一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

闘技大会

 –––グレーシュ・エフォンス–––


 俺が闘技場に来るとアリステリア様とアイクに話しかけられた。無駄に視線がこっちに集まってきたので妙に居心地が悪い……。
 そこにさらにあのギルダブ先輩も来て目立った。はぁ……。
 アリステリア様はギルダブ先輩に、「楽しみにしている」なんて言われて目をとろけさせていた。なんならドロドロになっているまである。これは……俺が優勝する必要ないんじゃね?つーかギルダブ先輩が参加する時点で無理な気がする。
「アリステリア様」
 俺が呼ぶと、ビクリと肩を震わせて、アリステリア様は俺の方へ視線を向けてくる。目がまだとろけてやがる……頬も若干赤くなっていて息も悩ましく上気していた。
「ギルダブ先輩もいることですし、例の件はなかったことということで宜しいでしょうか?正直、僕の手に余ります」
 と言うとアリステリア様は目をくわっと開いて、そっぽを向いて言った。
「それはダメですわ……えぇ、いくらギルダブ様でもまだダメですわ」
 何故か、アリステリア様は嬉しそうにそう言った。お、乙女だ!俺がそんなことを考えていると隣のソニア姉から視線を感じたのでそっちの方を向くと目があった。
「なに?」
「え?あ、なんでもない。ただ…何の話かなって」
「そういえば話してなかったね」
 俺はアリステリア様に頼まれたことについてある程度掻い摘んで話した。するとソニア姉は目を丸くさせて言った。
「アリステリア様から直々に……グレイって本当にあたしの弟?」
「えっへん」
 俺が偉そうに胸を張るとソニア姉はクスリと笑った。
 俺は再び視線をアリステリア様に戻して、どうしてダメなのかの理由を訊いてみた。すると、アリステリア様は口を開いた。
「対戦表はランダムに組まれますが、とにかくギルダブ様に負けないように頑張ってくださいませ」
 惚気ていたアリステリア様は、急に佇まいを正すと、真面目くさった表情で言った。少し重みのある言葉に、俺も思わず頷いた。
 そんなにファーストキスを大事にしたいのだろうか……まあ、いい。男が一度約束したのだ。それに、俺も今の自分の実力を知りたい。……もしも、ギルダブ先輩と当たる機会があれば全力で挑むつもりだ。
 それから、しばらくして鐘が鳴った。この鐘の音は闘技大会の開会を知らせる鐘だ。そして、アリステリア様とアイクとソニア姉は、観客席に移動するために選手控え室を後にした。
 残ったのは本大会に出場する猛者達……全員、目がギラギラしていて怖いです……。
 まあでも……これは俺が望んでいることだ。今の自分がどれだけ強いか腕試しがしたい……とは言っても、学舎の上級生を相手に優勝なんてできるわけがないと思っているけども。
 鐘が鳴って暫く、外の方が騒がしくなった。司会が観客を盛り上げているのだろう。俺は張り出された対戦表に目を向けて自分の名前を探した。
「おや?」
 名前はすぐに見つかった。一番上……つまりは一回戦目だ。それだけなら別にどうでもいいが……問題なのは対戦相手だ。
 俺は視線をズラすとすぐに対戦相手の名前が視界に入る。
『ギルダブ・セインバースト』
 よりにもよって一回戦目から……。
「ほう。さっきのお前が対戦相手か」
 話しかけられて、俺は気配だけでその名前を呼んだ。
「どうも、ギルダブ先輩」
 振り返りながら見ると、ギルダブ先輩は威厳に満ちた立ち姿で俺に対峙していた。王の風格……そんなようなもを感じた。
 はぁ……一回戦目からボスキャラってよぉ……これがゲームだったら運営をバンしたかもしれない。その場合、俺はギルダブ先輩にバンされかねないけど……。
 六歳と十六歳の戦い……これは運営側の意図として俺を噛ませ犬に仕立てたってところか。そういうのは大会を盛り上げるのには必要な要素だ。わかる……分かるが……実際にやられた方はイライラする。
 あ、でも……対戦表ってランダムだっけ……?
 …………………………。
 もう、あれだな。はじめてを一歩するようなアニメで出てくるあの噛ませ犬の方々に、私もう脱帽します。(←押し進める)
 と、大会の運営者が控え室にやってきて、俺とギルダブ先輩の名前を呼んだ。出番のようだ。その際に、俺の前に立つギルダブ先輩が再び話しかけてきた。
「お互い、全力を尽くそう」
 背中で語りかけてくるギルダブ先輩……言葉数は少ないけれど、そこには漢気を感じた。
 もちろん、俺はこう答える。
「はい」


 –––☆–––


 闘技大会のルールはこうだ。まず、武器の所持は自由で、自前でもいいし、大会から支給されるものを使ってもいい。これは貴族の参加も考慮したルールで、貴族なんかだと自分の武器を持っていたりするので、こういうルールが設けられたようだ。
 ちなみに俺は支給された剣と弓……そして矢筒を背負っている。周りからはかなり奇異な目で見られた。
 魔術だが、魔術も特に使用制限はない。大会で怪我をしたら危ないと思うかもしれないが……闘技場には水属性と火属性から生まれる特殊四元素の一つ、光の属性魔術【ヴァーチャルフィールド】がかかっている。ちなみに、上級ハードの魔術であり……確か、神官が十人以上必要らしい。
 神官というのは、神に身を捧げた人達のことで、その宗教ごとに存在して、普段は教会で働いている人達だ。ここでの身を捧げるという意味は、火の元素と水の元素……そこから生まれる光の元素の三つしか使えなくなるという意味である。
【ヴァーチャルフィールド】という魔術は、その効果範囲内で起こった全てのことをなかったことにするという驚異的な魔術だ。もとは兵士の実戦訓練のために考え出された魔術だそうだ。
 そんなわけで、本大会の武器には刃もあれば鏃もある。本当の殺し合いに近い。
 ゴーンゴーンという鐘の音が鳴り響くと、まずギルダブ先輩が舞台へ上がった。それだけで一気に観客が湧き上がる。その歓声は闘技場を揺るがし、地面を震わせた。それから俺が舞台にあがり司会は簡単にだが選手紹介に入る。
 俺の目の前で仁王立ちする先輩はまさに王。威圧感を俺に放ってくる。俺も負けじと威圧する。傍から見たら子供が背伸びしているようにしか見えないだろう。やがて、選手紹介も終わり一瞬、辺りが静寂に包まれる。そして次に響いたのは司会の大きな声だ。
「それではカウントダウンいきますよぉ!」
 10カウント。司会の声に合わせるように観客も声をはって数を減らしていく。のこり5カウントで俺は視線を感じて観客席に目を向ける。視線の先には、ソニア姉とノーラとエリリーの三人が俺に向かって手を振って何かをいっている。周りがうるさすぎて聞こえないものの唇の動きは、俺にに向かって、「頑張って」と言っているようだ。
 うん……頑張ろう。
 のこり3カウントでギルダブ先輩は武器を構えた。長い刀を両手で中段に構えた。ギルダブ先輩が構えをとったのを見て、俺も構える。右手には剣を持ち、左手には弓……。
 そして–––
「ファイト!」
 最後のカウントの代わりに放たれたのは試合開始の合図。俺はそれと同時に戦闘モードへと移行し、意識を切り替える。一人称から三人称から変わった視点で、俺はギルダブ先輩を見据えた。
 ギルダブ先輩は俺との間合いを詰めるために走り出した。特別速いとは思わなかった。ギルダブ先輩は俺が間合いに入ると、両手を振ってきた。
 長刀がらシュンという風切り音とともに俺の眼前に迫る。俺は上体を反らして避ける……と、その瞬間体勢の悪い俺の腹部に強烈な衝撃が入った。胃の中をグチャグチャとかき回させる感覚が俺を襲う。
「ぐぅっ!?」
 俺はそれで気付いた。蹴られたのだと。六歳の小さな身体は簡単に宙を飛ぶ。ギルダブ先輩はそこへ追撃を入れるために長刀を振り下ろしてきた。俺は身体を必死に捻って剣で防いだ。支えなのない状態で受けたために俺の身体はさらに吹き飛ばされた。なんとか空中で体勢を立て直すと、ギルダブ先輩は俺のことを見下ろしていた。「そんなものなのか?」と目で訴えてきている気がする。
 だから過大評価しすぎなんですよ……と、俺は内心思いながらも、どうやってこの状況を打破するのかを考えていた。
 どうするかなぁ……基本スペックが違いすぎて弾幕を避けきれない。この基本スペックの差をどう埋めるか……。
 俺は剣を逆手に持ち替え、矢筒から矢をとり、弓を構えて弦を引く。その一連の動作はわずか一秒と少し……ギルダブ先輩が動き出したところで俺は矢を放つ。
 ギルダブ先輩の急所を狙った矢は真っ直ぐに進む。が、ギルダブ先輩はそれを最少限度の動きだけで回避した。大丈夫、想定通りだ。
 ギルダブ先輩が肉迫した距離で俺に長刀を振ってきた。俺は剣を逆手でもったまま受けて、身体を入れ替えるように捻る。そしてその瞬間、地面に手をついて魔術を行使した。俺は魔力保有領域ゲートから魔力を引き出し、手のひらから地面へ注ぐ。その魔力は俺の制御で土の槍として再び地表へ出現する……初級地属性魔術【ロックランス】を出来る限り早く詠唱して発動した。
 これにはギルダブ先輩も反応できず、その一撃をもろに喰らった。
「っ!」
 地面から突き出てきた槍により、ギルダブ先輩の身体が浮き上がる。俺はそれをチャンスとみて再び矢を引いた……そのときだった。さっきと打って変わってギルダブ先輩の威圧感が消えた。その代わりに猛烈な殺気を放ってきた。思わず俺の身体はビクリと静止してしまった。
 同時に脳内にアラームが轟く。しかし、俺の身体は動かなかった。
 どうなってやがる!
 内心叫ぶがそれで身体が動くようになるわけでもない。ギルダブ先輩は地面につくと長刀を剣道ではない構えで構えた。
「はぁぁぁぁ…」
 そして気合いを溜める。こんなのアラームが鳴らなくてもヤバイって分かる。力が長刀に集まり、臨海を迎えるその寸前でギルダブ先輩は声を放って技を繰り出した。
「【瞬光剣】!」
 俺の視界は眩いばかりの光で埋め尽くされる。ふと、身体が動きギリギリで回避行動に入る。光の速さの突きが俺の頬を掠め、生暖かい何かが頬に流れているのを感じた……多分、流血したのだろう。
 果てしなく加速されている意識の中で俺は弓を構え矢を引く。ギルダブ先輩は突きの構えから体勢を直し、次の攻撃に移ろうとしている。
 このまま矢を放ってもどうせまた外れる……そう考えて、俺は矢を上空に向けて放った。ギルダブ先輩は一瞬訝しげな目でその矢を見つめる。
 一瞬だった。でも、その一瞬の隙が生まれた。俺は剣を逆手に構えたままギルダブ先輩に向かって振った。型もクソもない。デタラメに振っただけの攻撃。一瞬、隙ができただけのギルダブ先輩はそんな攻撃を簡単に受け流した。
 だが、想定通り・・・・。ギルダブ先輩は隙だらけの俺に止めの一撃を放った。その油断……命取りですよ。
 先程、上空に放った矢がギルダブ先輩に向かって落ちていった。上から降ってきた矢に気付かずにギルダブ先輩は俺の放った矢に直撃した。
「ぐっ!?」
 あのギルダブ先輩も思わずといった風に、堪えるような声を漏らした。空かさず、俺は剣を握り締めて、ありったけの力で振るった。
 届け!届け!届いてくれっ!!
 剣先がギルダブ先輩を捉え、刃が唸りを上げて空を切り裂く。世界が広がり、意識が広がる。俺とギルダブ先輩の時間だけが加速していき、風景が遠退いて、世界が後ろ歩きを始めた。
「うおぉっ!」
 俺の咆哮が轟いて、ギルダブ先輩は俺の剣を防ごうと長刀を振るった。
「はぁっ!!」
 ギルダブ先輩も吠えて、俺の剣を上方へ弾いた。
 鍔迫り合いにもならないっ!
 そのまま、軽々と宙に吹き飛ばされた俺は、空中で弓を引いて照準をギルダブ先輩に合わせる。体勢も悪い、心臓の鼓動もうるさい。最悪のコンディション……それでも、決めるっ!
 俺は魔力保有領域ゲートを開け放ち、矢に魔力を送り込む。ギルダブ先輩が使った光の突きの剣技……剣技とは魔術を剣術に適応させて使う技だ。それと同じである弓技を俺は使うために魔力を風の元素に変換させて、矢にその力を付与させる。
 矢は、風の元素によって回転を始めて、甲高い音を立てる。俺はその矢を放ち、叫んだ。
「【スパイラルアロー】!」
 初級風属性弓技【スパイラルアロー】は、弓術の授業で習った技だ。矢が螺旋の軌跡を描きながら、突き進んでいき、ギルダブ先輩を射抜かんと牙を剥く。
 これで決まらないと後はない。
 矢が眼前まで迫ったギルダブ先輩は、俺の方に視線を向けると、フッとした笑みを浮かべた。ゆっくりとした時間の流れの中、ギルダブ先輩は再びあの構えをとった。長刀の刃に光が収束していき、辺り一帯の光量が少なくなった気がした。そしてギルダブ先輩は、叫んだ。
「【瞬光剣】!」
 光が俺を飲み込んだ。


 –––☆–––
  

 闘技大会の結果はギルダブ先輩の優勝で終わった。ちなみに俺との戦い以降、ギルダブ先輩は一度も攻撃を受けずに優勝したという。まさに圧勝だ。
 その後の優勝の褒美はアリステリア様のキス。これには生徒達はビックリした。噂にはなっていたもののさすがに公爵家、つまりは王家の親戚ともあろう身分の方の口づけなんて所詮は噂だと思われていたからだろう。
 それが叶ったのはひとへにギルダブ先輩の力あってこそだ。もしこれがただの平民ならうるさい貴族からバンされるものだ。しかし、ギルダブ先輩は平民の身分でありながら他の貴族を黙らせる力がある。そんな人だからこそ色んな人から好意を寄せられるのかな?英雄色を好むって言うしね。
 アリステリア様は舞台に上がりギルダブ先輩のとなりに立っているが顔が真っ赤だ。そんなアリステリア様を愛おしむようにギルダブ先輩は優しくアリステリア様の肩に腕を回し、そして頬に口付けした。
 これには俺も含めたその場にいた全員が口を開けてポカーンと固まった。それからギルダブ先輩はアリステリア様を抱いたまま高らかにこう宣言した。
「俺はアリステリアと結婚することをここに宣言する!」
 その宣言は一瞬でトーラの町に駆け巡ったことは言うまでもないだろう。顔を真っ赤にさせながらも嬉しそうなアリステリア様と満足げに笑うギルダブ先輩。
 平民と公爵の身分ではあるが、きっとこの二人は幸せになるだろう。そう、俺は感じた。
 その後は生徒会主催のパーティーだ。貴族は学舎の方で貴族らしく舞踏会を、平民は外でキャンプファイヤーをしている。俺はもちろんキャンプファイヤー。燃え滾る炎の周りにはそんな炎と同じように愛し合う二人組みが何組か踊っている。その中にはギルダブ先輩とアリステリア様がいた。皆んな幸せそうな顔をしている。ふと、俺はとなりで同じ光景を見つめるソニア姉の方を向いた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「んー?」
「踊ろっか」
 ソニア姉は一瞬目をぱちくりさせたが直ぐに笑顔で頷いた。それからノーラとエリリーとも踊って楽しい時間を過ごした。こんな楽しい時間が続けばいいのになぁーと俺はそんなことを考えていた……。

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