一兵士では終わらない異世界ライフ
まどろみのソニア
〈ソニア・エフォンス〉
湖に映る自分の姿を確認し、あたしは身嗜みがしっかりしているか?とか色々と整えた。
バッチリ……かな?
「よし!」
弟のグレーシュ……グレイとお母さん、二人と一緒にあたしはイガーラ王国の王都イガリアの中央に聳える王城のさらに中央にある王宮にて、王宮治療魔術師として働くことなった。それが数週間ほど前のこと……「雷帝の戦」が終わり、今は傷付いた兵士達の看病やら治療で忙しい。
あたしは王宮治療魔術師……の見習いとして今日も朝早くから王宮へ出勤だ。
郊外にある我が家のお屋敷から数キロ離れたところにある王宮までは徒歩三十分かかるが、街中馬車を使えば二十分で着く。
街中馬車は文字通り街中で使われる馬車であり、馬車と言っても一人二人が乗れるほどの大きさで、馬もヒップホースという小さいけれど馬力のある馬を使っているので殆ど道の邪魔にならないようになっている。
距離によるが、大体銀貨一枚程度……あたしは準備を整えて屋敷を出ると、そのまま街中までテレテレと歩き、朝早くから営業している懇意の街中馬車の御者さんにいつものように王宮まで送ってもらう。
馬車の中でユラユラと揺らされながら、あたしは今の我が家に関して色々と思考を巡らせた。
今の我が家に不満があるわけではない。冒険者のクロロさん達がいて、お母さんがいて、グレイがいて、そして幽霊のシェーレちゃんもいてとても賑やかで楽しい。広くて住みやすいし……だからこそ、あの家はとても高価格だったのではないかといつも考えずにはいられない。
あの家を購入したのはグレイだが、当の本人は幽霊屋敷だったから安かったよ〜なんて言っていた。それもあるだろうが、それでもそんなに安いはずもないだろう。一体どうやって、あのお屋敷を購入できる資金を集めたのだろうとあたしは今でも考えるが、答えの出ない問題なので、あたしはいつものようにこの解けない問題を放棄した。
暫くして、王城へ到着したので運賃を御者さんに支払いテレテレと王宮へ入ったあたしは早速、王宮治療魔術師の仕事場へと足を運んだ。
仕事場は王宮治療院で、主に兵士なら階級の高い爵位持ちの方々がいらっしゃる。今回、治療院へ来ていたのはオルフェン・リッツ大師兵……その他にも名高い貴族の出である兵士の方々がお見えになられていた。
あたしは直ぐに治療院の裏……治療魔術師のいる控え室的なところにいって、そこにいた先輩方に挨拶をした。
「おはようございます!」
きっちりお辞儀して、頭を上げると先輩治療魔術師のリンナ・コウトバッツさんが、木椅子に座ってテーブルに頬杖をつきながら、チラリと視線だけあたしに寄越して、口元にうっすらと笑みを浮かべながら口を開いた。
「おぉ!おはよう、ソニアちゃん!今日も可愛いね〜」
リンナ先輩はバッ立ち上がり、あたしに飛びついてそう言った。
リンナ先輩は身長があたしよりも低く、歳はあたしよりも上のはずなのに子供っぽい容姿と性格をしている。そんな姿が可愛くて、あたしは口元をニヘラーとさせながら、リンナ先輩の赤褐色の癖っ毛をサワサワした。
「や〜ん、ソニアちゃんテクニシャン……」
リンナ先輩はあたしが頭を撫でると、いつもこうして身を委ねてくれる。やばい……カワユス……。
「やあやあ、ソニアちゃん!今日も元気が……いいじゃない、か」
リンナ先輩の次に現れたのは、あたしのもう一人の先輩治療魔術師……エリオット・シュラーゲンさん……グレイと同じ黒髪だが瞳は赤く、肌は色白だ。そして、とんでもなく整った容姿をしており、身長も高いのでモテそうな人だ。
だが、あたしはこの人が苦手だった。
「いや〜今日も君は美しい、ね」
流し目をしながら、エリオット先輩はあたしの肩を抱いて言った。それでも構わず、リンナ先輩があたしに抱きついてくるので、エリオット先輩に触られた嫌悪よりも心が早く癒される。
「触らないでください、エリオット先輩」
「なんだい?相変わらずつれないね〜君、は」
また流し目をしながらエリオット先輩はそう言った。
あたしが、この人が苦手なのははっきり言えばウザいからなのだろう。一々流し目を使うし、止めてと言っても隙を見ては身体に触ってくる。本当に止めて欲しい……あたしは可愛いものが好き!イケメンはお呼びじゃないの!やめて!近づかないで!と、叫びあげたい。
「き、傷つくな〜……でも、またそれが……いい」
おっと、どうやら思っていたことが口に出ていたらしい、あたしはわざとらしく口元手で隠すようにして上品に笑って見せてからエリオット先輩を引き剥がしにかかる。
だが、エリオット先輩は譲らずに強引に肩を抱いて引き寄せる。
「止めてくださいって言ってますよね!?」
「全く……君も素直じゃない、ね。本当はそう言いながら内心では照れているだけなのだろう?分かっている……分かっている、よ!」
「違います」
あたしはきっぱりとそう言って、エリオット先輩を突き飛ばした。
「おっとと……君、仮にも僕は貴族なんだ、けど?」
「…………」
そう、エリオット先輩は貴族……しかも伯爵だ。こんな態度をとっていい筈がない。
「あたしが悪いわけじゃないですから。それに、もしもエリオット先輩が権力を翳してくるというのなら……」
というところで、あたしは言葉を区切って微笑んだ。
「と、というのならなんだい?なんだというのだい!?言っておくれよ……怖いじゃない、か?」
それでもあたしは笑みを崩さない。
あたしに何かあれば、必ずあたしの弟が駆けつけて……そしたらエリオット先輩は殺されてしまうかもしれない。権力を翳してくるエリオット先輩を擁護する気もあたしにはない。
あたしの弟は、容赦ない……普段あたし達の前では温和で可愛くて優しい弟だけど、戦場では別だった。あたしは知ってる……戦場での弟の顔を……容赦なく殺せるのだ、人を。
そんな弟に恐怖していた時があったにはあったが、それでも直ぐにそれは恐怖から弟への深い愛情に変わっていたのかもしれない。
弟が戦うのはあたし達のため、弟が殺すのはあたし達のため、弟が怒るのはあたし達のため、弟が悲しむのはあたし達のため……そして、いつしかあたしは弟の全てがあたしのためにだけなって欲しいと密かに思い始めていた。
誰にも言えない、言いたくない。誰かとこの想いを共有するなんて考えられない。おかしいかもしれない、狂っているかもしれない……それでも、あたしはこの想いを断ち切ることが出来ないでいる。
あたしは……あたしは弟が、グレイが、グレーシュ・エフォンスが好きなのだ。
愛していると言ってもいい。家族として?いえ、違う……一人の男性として。
どうして?と聞かれても答えに詰まってしまう。自分でおかしいと分かっているし、壊れているかもしれないと思うけれど、それでも押し殺すことは出来ない。
あたしはいつからこれほどまでに弟のことが好きになったのだろう……分からない。約束を交わしてからなのか、それとも戻ってきてからなのか……分からないけれど、あたしがグレイの居なかった八年間、ただあの約束を守りたくて、グレイが傷ついてもあたしが側にいて癒して上げられるようにずっと頑張ってきたことだけは確かだ。
そう考えると、あたしはずっと昔から既にグレイが好きだったのかもしれない。
さあ、今日も一日お仕事!頑張って仕事しないとね!
湖に映る自分の姿を確認し、あたしは身嗜みがしっかりしているか?とか色々と整えた。
バッチリ……かな?
「よし!」
弟のグレーシュ……グレイとお母さん、二人と一緒にあたしはイガーラ王国の王都イガリアの中央に聳える王城のさらに中央にある王宮にて、王宮治療魔術師として働くことなった。それが数週間ほど前のこと……「雷帝の戦」が終わり、今は傷付いた兵士達の看病やら治療で忙しい。
あたしは王宮治療魔術師……の見習いとして今日も朝早くから王宮へ出勤だ。
郊外にある我が家のお屋敷から数キロ離れたところにある王宮までは徒歩三十分かかるが、街中馬車を使えば二十分で着く。
街中馬車は文字通り街中で使われる馬車であり、馬車と言っても一人二人が乗れるほどの大きさで、馬もヒップホースという小さいけれど馬力のある馬を使っているので殆ど道の邪魔にならないようになっている。
距離によるが、大体銀貨一枚程度……あたしは準備を整えて屋敷を出ると、そのまま街中までテレテレと歩き、朝早くから営業している懇意の街中馬車の御者さんにいつものように王宮まで送ってもらう。
馬車の中でユラユラと揺らされながら、あたしは今の我が家に関して色々と思考を巡らせた。
今の我が家に不満があるわけではない。冒険者のクロロさん達がいて、お母さんがいて、グレイがいて、そして幽霊のシェーレちゃんもいてとても賑やかで楽しい。広くて住みやすいし……だからこそ、あの家はとても高価格だったのではないかといつも考えずにはいられない。
あの家を購入したのはグレイだが、当の本人は幽霊屋敷だったから安かったよ〜なんて言っていた。それもあるだろうが、それでもそんなに安いはずもないだろう。一体どうやって、あのお屋敷を購入できる資金を集めたのだろうとあたしは今でも考えるが、答えの出ない問題なので、あたしはいつものようにこの解けない問題を放棄した。
暫くして、王城へ到着したので運賃を御者さんに支払いテレテレと王宮へ入ったあたしは早速、王宮治療魔術師の仕事場へと足を運んだ。
仕事場は王宮治療院で、主に兵士なら階級の高い爵位持ちの方々がいらっしゃる。今回、治療院へ来ていたのはオルフェン・リッツ大師兵……その他にも名高い貴族の出である兵士の方々がお見えになられていた。
あたしは直ぐに治療院の裏……治療魔術師のいる控え室的なところにいって、そこにいた先輩方に挨拶をした。
「おはようございます!」
きっちりお辞儀して、頭を上げると先輩治療魔術師のリンナ・コウトバッツさんが、木椅子に座ってテーブルに頬杖をつきながら、チラリと視線だけあたしに寄越して、口元にうっすらと笑みを浮かべながら口を開いた。
「おぉ!おはよう、ソニアちゃん!今日も可愛いね〜」
リンナ先輩はバッ立ち上がり、あたしに飛びついてそう言った。
リンナ先輩は身長があたしよりも低く、歳はあたしよりも上のはずなのに子供っぽい容姿と性格をしている。そんな姿が可愛くて、あたしは口元をニヘラーとさせながら、リンナ先輩の赤褐色の癖っ毛をサワサワした。
「や〜ん、ソニアちゃんテクニシャン……」
リンナ先輩はあたしが頭を撫でると、いつもこうして身を委ねてくれる。やばい……カワユス……。
「やあやあ、ソニアちゃん!今日も元気が……いいじゃない、か」
リンナ先輩の次に現れたのは、あたしのもう一人の先輩治療魔術師……エリオット・シュラーゲンさん……グレイと同じ黒髪だが瞳は赤く、肌は色白だ。そして、とんでもなく整った容姿をしており、身長も高いのでモテそうな人だ。
だが、あたしはこの人が苦手だった。
「いや〜今日も君は美しい、ね」
流し目をしながら、エリオット先輩はあたしの肩を抱いて言った。それでも構わず、リンナ先輩があたしに抱きついてくるので、エリオット先輩に触られた嫌悪よりも心が早く癒される。
「触らないでください、エリオット先輩」
「なんだい?相変わらずつれないね〜君、は」
また流し目をしながらエリオット先輩はそう言った。
あたしが、この人が苦手なのははっきり言えばウザいからなのだろう。一々流し目を使うし、止めてと言っても隙を見ては身体に触ってくる。本当に止めて欲しい……あたしは可愛いものが好き!イケメンはお呼びじゃないの!やめて!近づかないで!と、叫びあげたい。
「き、傷つくな〜……でも、またそれが……いい」
おっと、どうやら思っていたことが口に出ていたらしい、あたしはわざとらしく口元手で隠すようにして上品に笑って見せてからエリオット先輩を引き剥がしにかかる。
だが、エリオット先輩は譲らずに強引に肩を抱いて引き寄せる。
「止めてくださいって言ってますよね!?」
「全く……君も素直じゃない、ね。本当はそう言いながら内心では照れているだけなのだろう?分かっている……分かっている、よ!」
「違います」
あたしはきっぱりとそう言って、エリオット先輩を突き飛ばした。
「おっとと……君、仮にも僕は貴族なんだ、けど?」
「…………」
そう、エリオット先輩は貴族……しかも伯爵だ。こんな態度をとっていい筈がない。
「あたしが悪いわけじゃないですから。それに、もしもエリオット先輩が権力を翳してくるというのなら……」
というところで、あたしは言葉を区切って微笑んだ。
「と、というのならなんだい?なんだというのだい!?言っておくれよ……怖いじゃない、か?」
それでもあたしは笑みを崩さない。
あたしに何かあれば、必ずあたしの弟が駆けつけて……そしたらエリオット先輩は殺されてしまうかもしれない。権力を翳してくるエリオット先輩を擁護する気もあたしにはない。
あたしの弟は、容赦ない……普段あたし達の前では温和で可愛くて優しい弟だけど、戦場では別だった。あたしは知ってる……戦場での弟の顔を……容赦なく殺せるのだ、人を。
そんな弟に恐怖していた時があったにはあったが、それでも直ぐにそれは恐怖から弟への深い愛情に変わっていたのかもしれない。
弟が戦うのはあたし達のため、弟が殺すのはあたし達のため、弟が怒るのはあたし達のため、弟が悲しむのはあたし達のため……そして、いつしかあたしは弟の全てがあたしのためにだけなって欲しいと密かに思い始めていた。
誰にも言えない、言いたくない。誰かとこの想いを共有するなんて考えられない。おかしいかもしれない、狂っているかもしれない……それでも、あたしはこの想いを断ち切ることが出来ないでいる。
あたしは……あたしは弟が、グレイが、グレーシュ・エフォンスが好きなのだ。
愛していると言ってもいい。家族として?いえ、違う……一人の男性として。
どうして?と聞かれても答えに詰まってしまう。自分でおかしいと分かっているし、壊れているかもしれないと思うけれど、それでも押し殺すことは出来ない。
あたしはいつからこれほどまでに弟のことが好きになったのだろう……分からない。約束を交わしてからなのか、それとも戻ってきてからなのか……分からないけれど、あたしがグレイの居なかった八年間、ただあの約束を守りたくて、グレイが傷ついてもあたしが側にいて癒して上げられるようにずっと頑張ってきたことだけは確かだ。
そう考えると、あたしはずっと昔から既にグレイが好きだったのかもしれない。
さあ、今日も一日お仕事!頑張って仕事しないとね!
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