お腹減ったけど、フロが先」
「了解です。では、お背中お流しします」

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