一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

ノーラと伝説

 俺が放った矢は距離的に放てばすぐ当たる距離だった……だが、それを突然現れた男に防がれた。
 索敵に引っかからなかった?俺はその場から飛び退き、シルーシアを守るようにして短剣を構える男から距離を取る。

「デュ……アリス……?」

 シルーシアがそう男のことを呼んだ……仲間のようだ。体格から武器、気配、物腰から暗殺術の使い手だと予想できた。流派は暗殺術には珍しい前衛で戦えるタイプのエコバキスタ流だと思われる。
 この流派は短剣で敵と交戦しながら隙を伺い、気配を殺して背後に回って一瞬で殺す……目の前でまるで消えてしまったかのような感覚になるらしい……相手の視線の動きを読み、的確に死角を突いてくる。そういう流派……。
 男は俺を睨みつけながら、片膝をつくシルーシアに言った。

「お前は下がれ。お前では手に負えん」

 そう言った後に、ワラワラと俺を取り囲むようにして敵兵士が集まってきた。厄介な……。

「くっ……」

 ゴネるかと思われたが、シルーシアは悔しそうな顔をしつつも大人しく下がった。
 俺はかなりの人数に囲まれているらしく、その上達人が相手ともなると少し警戒しなくてはならないようだ。
 俺は戦闘モードとなっている視点に映るマップ上で点々する敵の配置を把握し、瞬時に策を講じる。

「よし」

 俺の挙動に反応したさっきの男が、俺に接近してくると短剣を突き出した。恐らく、俺がシルーシアを弓で打ち負かしたから弓の使い手だと勝手に判断しての行動だろう……俺は男の攻撃を躱し、詠唱が必要ない簡単な魔術で男の足元でポコっと土を盛り上げた。
 男は俺に攻撃を避けられたことに驚き……足元がお留守になっていた。
 盛り上がった地面に足を取られてバランスを崩した男の腹部に強烈な膝を見舞い、悶える男の首を手刀でへし折った。
 それから俺は跳躍して体を捻り、男がやられたことに動揺した周囲の兵士達に向けて初級水属性魔術【ウォーター】で水を一帯にばら撒き、さらに中級雷属性魔術【サンダーウォール】で自分に雷耐性を付与した。それに続いて、地面に着地すると同時に中級雷属性魔術【サンダーゲイル】を発動……俺の周囲に電撃が迸り、水に濡れた敵兵士達は皮の鎧だろうが鉄だろうが……纏めて感電して絶命した。
 普通に電撃攻撃をしても感電するが……こっちの方が効率がいい。全く……密集する危険性が分かっていなかったのだろうか。雷属性の魔術のこの制圧力は正直いって、引くくらいには強力だった。

「さて」

 と、俺が視線を向けると……そこにはシルーシアがいた。

「デュアリス……」

 さっきの男の亡骸を見つめて、そう呟いた。それから暫く……俺が黙って見ているとシルーシアは俺を睨むでもなく、見つめるように俺に目を向けてきた。

「お前……お前はどうしてそんなに強い……?」

 目の前の少女は俺が強いという。俺は首を振った。

「別に……こんなもん誰だって出来る」
「そんなわけっ」
「出来る」

 否定しようとしてきたシルーシアの言葉を遮るように、俺は強い口調で言った。

「知らないと……怖いだろう?俺、臆病者だから……さ。色々、知るために頑張って……」

 何が言いたいのか分からなくなって、非常に支離滅裂なことを俺は口走った。だが、何故だろう……上手く言葉に出来ないくせに、言葉にしようと俺の口が勝手に動くのだ。

「お前は俺を強いという……だけどな、お前は知らないからそんなことを言えるんだ……本当に強い奴をお前は知らない」

 俺の脳裏にふと、不敵な笑みを浮かべた女が思い浮かんだ。思い出すだけでも、鳥肌が立つ……俺がどれだけ知恵を磨き、いろいろなことを知り、自分の全てを使い尽くしても勝てなかった本当の化け物を俺は知っている。

「それでも……お前はオレを倒したじゃねぇか……お前言ったよな?自分たちの後ろには守りたいものがあるって……オレにだってな……守りたいもんがあるんだよ。だから、こんなところで……お前に負けてやれるかよっ」

 シルーシアはそう言って激痛であろう肩を動かして、俺に弓の照準を合わせた。そして息を大きく吸って叫んだ。

「全軍っ!この男を殺せ!」
「っ!」

 シルーシアの号令が届き、後手控えていたシルーシアの軍が動いた。先程までの光景を見ていたようだが、それでも臆する様子はなく前衛に魔導機械マキナアルマを置いて、突撃してきた。
 まずい……。
 シルーシアの表情に浮かぶのは必死さだった。こういうキャラはやはりいい奴だという相場はあっているようだ。
 さすがに焦って、額に脂汗を流しているところに……俺の後方からエリリーの声が轟いた。

「グーレーイー!!!」
「っ!」

 俺が視線を向けると、沢山の軍隊を従えたエリリーがいた。約束通り来てくれ……え?と、俺はエリリーの隣にいた人物に驚いて目を見開いた。
 闇色の髪を靡かせて……自信満々に立つ美女……。

「クロロ……」

 思わず口に出たその名前……何とも頼もしい奴が来てくれたんだ。クロロは俺のところまでくると、シルーシアと対峙した。

「すみません……遅れてしまって。傭兵の依頼がギルドに来るのが遅く、手続きに手間がかかりまして……」
「いや、助かったよ……クロロ」

 ふと、シルーシアの命令で進撃を開始してきた敵の魔導機械マキナアルマが俺たちに向かって仕掛けてきた。鉄の塊が頭上に影を落とし、俺とクロロは咄嗟にその場から飛び退く。
 遅れて、エリリーが指揮を取る兵士達が走ってきて敵兵士達と交戦を開始した。

「若いもんだけに任せられるかい!」

 と、俺よりも階級の高そうな皮の鎧の兵士がそう叫んだ。よし……と、俺は隣で刀を抜き放ったクロロに目配せした。

「俺たちであのデカイのをなんとかしよう」
「そうですね……って、なんだか昔を思い出しますね。この状況で不謹慎ですけど……」

 確かに、似たようなシチュエーションがあった気がする……と、

「来るぞ!」

 俺の合図で再びクロロが飛び退き、俺は【ブースト】を発動させて錬成術で剣を作って魔導機械の攻撃を受け止めた。全ての衝撃を地面へと流す。が、魔導機械自体の重さに俺が耐えられるわけではない。ぐっと、堪えるが徐々に押されていく。そこへクロロが魔導機械の操縦者を両断してくれた。

「ナイス……」
「いえ、お互い様ですよ」

 俺はクロロに感謝しつつ、次の魔導機械へ剣の矛先を向けた。
 むぅ……人間相手なら手札は多いが魔導機械に関しての知識は残念ながら俺は持ち合わせていない。何せ、バニッシュベルト帝国にしかない知識なのだ。他国でも模倣品はあるにはあるが、あんなもん劣化版すぎて使い物にならない……。
 八年前の戦争でオーラル皇国が持ち出したのも実はバニッシュベルト製品だという話もあるし……詰まる所、魔導機械に対して俺は特に対策が練れないわけだ。
 くそ……なんで霊峰にそういう人がいなかったんだか……いねぇか。
 そうやって、俺とクロロのコンビで魔導機械を倒していき……戦況は自軍の有利に傾い出す。

「おい!あの小僧と姉ちゃん強いぞ!」
「おお!あの二人に続くんだ!」
「「おぉ!!」」

 俺たち二人に兵士達の士気が高まる……と、ここで俺はシルーシアの気配がないことに気がついた。
 あの野郎……どこにら行ったんだ?
 俺が首を捻っていると、敵兵が白旗を挙げていた。シルーシアの率いていた師団が降伏を宣言したということだ……その事実に兵士達が歓喜に声を張り上げる。
 もちろん、それをエリリーが一喝するわけだが……なぜなら、まだ戦は終わっていない。シルーシアがどこへ行ったのか気になるが……だが、達人が率いていた師団を一つ落としたのは大きい。
 自軍の被害も大きいが、ここで終わることなど出来ない。
 エリリーの命令で、他のところへ兵士達が増援へ回り始める。もちろん、俺とクロロも増援に回るために移動を開始した。

「戦況は……こちらが勝っているようですね」

 走りながら、クロロは俺に言った。

「あぁ……勝てるかもな」
「かもって……」
「絶対はありえないからだよ……ん?」

 と、そこで俺は一度立ち止まり……空に浮かぶノアに目を向けた。なんだ?この違和感……これは今までの知識からくる予感ではなく、完全に勘だが……何か……そう、空気が変わったとでも言うような……。

「どうしましたか……?」

 クロロが訝しげに訊いてくる……それでもジッとノアを見ていて……やがて、ノアの前方に付いている巨大な砲台に大量の魔力があつまってきているのを視界に捉えた。
 まずいって!!

「ヤバイヤバイ!あれはヤバイ!えっと……えっと……ダメだ!何も思いつかねぇ!」

 知らないと勝てない……でも、知ってれば勝てることはある。例えば、さっきまで俺が二人の達人を圧倒したように……あれは、俺が二人の流派を熟知していたからだし、前世での知識が役に立ったからだ。ツンデレエルフの思考を掌握したのもまさにそれなのだが……いや、待てよ?前世の知識から引っ張れば、あれもなんとかならないだろうか……とか思っていると、やがて不審に思ったクロロがノアを見て叫んだ。

「あ、あれは……まさか……魔力砲!?そんなっ、こんなに敵味方が入り乱れている中で!?み、みなさん上を!!」

 クロロが注意を促すと、それに気がついた兵士が敵味方関係なくノアを見て……そして戦場に静寂のを波紋が広がったかと思うと阿鼻叫喚の絶叫が支配した。

「ど、どうして魔力砲が!?」
「そ、そんなぁ!味方まで殺す気がよぉ!?」

 さっきまで争っていた奴らも武器を捨てて、慌てて逃げようとする……王国軍に関しては王都へ逃げれば【アマルジア】で守られるが……果たして、帝国軍ばどうなるのだろう。とはいえ、このままでは逃げ遅れてこっちがパーだ。
 俺は持てる知識をフル回転させた。


 〈王国軍・帝国軍前線〉


 時は少し遡り……グレーシュが空中に現れた男を蹴り飛ばしたころである。ちょうど、その時……ノーラの師団は前線で帝国軍と交戦をしていた……そんな折に空から物凄い勢いで人が降ってきて、それは辺り一帯に巨大な衝撃を生み、岩盤を引っくり返らせた。

「きゃっ!?」

 ノーラはあまりの衝撃に地面に手をついて耐える。やがて、衝撃が収まると辺りはめちゃくちゃになっていて、敵も味方も何名か負傷しているようだ。
 ノーラは一体何事かと剣を構えつつ、降ってきた何かから異様な気配を感じ取って警戒を一気に跳ね上げる。

「気を付けて!一旦前線を後退させて!」

 ノーラの指示に前線が後退……だが、敵に動きはない。恐らく、敵も降ってきた何かが気になるのだろう。
 暫く土煙で見えなかったその何かぎ、ようやく見えるようになって敵国兵士が驚いたように叫んだ。

「べ、ベルリガウス様……!?」
「ベルリっ……」

 思わずノーラは復唱しようとして言葉に詰まり、それからいつでも攻撃出来るようにしておく。
 ベルリガウス・ペンタギュラス……伝説級の実力者という……男だ。ノーラもその名前を聞いたことがあり、まさかこんなところでそのような大物と出喰わすなどと考えたこともなかったため、緊張と恐怖から剣先が震える。
 と……、

「ぐ……がぁ…」

 土煙が完全に晴れたと思ったら、地面にめり込むような体勢でベルリガウスが瀕死の重傷を負っていたのだ。これには帝国兵士もビックリだった。
 ベルリガウスがピクピクと身体を痙攣させてから、ユラリと立ち上がる……そして、再びその場で膝をつき、血を吐いた。

「ぐぉ……ぎぎっ……この俺様がたった一撃で……まずい……このダメージはっ」
「ベルリガウス様!」

 敵国兵士はベルリガウスに肩を貸そうと……、

「さわるんじゃねぇよぉ!!」

 ベルリガウスが迸らせた電撃によって、その兵士は塵となった。その光景にノーラは恐怖を覚えた……覚えたが、それと同時にこんなことを考えた。

「よ、弱ってる?なんかよく分かんないけど……今なら、ウチでも勝てる……かも……?」

 もしも、この男をここで倒すことが出来たら?ベルリガウスの噂はよく聞く……気まぐれに国を滅ぼしに行ったり、私利私欲のために暴虐の限りを尽くす……傍若無人というより暴虐無人……それがお似合いだ。
 だからこそ、ノーラは考えた。そんな奴をここで倒せれば、きっと……救われる人が多い筈だと。
 まさかここにベルリガウスが来ているとは思わなかったが、それでもこんなに弱っている今なら……と、ノーラは剣を強く握りしめ、矛先をベルリガウスに向けた。

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