一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

殺人事件

 –––???–––


 あぁ……あぁぁぁぁぁああああ!!
 美しい……一目見て、自分の脳が震えたのを感じた。
 美しい……貴女のその隣にこの私を置いて欲しい。
 美しい……その金髪、身体、瞳、脚、美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい。

「キヒヒ……こんなところでお目にかかれるとは思わなかったデス。キヒヒ、キヒヒ」

 キヒヒ、キヒヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒ。

「しかし、まさかまさかまさかまさかまさかまさか……この私の傀儡が……いえ、いえいえいえ……一階神ソルディアの力の一部があるならそれもそうでしょう、でしょうでしょうデス」

 キヒヒ、キヒヒ、キヒヒキヒヒ。

「この私の物に……この私の傀儡おもちゃに……して、してしてして……キヒヒ。ソニア……ソニア・エフォンス……キヒヒキヒヒヒヒヒヒヒヒ。

 必ず貴女を私の物にするデス!」

 狂気を纏うこの男の名前はバートゥ・リベリエイジ……この自然界における生物の終着点である"死"という概念を超越した伝説級の死霊術師……『屍王』バートゥ・リベリエイジ。
 バートゥは傀儡と共有していた視覚情報で得た、美しい女性の姿を見て恋い焦がれた。狂気、狂ったようにその女性を求め、バートゥは自身が持つ、六六六体の死んだ傀儡達を操り出した。
「さあ……さあさあさあさあさあさあさあさあ〜この私、わたしわたしわたしが、迎えにいくデス……良い子に待っているデス!」

 キヒヒ、キヒヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒ。


 –––グレーシュ・エフォンス–––


 雷帝の戦と呼ばれたバニッシュベルトとの戦いが終わって暫く……そろそろ俺の昇級的な話が上がってもいんじゃね?と思ったところで今日もお仕事にレッツラゴー……ソニア姉は朝から王宮治療魔術師のお仕事で出ており、ラエラ母さんも俺が起き上がった頃には治療院に行ってしまった。
 戦争が終わっても事後処理がある……戦って傷付いた兵士とか、俺とかは戦争が終わったばかりということでお休み……近く祝勝会とかもあるらしく、葡萄酒が飲み放題!いえーい!みたいな気分だ。
 とりあえず、俺は詰まる所暇なのである。
 階級が上な人は忙しいらしいが、階級の低い私たちはとにかく暇だ。まあ、戦場だと比較的に前線に立たされるのだからそれくらいは……って、僕は弓兵だから後方担当でした☆
 俺は広々スペースな食事場で優雅に紅茶を飲んでいる。ずずっ……と、紅茶を啜っているとユラユラと漂うようにしてこのお屋敷の家事全般をこなしてくれている幽霊少女……シェーレちゃんが食事をポルターガイスト的な力で運んで来ていた。
「おはよ、シェーレちゃん」
 俺が努めて優しい声音で挨拶の言葉を述べると、シェーレちゃんは少しだけ照れ臭そうに顔を引いてから言った。
「お、おはよう……ござい……ます」
 シェーレは言いながら、食事をテーブルに置いてくれた。おやおや……今朝の食事はおパンパンとおスープとおおぉ……。
 パンは小麦からのもので、スープはそれに合わせて……ちょっとパンチの効いた感じの味だった。
 俺は食べ終えると椅子から立ち上がって某ゲーム風に両手をガバッと挙げて効果音を口ずさんでみた。
「体力と気力が増えた!」
「そ、そう……です……?」
 シェーレちゃんはそんな俺を不思議そうに眺めていた。と、そこにテレテレとバイオキャットという魔物のユーリが歩いてきて、シェーレちゃんは直ぐにユーリの食事を出した。
 うちに住んでいる幽霊はとっても万能だった。
 ユーリに続いて、一緒にこの俺が買った屋敷で暮らしている冒険者のクーロン・ブラッカス……ワードンマ・ジッカ、アルメイサ・メアリールが朝食を食べにトボトボ歩いてきた。


 –––☆–––


「それにしても……まさか一つの街に居座ることになろうとは思わなかったのじゃ」
「ん?」
 と、俺は紅茶を飲んで一息吐いて言ったワードンマに首を傾げた。いや、言っている意味は分かっている……冒険者なんて言ってしまえばフリーターみてぇなもんで、安定した収入はないし、命の危険が伴うことばかりだ。
 冒険者にとって大事なのはいざとなったときのための助け……つまりは繋がりが必要なのだ。それは一つの街に留まるよりも、他の街を渡り歩いて広げるべきものなのだが……。
「本当にね……まあ、私は今の生活を気に入っているけれどねぇ?」
「そうですね……私も、悪くないです」
 アルメイサとクロロはそう言って笑った。まあ、こいつら働いてないわけじゃないし……家事も手伝ってくれるから言うことがない。シェーレちゃんとも仲良くしてるし、ラエラ母さんやソニア姉とも……。
「まあまあ、いつか出て行ったとしてもいつでも帰ってきてくださいよ」
 俺が言うと三人は顔を見合わせて、それから苦笑混じりに頷いた。
 さて……とそんなところで、俺もそろそろお仕事に行かないとと思い、準備を済ませて屋敷を出る。
 まだ昇り始めた朝日……それでも確かな力強さを持って俺を照らしていた。なんだか、今日は良いことがあるかもしれない……そんな予感をさせる朝だった。


 –––☆–––


 王城のところまでいくと、入り口から少ししたところで人集りが出来ていた。なんだろう?と、人集りの中にスカッシュ先輩がいた。雷帝の戦で肩を負傷したらしいが大事には至っていなかった。
 俺はスカッシュ先輩のところまで行って、声を掛けた。
「スカッシュ先輩」
「ん……お、グレイか!」
 スカッシュ先輩は俺と認識すると表情を明るくさせた。
「これ、どうしたんですか?」
 訊くと、スカッシュ先輩は神妙な面持ちに唸り、よく分からないがと一つ前置きを置いて答えた。
「王宮治療院で殺人事件だとよ……ほら、うちの師団の大師兵にオルフェン・リッツっていただろ?」
 オルフェン・リッツ……マリンネア大師団の大師兵で、伯爵位を持つ人だ。あまり良い噂は聞いていなかったが……まさか。
「その人が?」
「おう……物騒なもんだねー戦争が終わったばっかだってのによ。あ、それはそうとお前!」
「え?なんですか?」
 急に眉間に皺を寄せたスカッシュ先輩が少し忌々しそうに俺を睨み、こう言った。
「お前、ノーラント少師兵殿とエリリー小師兵殿の二人と幼なじみらしいじゃねーかよ!」
 げっ!どっからそれ漏れた!
 俺は額に脂汗を滲ませた。
「ちょ、スカッシュ先輩!声が大きいです……」
 俺は失礼だと分かっていながらも、一度静かになってもらうべくスカッシュ先輩の首に腕を回して姿勢を低くし、それから俺はスカッシュ先輩の耳元に囁いた。
「隠してるんですから……やめてくださいよ……」
 その通り、俺は幼なじみであることを隠している。バレると厄介なのだ。どう厄介かと言うと、上司と仲が良いと妬む輩が出てくるのが一つ、二人が可愛いからそれで妬む輩が一つ……まあ、その他もろもろ面倒だから言わないでいたのに……と、俺の言葉にスカッシュ先輩が反応して口を開いた。
「隠してるだー?つっても、二人が公言してたぞ……」
「え?」
「グレイは私たちの幼なじみ〜って上機嫌に。お前がベルリガウスを討ち取ったとかなんとかって言ってたけど……嘘だよな?お前、四等兵士だし〜」
「あー……いえ、ベルリガウスは僕が」
「いいからいいから……直ぐに剥がれる嘘はつかない方いいぞ?幼なじみだから裏で根回しして昇級してもらったーって思う奴は少なくないと思うぞー」
 スカッシュ先輩の言葉に俺は思わず詰まった。それはヤダ……折角ここまでペコペコと媚を売って取り入って気に入ってもらっているというのに、折角波風立たないようにしているというのに……うわぁ、面倒だ。さっさと昇級してお金を稼ぐ!というのは念頭にあったが、波風立てるのは宜しくない。
 確か、今日辺りで功労者の報告があった筈だ……理由としては事後処理の所為だ。なにせ、いきなりの戦闘だったために武器や防具、それに人事に関しても色々と手順をすっ飛ばしての戦だったのだ。各師長は支出に頭を悩ませていることだろう……そんな中で、やれ彼奴がこんな活躍した!とか、これこれこうこう何人殺した!などと何千もの報告を受けて昇級を考えてやる師長の忙しさと言ったら……とはいえ、これだけの大戦だ。だれがどんな活躍をしているのかはよく分からないし、あんまりショボい戦果を挙げた者を昇級するのも財布から鳩を飛ばせるだけだ。そのための祝勝会であり、今回の昇級に関しては本当に一部のものだけとなるだろう。
 師兵達もそれを分かって、人数を絞っている……そしてノーラやエリリーが俺の名前を出さないわけがない!あの二人、自分で言うのは非常にナルシストだと自分でも思っているが、とにかく俺のことを崇めている節がある。目標とか……そんな感じでもあるが、とにかくどうも俺には常に格好良くあって欲しいのだと思う。それが、今回俺と二人の間に溝を作った原因であるのだが……まあ、その話はどうでもいい。
 二人は絶対に俺のことをマリンネア大師長に報告する……間違いない。そして、伝説の一翼を倒したのだ。まさか一、二階級の特進で済むわけが無い。
 あ、やべぇ……これ波風が立たないわけがない。伝説を俺が倒したなんて信じない人はさっきのスカッシュ先輩の姿を見ても多いのが丸わかりである。
 それに、あの場には俺以外にもいたのだ。それこそノーラやエリリーが……あの時、ベルリガウスの脅威に兵士達は逃げ惑っていたのだ。それでも一瞬だけ俺を見た奴なら、あの場でベルリガウスを倒したのは俺ではなくエリリーやノーラ……そう思うだろう。身近な人物でしかも、自分の上司で強い剣士……俺が倒したというよりも二人が倒したといった方が説得力があるのだ。
 うへぇ……どうしようと俺は頭を巡らせた。
 だからだろう……この人集りを作っていた理由を……殺人事件のことを考えることをしなかったのは。そして俺は、はて?と気付いた……王宮治療院で殺人事件……王宮治療院はソニア姉・・・・が働いている職場じゃなかったか?
 と……、
「この大罪人が!」
「うっ……」
 警備兵の格好をした男が数人……美しい金髪をした綺麗な女性の両腕を拘束して無理矢理地面に這いつくばらせ、その女性の目の前には怒りを露わにした丸いレンズの眼鏡を掛けた、灰色の髪をストレートに伸ばした女性が立っていた。
 我が人物ディクショナリーにその女性が……いた。オルフェン・リッツ付きの秘書とでも言うべきか……名前はカリフォーリナ・テンス……吊り上がった目と同様にキツイ性格で、良い噂を聞かないオルフェン・リッツと同じで、こっちも良い噂を聞かない。
 そして……地面に這いつくばらせられているのは、間違いようもなくソニア・エフォンス……俺の姉だった。
 俺は一度目元を擦ってみた。だが、その光景が変化することはない……。
「うそやん……」
 周りの反応も俺と同様で、「うそ……だろ?俺たちの天使が……」とかなんとか……え?ソニア姉って有名なのか?確かに可愛いけど……確かに可愛いけど……大事なのかことなので二回言いました☆
 じゃなくて……。
 ふとカリフォーリナが這いつくばるソニア姉の頭をヒールで踏もうとしていたので、俺は片足立ちになっているカリフォーリナに詠唱のいらないような簡単な魔術を行使する。
 ボコッとカリフォーリナの軸足の真下の地面がもりあがり、それだけでカリフォーリナはバランスを崩して後ろ向きにすっ転んだ。後頭部……大丈夫かな?
 後頭部を結構強く打ったはずだが……しかも、割と地面は硬いレンガだし……幸いなことにカリフォーリナは涙目で、「なんなのよ!これは!!」と怒声を上げたので大事には至っていないようだった。
 たん瘤くらいはありそうだけど……俺は醜態を晒して顔を真っ赤にしてギャーギャーと喚くカリフォーリナが目立って、周囲の視線を集めていることを確認して隠密スキルを発動する。
「うわぁ……ありゃあ痛そうだなー。って、グレイ?」
 ギャーギャー煩いカリフォーリナに目を奪われていたスカッシュ先輩は突然目の前で消えた(ように見えた)俺を探すようにキョロキョロと見回すが見つからないようだ。目の前に普通に立ってるんですけど……ま、まあいいや。それだけ俺の隠密スキルが完璧ってことだからね!俺の影が薄いとかそんなことないからね!
 俺は気配を消しつつ、ソニア姉の近くまで行く。ソニア姉は困惑した表情で、頬に汗を流して状況を整理していることが表情から読み取れた。となると、ソニア姉の過失ではないということか……そもそもソニア姉が殺人事件など起こすわけがないと思っていたが一応確認だ。そうなると、この状況なんだ?今すぐにでもソニア姉から警備兵を引き剥がしたいが、ここで俺が暴れると今後のソニア姉の立場的に宜しくない、それにラエラ母さんの立場も……。
 今は我慢……耐えるしかない。
 証拠を集め、ソニア姉の潔白を証明し、ソニア姉を踏みつけようとしたあのクソ眼鏡は……あぁ、いや……身の潔白を証明できるだけでいいだろ、俺……ソニア姉が踏まれそうになった一瞬、全てを投げ捨てて奴を殺してやろうかと思いかけたが踏みとどまれたのは、やはりソニア姉やラエラ母さんのことを思ってのことだった。
 とはいえ……と、俺は顔を真っ赤に染めてキーキー喚くカリフォーリナを見て眉を寄せた。
 今のままだと探索パートに入る前にゲームオーバー……ソニア姉がこの場で処刑され、ショックで俺も死ぬ。まずは、この場を乗り切ることが大事だが、カリフォーリナは爵位持ちで、一階の兵士でしかも平民の俺の話を聞くわけがないし、むしろ無礼を働いたとかで一瞬で首を飛ばされそうである。
 俺が打開策を考えているところで、カリフォーリナがついに怒りの矛先をソニア姉に向けた。
「この……女が!!」
 カリフォーリナはツカツカと這いつくばるソニア姉のところに歩み寄り、そして警備兵の腰から剣を引き抜いた。誰もが息を飲み、ソニア姉に死が降りかかろうとした時に目を瞑る……ふざけんな。
 俺は隠密スキルを解いて、カリフォーリナの剣を手の甲で弾き、それでよろめいたカリフォーリナの腿に膝を入れてやった。防具もなにも付けていないカリフォーリナはその一瞬のできごとに理解が追いついていないようで……だが、腿た走った激痛に叫び上げて倒れた。痛そう……俗に言うモモカンである。
「ぐぅっ……お前……このっ」
 カリフォーリナは声にならない怒りを露わにし、ソニア姉を取り押さえていた警備兵に命令した。警備兵はそれでソニア姉の拘束を解くと、俺に襲いかかってきた。
 俺は抵抗せずに捕まり、そのままさっきのソニア姉のように這いつくばるように地面に顔を押し付けられた。
 これでソニア姉は拘束から解放されたな……あぁ、意外と地面が冷たい……ヒンヤリしててキモティ。
「この……このっ!!」
 カリフォーリナはただ怒りに任せて剣を振おうと、俺の頭の上に切っ先を落とした。だが、その剣の切っ先は俺に届くことはなく……寸前で誰かがカリフォーリナの腕を掴み、止めてくれたようだ。なんとか這いつくばる体勢から視線を向けてみると、カリフォーリナの腕を掴んでいたのはアイク・バルトドスだった。今はもう師長だったか……どうしてアイクがここに?
 ふと、そこにソーマやらなにやら色んな面子が揃い始める。ザワザワと野次馬ってた兵士達や王宮勤めの奴らが騒めく。
 ザッと俺のところまでソーマが歩いてくると、俺を見下して言った。
「いい格好であるな、アルフォードのセガレよ」
「お久しぶりです……ソーマさん」
「だらがお義父様であるか。娘はやらん」
 だれも呼んでねぇよ……それ、言いたかっただけだろ。
「その者を離せ」
 ソーマが命じると、数人の警備兵は困惑したような表情で顔を見合わせながらも俺の拘束を解いてくれた。すると、直ぐに後ろからソニア姉に抱き着かれ、俺は少しだけ前のめりによろめいた。
 うぉふ……力強い抱擁ですね。
 ふと、ソニア姉が巻きつけている腕が強張り、震えているのが分かった。怖かったのだろう……ごめん。やっぱり、あそこは後々の体裁なんて無視してこいつら全員……いやいや。
「ぐっ……うう!!」
 カリフォーリナが視界の中でアイクから逃れようとしているのが見えるが、それでもアイクからは逃れられないようである。
「これは一体……」
 と、俺が疑問を零したところで……道の奥の方……王宮へと続く道から優雅な足取りで侍女を従えて歩いてくる美しい女性……アリステリア・ノルス・イガーラ公爵令嬢が視界に映った。
 アリステリア様は騒ぎの中心までやってくると、凛とした声音で言った。
「……何事ですの?」

「一兵士では終わらない異世界ライフ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く