一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

遭遇

 俺は考えた……考えた末に、頬をポリポリと掻きながら乾いた笑みを浮かべて、隣でツーンっとしているクロロに言った。

「も、もしかして妬いてる……とか……?」
「……っ」

 ビクッと肩を震わせたクロロに、俺はひっと喉を詰まらせた。

「なーんて〜そんなわけないですよね〜あはは〜」

 こうなったら誤魔化すしかない!

 俺は必死に取り繕った笑みを浮かべるのだが、クロロは俯いているため表情が伺えない。纏う雰囲気が怒ってる……ファイナルリアリティというかそれすら通り越してリアルガチに真剣にヤブァイ奴……。
 俺があはは〜と笑っていると、ついにクロロが口を開いた。

「…………何故だか気に食わないです。無性に腹が立ちます。何故でしょう」
「何そのクイズ……僕答えられないよ……。というか、聞きたいのはこっちなんだけど?」
「どうしてでしょう……グレイくんが他の女性と仲良くしているのを見ると胸がモヤモヤします」
「え」

 そ、それってもしかして……俺のこと……、

「大事な弟が離れていくような……これが俗に言う姉離れでしょうか?」
「あ……そういう感じ?だと思ったよオジサン……てかなに?俺のこと弟みたいに思ってたのか?」

 俺は溜息を吐いて、呆れ口調でクロロに訊いた。クロロは若干不機嫌な顔をしたまま、コクリと頷いた。

「なんか逆に腹立つな……俺はクロロのこと、背中を預け預けられる戦友と思っていたんだが?」
「いえ、それは私も同じなのですが……グレイくんは私よりも年下ですから、何だかそういうイメージも強いんですよ。実際、グレイくんは弟じゃないですか」
「確かに……」

 弟属性はしっかり付いてるわな……それにクロロも姉属性っぽいところあるし……ちっ、なんか期待した俺がバカみたいだ。
 って、なに言ってんだか……。
 自分で考えていて馬鹿らしくなったので、俺はそこで思考を打ち切り……ただ手綱を握る機械になった。


 ※


 御者は代わり……馬車の中には俺とソニア姉とラエラ母さんが座っている。
 本来ならここにセリーがいたのだが、手綱を握ってみたい!と言って今は御者台でクロロと一緒だ。
 護衛対象が外にいることもあって、ワードンマとアルメイサも馬車の外で歩いて、警戒している。
 こと俺も、索敵スキルを広範囲に広げて警戒している。まあ、クロロやワードンマ、アルメイサがいれば十分過ぎるんだけど……一応な一応。

「で、グレイって結局どっちが好みなの?」
「ぬ?」

 あまりに唐突だったため、変な声を出してしまった……なに言ってんのソニア姉……。

「と、言うと?」

 俺は意味が分からず、ソニア姉に訊き返した。すると、ソニア姉はやれやれと両手を挙げて肩を竦めた。

「ほら、クロロさんとセリーさんだよ。二人と仲良いじゃん」
「いや……別に普通じゃないかなぁ」

 そう返すと、ソニア姉はやはり呆れたように肩を竦めた。

「仲良いよー。だって、グレイってどんな人が相手でも距離を置くでしょ?」
「え、そう……かな」
「そうだよ……グレイが素の反応を見せるのって、クロロさんくらいだと思ってたけど……ここ数日はセリーさんにも少しずつ素の顔を見せることが多いから」

 そういうソニア姉の表情が若干寂しそうなのは気の所為じゃない。
 俺は慌てて、目の前に座るソニア姉に何か言おうと口を開くのだが……それをソニア姉に遮られた。代わりにソニア姉の隣に座るラエラ母さんが、微笑みながら口を開いた。

「大丈夫……お母さんちゃんと分かってるからね。グレイは小さい時から私たち家族との絆を大事にしていたのは」
「……」

 面と向かって言われ、俺の顔が赤くなるのを感じた。なんだよちくしょう……大事に大事にって思ってたのに……これじゃあ、俺が大事にされていたみたいだ……。

「あはは、顔を赤いよ〜グレイ?もしかして、照れた?」
「……ち、違うもん」
「…………キュン」

 ソニア姉の瞳がハートになった(ように見えた)

「そ、そんな可愛い反応しちゃってー……グレイは可愛いなぁ」
「うぅ……やめてよ……お姉ちゃん」

 俺を胸に抱きしめたソニア姉に対して口では抵抗するものの、強くは抵抗出来ずに俺は成されるがままになってしまった。
 ラエラ母さんは俺たちが戯れているのを見て微笑んでるし……助けて欲しい。
 ほら、ソニア姉の目を見てみろ……ハートだぞ(のように見える)。あれは可愛い物を見つけた時のソニア姉の目だ。可愛い物に目が奪われてハートになることからハートキャッチと呼ばれる……わけではないけど……。

「ほーらほーら」
「く、擽ったい……」

 抱きしめながら俺の頭を撫でてくる……やめて、僕のはねっ毛を弄るのは……擽ったい。
 やがて、抱擁を解いたソニア姉は満足したように満面な笑みを浮かべて座り直した。
 はぁ……俺は若干の疲労を溜めて溜息を吐いた。そして、俺は馬車の横壁に空いている小さな小窓から外を眺めた。
 好きがどうのこうのって……俺はまだ家族と一緒にいたいんだ。そんな話はまだどうでもいいよ……誰に何と言われようともマザコン&シスコンの俺で在りたい。


 ※


「ここが……霊脈のところね」
「山……じゃの」

 セリーが大きな山の麓で天辺を見上げながら言った言葉に続くようにして、ワードンマがポツリと呟いた。

「もう私疲れたわぁ〜?」

 アルメイサは馬車の御者台で足を伸ばしてそんなことをボヤいた。俺は馬車から降りるソニア姉とラエラ母さんの手を取って、二人を馬車から降ろし、セリーと同じように山を見上げた。
 と、クロロが俺の隣に立って呟くように言った。

「この山のどこに霊脈があるのでしょう……」

 その呟きにセリーが反応し、振り返りながら答えた。

「大体、中腹くらいかしらね」

「中腹か……なら、一時間くらいで着きますね」

 俺は目算で測った距離を全員に聞こえるように告げた。すると、セリーが驚いたように言った。

「よく分かるわね……」
「まあ、弓使いですから」

 シレッと答え、俺はちょうど円形に立ち並ぶ全員の中央に立ち口を開く。

「それじゃあ、ここで馬車を見ている組と……セリーさんの護衛組で分かれますか?」
「そうねぇ……じゃあ、私は残るわねぇー」

 アルメイサはグデーっと御者台の上で横になって言った。若干卑猥な格好だ……いやいやいや。

「あたしとお母さんは足手纏いになると思うから……」
「うん」

 ソニア姉とラエラ母さんも顔を見合わせて残ることにしたようだ。

「うむ……じゃあ、ワシも残るかのぉ。アルメイサだけじゃと心配じゃからな」

 ワードンマはソニア姉とラエラ母さんに微笑みかけるように言った。
 アルメイサとワードンマがいるなら安心だ……となると、セリーの護衛は俺とクロロだな。

「ツーン」

 …………視線を向けたと同時にそっぽ向きやがったクロロの野郎……。

「はぁ」

 俺は短い溜息を吐き、それからセリーの方に向き直って言った。

「じゃあ、宜しくお願いします」
「ええ、こちらこそ……頼むわね。グレイ」
「ムッ……ツーン」

 やはりクロロはそっぽを向いた。もう、何なんだ……。と、俺がワケワカランと首を捻っているところにソニア姉の足下に張り付いていたユーリが、「にゃー」と鳴きながら俺の背中にしがみ付いた。
 爪を立てて……。
「いっててて」思わず悲痛の声を上げ、俺は背中に張り付くユーリを引き剥がそうと腕を回して首根っこ掴み引っ張った。
 だが、ユーリは必死に背中にしがみ付いて離れない。
 おい……離れろよ。

「まあ、いいんじゃないかしら。グレイや『月光』がいるんだし」
「いや、でも万が一の時に動き難いんですけど」

 セリーの呑気な言葉に対してそう返すと、セリーは、「まあまあ」なんて言いながら俺の背後に回ってユーリを撫でている。
 お前なぁ……。

「なあ、クロロからもなんか言ってくれよ……」
「ツーン」

  返事がない……ただの屍のようだ……はぁ。

「たくっ……邪魔すんなよ……?」

 俺は背中のユーリに言った。
 聞いているのかいないのか分からないが、「にゃーん」と返されたので聞いているのだと信じよう……。


 〈トーラ・イガリア間霊脈〉


 ここはグレーシュ達が目指している霊脈の中腹……そこは異変を起こした霊脈による魔力汚染によって比較的魔物化する可能性の低い植物ですら魔物化している危険地帯である。
 そこに……どのような役割があるのか分からない形状をした四輪走行型の魔導機械マキナアルマが二台ほど並んで止まっており、車体横には生命の神であるバニッシュベルトを象徴する聖火の紋章が刻まれていた。

「ビレッジ大師長殿!作業は滞りなく順調に進んでおります!」

 車体の紋章と同じ紋章を胸に刻んだ皮製の鎧に身を包んだ一人の兵士が、胸に手を当てた……所謂、敬礼した状態で上官と思わしき人物にそう報告した。
 報告された上官であるデュアリス・ビレッジ大師長はバニッシュベルト帝国軍において、三万の大師団を率いる主力の一角だ。
 そんな彼がここにいるのは、勿論ある任務を受けたからだ。

「ふん……魔物の駆除が終わり次第、霊脈の開放をする手筈だったな。このペースならば夜明け前には終わるか……作業に戻れ」
「ハッ!」

 兵士は敬礼の姿勢を維持したまま短く返事をすると、直ぐに作業へ戻った。
 その後ろ姿を眺めながら、デュアリスは車体に寄りかかって軽く溜息を吐いた。
 デュアリスの受けた任務は、イガーラ王国内にある霊脈の開放である。
 だが、その理由の一端すらもデュアリスは説明を受けていない……バニッシュベルト帝国軍最高権力者である将軍に直接命令を受けてなければこんなコソコソとしたことをデュアリスはしなかっただろう。
 だが、デュアリスの能力が此度の任務に最も適しているという判断が下されたのだから仕方がない……そう諦めて承諾したのだが、やはり好きになれないやり方だ。
 デュアリスの能力というのは、隠密に長けた……暗殺術だ。デュアリスは暗殺術の達人であり、バニッシュベルト帝国が保有する二十人の達人の一人だ。
 バニッシュベルト帝国は三大列強国の一つであり、その理由は魔導機械マキナアルマによる生活水準の向上で経済的に発展した経済大国であること……そしてもう一つは魔導機械マキナアルマの軍事利用に加え、二十人という達人の保有量……つまり、非常に高い軍事力を持っていることが由来している。
 ともかく……そんな大国がどうしてコソコソと影で動いているのかということに対して、デュアリスは納得がいっていなかった。
 とはいえ、バニッシュベルト帝国はデュアリスなど達人達にとって霊峰よりも遥かに過ごしやすい場所であるため、納得できないからといって離れることもできない。
 バニッシュベルト帝国に達人が集まっているのも、それが理由の一つだ。

(とっとと、このような任務は終わらせ……早く帰ろう。まだプラスモデルが未完成だしな……)

 プラスモデルとは地球で云うところのプラモデルである……暗殺術で鍛えた手先の器用さからかプラスモデルを組み立てるような細かい作業に悦びを覚えたようだ。完璧な手先の動きで再現された魔導機械マキナアルマのロボットモデルを組み立てたときの達成感や充実感は、病みつきになるとデュアリスは顔をにやけさせた。
 だが、任務中だったことを思い出して再びキリッとした顔つきになった。

(いかんいかん……)

 しかし、デュアリスは未完成ながらも下半身まで出来ているロボットモデルのことを思い出して再びにやけた。
 この世界には勿論、ロボットなんてものは存在していなかった……だが、バニッシュベルト帝国が魔導機械マキナアルマを作り、生活に役立つものを創造し、そして軍事に進出した魔導機械マキナアルマはロボットに……。
 まあ、そんな訳で男の浪漫ともいえるロボットに憧れるものは少なくない。男はみな浪漫を求める子供……デュアリスも例外ではなかったようだ。

(さて……もう一仕事だな……ん?)

 と、そこでデュアリスはこちらの方へ近づいてくる気配に気が付き眉根を顰めた。
 やがて、周りで作業をしていた兵士達がその存在を目視して声を上げた。

「な、なんだ貴様ら!何者だ!」

 そう声を上げた兵士は、目の前に立つ一人の青年を睨みつけながら剣を抜いた。
 その青年の両隣には見目麗しい黒と白が対称的な女性が二人……。
 睨みつけられた青年は、剣を突き付けられて慌てた様子で両手を挙げて叫んだ。

「ちょっ……まっ待って下さい!僕はただの通りすがりでして……」
「見られたからには殺すしかない……おい、やるぞ!」

兵士達は青年の言葉を聞かず、全員剣を鞘から抜いた。

「へへ、隣の女共は可愛がってやるよ」
「結構溜まってっからな……タップリと楽しませてもらおうか」

 兵士達の下卑た物言いに黒と白の女性は嫌悪の眼差しを向けている。何故かその視線を向けられたわけでもない青年がその視線にキョドッたのは何故だろうか……。
 もしかすると、少しでも彼らのような邪な考えが浮かんだことがあるのかもしれない。そのため、彼らに対して正面切って嫌悪の眼差しを向けられないのだろう。
 まあ……男なら二人の容姿を見て全くそのように思わないわけもない……もしいたなら、そいつは不能だ。

「えっと……見逃して貰えませんか?このことは誰にも言いませんので」

 青年は両手を挙げたまま取り繕うような笑顔を浮かべて、何とか説得しようとするが兵士達はそれを意に介さず、獲物を狩る狩人のように瞳を光らせた。
 その瞬間……明らかに青年の目の色が変わり、挙げていた両手を下げると同時に何もないところから弓が現れて、それを青年は左手で握った。
 突然、武器を手に取った青年に対して兵士達は一瞬だけ反応が遅れ……それから反抗心を見せた獲物に腹を立てた狩人達は一斉に斬りかかってきた。
 青年の前に八人……だが、次の瞬きの後のことだ。兵士達は全員倒れ伏していた。遅れて青年の周囲に衝撃波が走り、両隣で腕を組んで立っていた美女二人はスカートがフワッと広がるのを抑えるように手を出した。

「ちょっと……止めてちょうだい」
「……エッチですね」
「いや、ワザとじゃ……」

 青年はそう言ってため息を吐いてから気を取り直したように、デュアリスに向けて言った。

「えっと……まだやりますか?」

 青年の声は気が抜けているが、発する覇気は洗練されており、達人であるデュアリスですら気圧されていた。

(……まさか、この俺が接近されるのも気が付かないとはな……。隣の女共も普通ではないな……あの白銀の髪は神官だな。魔力も尋常ではない……魔術の達人『銀糸』だな)

 デュアリスは視線を横にズラし、闇色の髪をした女性に目を向けた。

(こっちは剣士だな……間違いなくこちらも達人だな。それにあの弓使い……実力は未知数だ。勝ち目はなさそうだ)

 もしも達人が一人相手ならば、まだ勝機もあったが……三人ともなると不可能に近い。
 デュアリスは早々に白旗を挙げた。

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