一兵士では終わらない異世界ライフ
力なき……
※
帝国軍の主力は勿論、あのノアなわけだが……やはり厄介なのは達人だ。右翼に展開していたマリンネア師長団はその多くを『弓姫』一人に削られている。マリンネア大師長の指示が飛ぶが、それを力で以って捩伏せる……というか、マリンネア大師長が『弓姫』の射程より外にいるという事実が兵達の士気や、指示伝達の遅れに繋がっていると見える。
俺は駆けつけると、『弓姫』の師団を前にエリリーが先頭に立って自分の師兵団を引っ張っていた。
しかし、『弓姫』の圧倒的面制圧力はそれを真っ向から叩き潰した。
エリリーの前に俺を襲った【サイクロウ】が放たれたのだ。巨大な竜巻を纏った矢がエリリー達を襲う。
「くっ……」
エリリーは苦悶の表情を浮かべ、なんとか対抗しようとしていた。剣を振るい、剣技を始動させる。後退する味方兵達を守るように【サイクロウ】を真っ向から斬りふせるが、全てを庇いきれずにエリリーはその身にダメージを受けた。だが、『弓姫』はそんなエリリーに対して容赦なく第二射を放つ。
その瞬間、俺はエリリーのところまで走りながら弓の照準を第二射の【サイクロウ】に合わせた。魔力保有領域を開き、魔力を練り上げていく。
味方の間を縫っていき、【サイクロウ】を射程に捉えた俺は叫んだ。
「【バリス】!」
瞬間、視界を眩い閃光が覆い尽くし、俺が放った【バリス】が電撃を迸って『弓姫』の技を蹂躙しようと甲高い音を轟かせる。
爆発的に衝撃波が辺り一帯に走り、【サイクロウ】と衝突した。
衝突した【バリス】は【サイクロウ】を相殺するだけで勢いを失い、矢は灰となって消えた。
俺はエリリーの無事を確認するために近寄ると、エリリーは片膝をついて荒い呼吸をしていた。
「エリリー!」
俺が声を掛けて、肩に手を回すとエリリーが俺にチラリと目をやった。
「ぐ、ぐれい……?」
その目には驚きと疲れが見える。一先ず無事だったのでよかった。
「どうしてここに……」
「あ、うん。こっちが押されてるから増援にね。その内、また誰か駆けつけてくるんじゃないかな」
「そ、そう……それよりもここは危険……だから下がってて」
言いながら立ち上がろうとするエリリーの足に力が入っていなかった。震える足で立ち上がろうとしているが、無茶をするなと言ってやりたい。
「エリリーはとりあえず分隊を後退させて、指揮を失ってる兵士達を取り仕切って欲しい……」
「そんなこと……できるわけ……。私がいなくなったら、ここはどうするの!?」
「しばらくは僕が抑えてるから」
「僕がって……あれは『弓姫』なんだよ!?そんな確証かないこと……」」
「まあまあ」
俺はエリリーを安心させるようにして笑いかけた。
とにもかくにも、一旦分隊の指揮を回復させた方がいい。面制圧を得意とする『弓姫』が相手では、エリリーの師兵団は勝てない。現に、敵の師団と前線がぶつかっていないのにも関わらずこちらはガリガリと数を散らしているのだ。不利、悪条件……ここはまず『弓姫』を倒さなければいけない。ならば、俺が出来ることは一つ……。
「僕が『弓姫』を倒しておくから……そしたら、後はエリリーの番だよ。まさか僕一人で大軍を相手になんかしないよ」
「で、でも……」
それでも何かを言ってくるエリリー……そこへ『弓姫』から矢が放たれてきた。正確で速く、鋭い一撃……俺は上体を反らしてそれを交わした。
その一瞬の光景を見ていたエリリーは驚いたように俺を見ていた。
「ぐ、グレイ……?もしかして、さっきの【サイクロウ】を無効化したのは……」
ようやく気付いたらしいエリリーの頬が少しだけ赤くなる。どうしたんだろう?と素直に思っていると、索敵範囲内に味方じゃない誰かの気配が足を踏み入れてきたのを感じた。
この気配……達人……ということは……と、俺が視線をそちらに向けると案の定、緑色の髪を靡かせて歩いてきていた『弓姫』がいた。肩に弓を提げ、腰には矢筒を装備している。緑色のエルフっぽい服装で外見から判断するに、ツンデレエルフ娘……という属性ではないだろう。萌えぇ……。
じゃなくて、どうしてこの状況下でこっちに来た?俺がそう疑問に思っていると、『弓姫』がこちらに向かって歩みを進めながら言った。
「そこにいる男のいう通りだ……オレがいる限り、お前らに勝ち目はねぇよ」
まさかのオレっ娘属性っ!?
俺は雷に打たれたかのような衝撃を受けつつ、エリリーの肩を抱きながら『弓姫』を見据えた。
「し、シルーシア……ウィンフルーラっ!」
エリリーは現れた『弓姫』に顔を上げて睨みつける。
「まあ、落ち着け……お前じゃオレには勝てねーっつの」
「そんなことっ」
「やってみなくちゃわからねーって?甘いな……砂糖菓子よりも数億倍甘い考えだな。お前、オレとの戦いで何人死んだんだ?」
「そ、れは……」
その言葉にエリリーが詰まる。『弓姫』は至って真面目な顔で続ける。
「はっ、相手との相性も考えろよ。一人でここに突っ立ってても守りきれねぇだろ?お前、この戦いで何人死んだ?」
「くっ……」
これにはエリリーも言い返せないようだ。俺だって、擁護できない。上の立場の人間は常に責任が問われる……エリリーは俺なんかと違って、そういう責任ある立場の人間なのだ。仲間の死は全て、責任者にある……それを俺は否定しない。
俺は悔しそうにしているエリリーに言った。
「とにかく、下がれ……後は僕に任せて。今は、エリリーに出来ることを……エリリーにしか出来ないことをするんだ。いいね?」
言い聞かせるように言うと、エリリーはゆっくり頷き何とか立ち上がると呼んだ兵士の肩を借りて前線を後退させていく。もちろん、絶対防衛線では強固な守りがされているが……エリリーは暫くすれば統率を失った自軍の兵士を束ねた後に増援に来てくれるだろう。とすれば……俺がするべきことはこの『弓姫』を倒すことだ。こいつがいなければ、後はスムーズに進む。
俺はキッと『弓姫』……シルーシアを睨みつけた。
シルーシアは俺のことを興味深そうに見ると、手を横へ伸ばして自分の遠く後ろで待機している配下達に聞こえるように大きな声で言った。
「お前らは手を出すなよ!これは、オレとこいつの戦いだ」
なんと、意外にもこういうシチュエーションが好みらしい。これ幸いと俺は内心でガッツボーズを決めた。
「さて、やり合おうじゃねぇか……前々からお前とやり合うのは楽しみにしてたんだ。デュアリスに聞いたときからな……さっき、【サイクロウ】を二度も防がれた時にこいつだって直ぐに察したぜ?お前も分かるだろう?この胸の高鳴り……武に身を置く達人の一人としてよ!さあ、楽しもうぜ……この戦いを!」
胸の高鳴りって……断崖絶壁(笑)な貴方が言うとお笑いものですね。いや、嘘です……俺はホッと息を吐いて若干の殺気を込めてシルーシアをもう一度睨みつけた。
「いえ、全く」
………………。
少しの静寂の後、俺はもう一度口を開いた。
「貴方は強い相手と戦いと……そう言っているわけですよね?全く、僕としては共感できませんね」
俺は負けたくないとは思う……そういうプライドを人一倍に持っている。逆に言えば、俺にとってのプライドというのはそれしか持っていない……他に持ち合わせがない。
俺は強者と戦いたいとは思わない……戦えば命を落とすかもしれない。なにより……なによりも、ソニア姉やラエラ母さんに危険が及ぶかもしれない……結局、徹頭徹尾俺の中で家族を守る意外で戦いたいと思う気持ちが一切ないのである。
だから、俺は無駄に戦わないし戦いたくない。今までそうだった……できるだけ穏便に済むように時に逃げて、時に脅して……詰まる所、俺は前世から何も変わっていない臆病者なのだ。
ただ、守れればそれでいい……それ意外は何も望まないし、欲しくもない。
だから、俺は巫山戯たことを抜かす目の前の女に言ってやった。
「巫山戯るな。戦いを楽しむ……?戦いってのは楽しむためのものじゃない……本気で守りたいものがあるから戦うんだ。お前みたいに、私利私欲に走ったものを戦いとは呼ばない……そんなのはクソだ。ここにいる兵士達は俺も含め、この後ろで俺たちの帰りを待ってくれている人達を守るために戦っているんだ。もう一度言うぞ……。
戦いを楽しむ?巫山戯るのも大概にしろ……お前、死ぬぞ……?」
その瞬間、シルーシアは背中に何か感じ取ったのか突然飛び退き、荒い呼吸を繰り返す。俺はただ立っているだけだが……。
「くっ……何も知らないくせに……」
「知るか。お前の事情なんて」
俺はシルーシアの呟きすらも拾って、斬って捨てた。本当にどうだっていい。
俺はソニア姉やラエラ母さんのために戦う……この先を通してしまえば二人が危ない目に遭うのは目に見えている。だから、いつも通り殺す……この目の前の女を殺すっ!
俺はその瞬間、弓を構えて瞬時に矢を放つ。本気で放った矢は衝撃波を放って音速の域にまで加速すると、シルーシアの胸部を狙って飛んでいく。
だが、さすがに達人……いち早く反応すると魔術で簡単な風を巻き起こし僅かばかり矢の軌道をズラした。その上、シルーシアは半身になって矢を避ける。そして、お返しとばかりに俺に目掛けて、俺と同等の速度の矢を放ってくる。
俺は弓を持っていない右手を出すと、身体をその矢の速度と同じ速度で捻りながら右手で矢を掴み、そして円を描くようにして矢をシルーシアに打ち返した。
遠心力でさらに加速した矢は的確にシルーシアの心臓を狙う……これにはシルーシアも驚いていたがこれも軌道を逸らして何とか避けられた。しぶとい奴だ……。
だが、もちろんこれで終わりではない。シルーシアは避けて直ぐさま正確無比な一撃を俺に見舞ってくる。そのキレ、鋭さ、速度……全てが高いレベルで纏まっている。
俺は自分に向かってくる矢に対して照準を合わせて矢を放った。
矢の鏃と鏃の先端が衝突し、点同士の力はほぼ均衡……二つの力は衝撃波を撒き散らして全エネルギーを消失させてコロッと地面に落ちた。
「う、うそ……だろ!?くっ……」
シルーシアは表情に驚きの色を浮かべている。
さて、ここまでの戦いで大体把握できたな……よし……いくか。
俺はシルーシアが放つわずか前に矢を放った。直後にシルーシアからも矢が放たれる……だが、これは俺の矢を防ぐために放った一撃ではない……。
「なに……!?」
シルーシアは再び驚愕に表情を染めた。
彼女が驚いているのも無理はない。俺は彼女が矢を放つ軌道を前もって予想して矢を放ったのだ。
彼女の思考、考え方……それに彼女の弓術の流派、タイミング、最大速度まで把握した。俺が前世での人生の半分……どれだけゲームをしてきたと思っている?恋愛シュミレーションゲームはそれはもうめちゃくちゃやり込んだ!オレっ娘ツンデレエルフのキャラなんて把握済みだ……こういう奴は大概良い奴だ。ついでに友達も少ないんだろう。いても、二人とか三人。
俺かよ……。
…………。
俺は二本三本と矢の軌道を読みながら、次の手を考える。既に矢で防ぐ必要もない……俺は必要最低限の動きで避けながら、シルーシア二向かって歩き出した。
「くっ……!?」
シルーシアは一歩一歩詰める俺に対してなんとか距離を取ろうと後退していく。悪手……とは言えない、仕方ないことだ。シルーシア……『弓姫』の流派は極式ダイナ流弓術……とにかく最大射程距離を突き詰めた流派であり、この世界で最高の射程距離を誇る達人級弓技【スナイプ】の発祥流派だ。その射程距離は二キロ……ぶっちゃけクソゲーだ。この世界じゃ、もはやめちゃくちゃな射程距離だ。もう名前の通りスナイパーなライフルである。とにかく死んで欲しい。
まあ、確かに射程距離はこの世界随一と言っていいほどあるが……その弱点は圧倒的に遠距離重視ということだ。シルーシアは、中近距離に対して、何一つとしてアドバンテージを有してはいない。こいつが戦いを舐めているから、自分から不利になるような距離に近づいてしまった……単純にして愚か。
「くそがっ!お前……そんなに強そうな覇気を纏ってねぇくせやがって……デタラメなことばかりしやがって!」
俺はそれで立ち止まり、だがシルーシアの攻撃は避ける。顔の横スレスレを通り過ぎた、それこそスナイパーライフルの弾丸よろしく超スピードで俺の鼓膜を震わせた。
覇気か……。俺にはそんな強い人たちが身に纏うようなものを持ち合わせていない。なぜなら、俺は臆病者だから……こんなのは小手先の技術であり、実力という強さなんかじゃない。俺に純粋な力が、チート能力があればむしろ良かったのかもしれない。
残念なことに……俺が持ち合わせていたのは前世での過ちと記憶……そして何よりも俺自身を支えてくれた大切な家族だけだ。
俺が磨いてきたのは純粋な力じゃない。ただの技術や知識だ、経験だ。それが、俺みたいな臆病者が勝つための方法だからな。
俺は全神経を集中させて弓の照準をシルーシアに向けた。
「このっ!」
左胸……心臓に放ってくるのを察知した俺は上体を半身にし、シルーシアから矢が放たれると同時に自身も矢を放つ。
シルーシアの矢は俺の胸を僅かに掠め、俺の放った矢を避けようとシルーシアは動くが……シルーシアの左の肩口を大きく抉り取った。
「があぁぁ!?」
肉が飛び散り、鮮血が舞った。シルーシアは後退を余儀なくされて後ろへ下がる。もちろん、それを逃すほど俺も詰めが甘いわけじゃない。
ザッと踏み込み、シルーシアに接近する。照準はシルーシアの頭……ヘッドショットで頭を吹き飛ばして殺す……その時、シルーシアが魔術を発動する予感がした。恐らく、風属性の魔術だ。爆風でも起こして距離を取るつもりだろう。
俺はシルーシアの一連の行動、流れを読み尽くし先回りした。
「【ディスペル】」
「っ!」
これでもう打つ手はないようで、特に何かしらの挙動も確認出来ない。
俺は矢を放った。
帝国軍の主力は勿論、あのノアなわけだが……やはり厄介なのは達人だ。右翼に展開していたマリンネア師長団はその多くを『弓姫』一人に削られている。マリンネア大師長の指示が飛ぶが、それを力で以って捩伏せる……というか、マリンネア大師長が『弓姫』の射程より外にいるという事実が兵達の士気や、指示伝達の遅れに繋がっていると見える。
俺は駆けつけると、『弓姫』の師団を前にエリリーが先頭に立って自分の師兵団を引っ張っていた。
しかし、『弓姫』の圧倒的面制圧力はそれを真っ向から叩き潰した。
エリリーの前に俺を襲った【サイクロウ】が放たれたのだ。巨大な竜巻を纏った矢がエリリー達を襲う。
「くっ……」
エリリーは苦悶の表情を浮かべ、なんとか対抗しようとしていた。剣を振るい、剣技を始動させる。後退する味方兵達を守るように【サイクロウ】を真っ向から斬りふせるが、全てを庇いきれずにエリリーはその身にダメージを受けた。だが、『弓姫』はそんなエリリーに対して容赦なく第二射を放つ。
その瞬間、俺はエリリーのところまで走りながら弓の照準を第二射の【サイクロウ】に合わせた。魔力保有領域を開き、魔力を練り上げていく。
味方の間を縫っていき、【サイクロウ】を射程に捉えた俺は叫んだ。
「【バリス】!」
瞬間、視界を眩い閃光が覆い尽くし、俺が放った【バリス】が電撃を迸って『弓姫』の技を蹂躙しようと甲高い音を轟かせる。
爆発的に衝撃波が辺り一帯に走り、【サイクロウ】と衝突した。
衝突した【バリス】は【サイクロウ】を相殺するだけで勢いを失い、矢は灰となって消えた。
俺はエリリーの無事を確認するために近寄ると、エリリーは片膝をついて荒い呼吸をしていた。
「エリリー!」
俺が声を掛けて、肩に手を回すとエリリーが俺にチラリと目をやった。
「ぐ、ぐれい……?」
その目には驚きと疲れが見える。一先ず無事だったのでよかった。
「どうしてここに……」
「あ、うん。こっちが押されてるから増援にね。その内、また誰か駆けつけてくるんじゃないかな」
「そ、そう……それよりもここは危険……だから下がってて」
言いながら立ち上がろうとするエリリーの足に力が入っていなかった。震える足で立ち上がろうとしているが、無茶をするなと言ってやりたい。
「エリリーはとりあえず分隊を後退させて、指揮を失ってる兵士達を取り仕切って欲しい……」
「そんなこと……できるわけ……。私がいなくなったら、ここはどうするの!?」
「しばらくは僕が抑えてるから」
「僕がって……あれは『弓姫』なんだよ!?そんな確証かないこと……」」
「まあまあ」
俺はエリリーを安心させるようにして笑いかけた。
とにもかくにも、一旦分隊の指揮を回復させた方がいい。面制圧を得意とする『弓姫』が相手では、エリリーの師兵団は勝てない。現に、敵の師団と前線がぶつかっていないのにも関わらずこちらはガリガリと数を散らしているのだ。不利、悪条件……ここはまず『弓姫』を倒さなければいけない。ならば、俺が出来ることは一つ……。
「僕が『弓姫』を倒しておくから……そしたら、後はエリリーの番だよ。まさか僕一人で大軍を相手になんかしないよ」
「で、でも……」
それでも何かを言ってくるエリリー……そこへ『弓姫』から矢が放たれてきた。正確で速く、鋭い一撃……俺は上体を反らしてそれを交わした。
その一瞬の光景を見ていたエリリーは驚いたように俺を見ていた。
「ぐ、グレイ……?もしかして、さっきの【サイクロウ】を無効化したのは……」
ようやく気付いたらしいエリリーの頬が少しだけ赤くなる。どうしたんだろう?と素直に思っていると、索敵範囲内に味方じゃない誰かの気配が足を踏み入れてきたのを感じた。
この気配……達人……ということは……と、俺が視線をそちらに向けると案の定、緑色の髪を靡かせて歩いてきていた『弓姫』がいた。肩に弓を提げ、腰には矢筒を装備している。緑色のエルフっぽい服装で外見から判断するに、ツンデレエルフ娘……という属性ではないだろう。萌えぇ……。
じゃなくて、どうしてこの状況下でこっちに来た?俺がそう疑問に思っていると、『弓姫』がこちらに向かって歩みを進めながら言った。
「そこにいる男のいう通りだ……オレがいる限り、お前らに勝ち目はねぇよ」
まさかのオレっ娘属性っ!?
俺は雷に打たれたかのような衝撃を受けつつ、エリリーの肩を抱きながら『弓姫』を見据えた。
「し、シルーシア……ウィンフルーラっ!」
エリリーは現れた『弓姫』に顔を上げて睨みつける。
「まあ、落ち着け……お前じゃオレには勝てねーっつの」
「そんなことっ」
「やってみなくちゃわからねーって?甘いな……砂糖菓子よりも数億倍甘い考えだな。お前、オレとの戦いで何人死んだんだ?」
「そ、れは……」
その言葉にエリリーが詰まる。『弓姫』は至って真面目な顔で続ける。
「はっ、相手との相性も考えろよ。一人でここに突っ立ってても守りきれねぇだろ?お前、この戦いで何人死んだ?」
「くっ……」
これにはエリリーも言い返せないようだ。俺だって、擁護できない。上の立場の人間は常に責任が問われる……エリリーは俺なんかと違って、そういう責任ある立場の人間なのだ。仲間の死は全て、責任者にある……それを俺は否定しない。
俺は悔しそうにしているエリリーに言った。
「とにかく、下がれ……後は僕に任せて。今は、エリリーに出来ることを……エリリーにしか出来ないことをするんだ。いいね?」
言い聞かせるように言うと、エリリーはゆっくり頷き何とか立ち上がると呼んだ兵士の肩を借りて前線を後退させていく。もちろん、絶対防衛線では強固な守りがされているが……エリリーは暫くすれば統率を失った自軍の兵士を束ねた後に増援に来てくれるだろう。とすれば……俺がするべきことはこの『弓姫』を倒すことだ。こいつがいなければ、後はスムーズに進む。
俺はキッと『弓姫』……シルーシアを睨みつけた。
シルーシアは俺のことを興味深そうに見ると、手を横へ伸ばして自分の遠く後ろで待機している配下達に聞こえるように大きな声で言った。
「お前らは手を出すなよ!これは、オレとこいつの戦いだ」
なんと、意外にもこういうシチュエーションが好みらしい。これ幸いと俺は内心でガッツボーズを決めた。
「さて、やり合おうじゃねぇか……前々からお前とやり合うのは楽しみにしてたんだ。デュアリスに聞いたときからな……さっき、【サイクロウ】を二度も防がれた時にこいつだって直ぐに察したぜ?お前も分かるだろう?この胸の高鳴り……武に身を置く達人の一人としてよ!さあ、楽しもうぜ……この戦いを!」
胸の高鳴りって……断崖絶壁(笑)な貴方が言うとお笑いものですね。いや、嘘です……俺はホッと息を吐いて若干の殺気を込めてシルーシアをもう一度睨みつけた。
「いえ、全く」
………………。
少しの静寂の後、俺はもう一度口を開いた。
「貴方は強い相手と戦いと……そう言っているわけですよね?全く、僕としては共感できませんね」
俺は負けたくないとは思う……そういうプライドを人一倍に持っている。逆に言えば、俺にとってのプライドというのはそれしか持っていない……他に持ち合わせがない。
俺は強者と戦いたいとは思わない……戦えば命を落とすかもしれない。なにより……なによりも、ソニア姉やラエラ母さんに危険が及ぶかもしれない……結局、徹頭徹尾俺の中で家族を守る意外で戦いたいと思う気持ちが一切ないのである。
だから、俺は無駄に戦わないし戦いたくない。今までそうだった……できるだけ穏便に済むように時に逃げて、時に脅して……詰まる所、俺は前世から何も変わっていない臆病者なのだ。
ただ、守れればそれでいい……それ意外は何も望まないし、欲しくもない。
だから、俺は巫山戯たことを抜かす目の前の女に言ってやった。
「巫山戯るな。戦いを楽しむ……?戦いってのは楽しむためのものじゃない……本気で守りたいものがあるから戦うんだ。お前みたいに、私利私欲に走ったものを戦いとは呼ばない……そんなのはクソだ。ここにいる兵士達は俺も含め、この後ろで俺たちの帰りを待ってくれている人達を守るために戦っているんだ。もう一度言うぞ……。
戦いを楽しむ?巫山戯るのも大概にしろ……お前、死ぬぞ……?」
その瞬間、シルーシアは背中に何か感じ取ったのか突然飛び退き、荒い呼吸を繰り返す。俺はただ立っているだけだが……。
「くっ……何も知らないくせに……」
「知るか。お前の事情なんて」
俺はシルーシアの呟きすらも拾って、斬って捨てた。本当にどうだっていい。
俺はソニア姉やラエラ母さんのために戦う……この先を通してしまえば二人が危ない目に遭うのは目に見えている。だから、いつも通り殺す……この目の前の女を殺すっ!
俺はその瞬間、弓を構えて瞬時に矢を放つ。本気で放った矢は衝撃波を放って音速の域にまで加速すると、シルーシアの胸部を狙って飛んでいく。
だが、さすがに達人……いち早く反応すると魔術で簡単な風を巻き起こし僅かばかり矢の軌道をズラした。その上、シルーシアは半身になって矢を避ける。そして、お返しとばかりに俺に目掛けて、俺と同等の速度の矢を放ってくる。
俺は弓を持っていない右手を出すと、身体をその矢の速度と同じ速度で捻りながら右手で矢を掴み、そして円を描くようにして矢をシルーシアに打ち返した。
遠心力でさらに加速した矢は的確にシルーシアの心臓を狙う……これにはシルーシアも驚いていたがこれも軌道を逸らして何とか避けられた。しぶとい奴だ……。
だが、もちろんこれで終わりではない。シルーシアは避けて直ぐさま正確無比な一撃を俺に見舞ってくる。そのキレ、鋭さ、速度……全てが高いレベルで纏まっている。
俺は自分に向かってくる矢に対して照準を合わせて矢を放った。
矢の鏃と鏃の先端が衝突し、点同士の力はほぼ均衡……二つの力は衝撃波を撒き散らして全エネルギーを消失させてコロッと地面に落ちた。
「う、うそ……だろ!?くっ……」
シルーシアは表情に驚きの色を浮かべている。
さて、ここまでの戦いで大体把握できたな……よし……いくか。
俺はシルーシアが放つわずか前に矢を放った。直後にシルーシアからも矢が放たれる……だが、これは俺の矢を防ぐために放った一撃ではない……。
「なに……!?」
シルーシアは再び驚愕に表情を染めた。
彼女が驚いているのも無理はない。俺は彼女が矢を放つ軌道を前もって予想して矢を放ったのだ。
彼女の思考、考え方……それに彼女の弓術の流派、タイミング、最大速度まで把握した。俺が前世での人生の半分……どれだけゲームをしてきたと思っている?恋愛シュミレーションゲームはそれはもうめちゃくちゃやり込んだ!オレっ娘ツンデレエルフのキャラなんて把握済みだ……こういう奴は大概良い奴だ。ついでに友達も少ないんだろう。いても、二人とか三人。
俺かよ……。
…………。
俺は二本三本と矢の軌道を読みながら、次の手を考える。既に矢で防ぐ必要もない……俺は必要最低限の動きで避けながら、シルーシア二向かって歩き出した。
「くっ……!?」
シルーシアは一歩一歩詰める俺に対してなんとか距離を取ろうと後退していく。悪手……とは言えない、仕方ないことだ。シルーシア……『弓姫』の流派は極式ダイナ流弓術……とにかく最大射程距離を突き詰めた流派であり、この世界で最高の射程距離を誇る達人級弓技【スナイプ】の発祥流派だ。その射程距離は二キロ……ぶっちゃけクソゲーだ。この世界じゃ、もはやめちゃくちゃな射程距離だ。もう名前の通りスナイパーなライフルである。とにかく死んで欲しい。
まあ、確かに射程距離はこの世界随一と言っていいほどあるが……その弱点は圧倒的に遠距離重視ということだ。シルーシアは、中近距離に対して、何一つとしてアドバンテージを有してはいない。こいつが戦いを舐めているから、自分から不利になるような距離に近づいてしまった……単純にして愚か。
「くそがっ!お前……そんなに強そうな覇気を纏ってねぇくせやがって……デタラメなことばかりしやがって!」
俺はそれで立ち止まり、だがシルーシアの攻撃は避ける。顔の横スレスレを通り過ぎた、それこそスナイパーライフルの弾丸よろしく超スピードで俺の鼓膜を震わせた。
覇気か……。俺にはそんな強い人たちが身に纏うようなものを持ち合わせていない。なぜなら、俺は臆病者だから……こんなのは小手先の技術であり、実力という強さなんかじゃない。俺に純粋な力が、チート能力があればむしろ良かったのかもしれない。
残念なことに……俺が持ち合わせていたのは前世での過ちと記憶……そして何よりも俺自身を支えてくれた大切な家族だけだ。
俺が磨いてきたのは純粋な力じゃない。ただの技術や知識だ、経験だ。それが、俺みたいな臆病者が勝つための方法だからな。
俺は全神経を集中させて弓の照準をシルーシアに向けた。
「このっ!」
左胸……心臓に放ってくるのを察知した俺は上体を半身にし、シルーシアから矢が放たれると同時に自身も矢を放つ。
シルーシアの矢は俺の胸を僅かに掠め、俺の放った矢を避けようとシルーシアは動くが……シルーシアの左の肩口を大きく抉り取った。
「があぁぁ!?」
肉が飛び散り、鮮血が舞った。シルーシアは後退を余儀なくされて後ろへ下がる。もちろん、それを逃すほど俺も詰めが甘いわけじゃない。
ザッと踏み込み、シルーシアに接近する。照準はシルーシアの頭……ヘッドショットで頭を吹き飛ばして殺す……その時、シルーシアが魔術を発動する予感がした。恐らく、風属性の魔術だ。爆風でも起こして距離を取るつもりだろう。
俺はシルーシアの一連の行動、流れを読み尽くし先回りした。
「【ディスペル】」
「っ!」
これでもう打つ手はないようで、特に何かしらの挙動も確認出来ない。
俺は矢を放った。
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