一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

萌え燃え

 –––☆–––


 証拠はないが、実証は出来る。ただし、死霊術が使える奴がいれば……そんなわけで色々と手詰まり……アリステリア様の計らいでソニア姉は身柄を確保されてはいるが、アリステリア様の監視、という名目で自由に王宮で動けているようだ。
 とりあえず、暫く俺に出来そうなことはないだろう。
 証拠ねぇ……俺が死霊術使えりゃあ……いや、だから捕まるって。
 しっかし、人が一人灰になった程度で大仰なことだ。戦争たったら人の死に方は様々だし、死ぬのは一人二人じゃない。一々、騒ぎ過ぎなんだよ。
「ソニア……」
 ポツリと姉と名前を口にした。
 あぁ、苛々する……どうしてソニア姉が疑われなければならない。善人塊のような人だぞ。

 イライラ

 例の殺人事件から現在二日……祝勝会が行われる予定の日だ。俺は祝勝会に行く気分でもなかったので、お家で引きこもってソニア姉の身の潔白を証明するための打開策に考えを巡らせる。
「何か……」
 と、俺がベッドの上でゴロンゴロンと考え耽っているところで扉を二回ほどノックする音が聞こえ、俺はベッドから上体だけ起き上がって声を掛けた。
「シェーレちゃんか……いいよ。別にやましいことしてないから」
「あ、はあ……し、しし失礼……します。………………やましい、こと……?」
 純粋無垢なシェーレちゃんには分からないらしい。ならば、教え申し上げよう。
「ほれ、あれだよ。夜な夜な黒いお姉ちゃんが」
 言い掛けて、シェーレちゃんの後ろから現れたクロロの気迫に俺は押し黙った。
「ナニモイッテマセンヨ」
「……それが怪しいことこの上ありませんが……なぜ片言」
 クロロは頬を若干赤らめたまま俺にジト目を送り、それから言った。
「シェーレちゃんに変なこと吹き込まないでくださいよ……」
「悪かったよ……で、何か用かな?」
 俺が訊くと、シェーレちゃんは言った。
「は、い……そのご昼食の……よ、用意が」
「あぁ……もうそんな時間なんだ」
 朝から昼まで何もせずに悶々と考え込んでいたわけだ。役立たず……。
「ありがとうね。じゃあ、今から行くよ」


 –––☆–––


 食事のテーブルには俺、クロロ、アルメイサ、ワードンマ、ラエラ母さんがいる。一人足りない……ラエラ母さんもそのことが寂しいようであまり食が進んでおらず、全体的に雰囲気が重い。
「あ、の……これ」
 と、そんな中で空気を察してシェーレちゃんは大人しい性格にも関わらず明るく振舞おうとラエラ母さんに温かい飲み物を手渡した。
「うん、ありがとう」
 ラエラ母さんは力無く笑い、それから飲み物に口を付けると……、
「あっ」
 少し熱かったようで、盛大にカップを落とした。カップの中身は宙を舞い、近くにいたシェーレちゃんに被害が及んだ。及んだっても、シェーレちゃんは幽霊だから物理的な攻撃は……と、
「ひぅ!」
「っ!?」
 ラエラ母さんが零した中身を数滴浴びたシェーレちゃんの体が燻るように燃え出した。それを見たラエラ母さんが自身が無意識に纏う神気の所為だと思い慌ててシェーレちゃんに近づこうとするので、俺は咄嗟に二人の間に割って入った。
「ぐ、グレイ?」
「大丈夫だよ、ラエラ母さん。ラエラ母さんが無意識に纏う神気くらいなシェーレちゃんで対処できるから」
 俺が言うと、ラエラ母さんの視線がシェーレちゃんに向けられ、燃え出した身体はそのときにはシェーレちゃんが既に鎮火していた。
「よ、よかったぁ……」
 ラエラ母さんはヘタヘタと座り込み、「ごめんね……」とシェーレちゃんに謝った。それをシェーレちゃんが困ったように見ていた。
 ふと、先程の光景を見ていた俺は思い付いた。
 ラエラ母さんの神気でシェーレちゃんが燃えた……これだ!!
 俺はシェーレちゃんに自分の両手を乗せると、徐に言った。
「シェーレちゃん!」
「は、い……?」
「萌えてみないかい?」
「…………も、え?」
 間違えた。いや、言葉にするのに間違いも糞もないけど、俺の中で漢字間違えた感があるわ。
「そう……萌え……じゃねぇや。燃え、だよ」
 困惑気味のシェーレちゃんに、この殺人事件からソニア姉を助ける方法をみんなに教えた。


 –––☆–––


 翌日……満を持して俺はシェーレちゃんを連れて、王宮までテレテレと向かった。そろそろ仕事に復帰しないといけないから、この機会を逃すと俺は動けなくなる。やるなら今!
 王都を歩いているとシェーレちゃんがキョロキョロと物珍しそうに周りを見たいたので帰りに色々と見て回ってあげようと俺は決めた。
 俺は王城に入って、王宮前までやってくると王宮前を守っている警備兵に声を掛けた。
「すみませーん」
 俺が声を掛けると、シェーレちゃんと俺を交互に見て言った。
「な、なんだ?その透けてる女の子は……」
 あぁ、街中歩いてて妙に視線を感じると思ったら……シェーレちゃんが原因か。
「僕の義妹です」
 義妹です。大事なことなので二回言いました。
「お兄ちゃん……」
 シェーレちゃんも乗ってきてくれて、俺に抱き付いてきた。その光景を見ていた警備兵の人は微妙な面持ちでそれを眺めた後、コホンと咳払いした。
「用件は?」
「アリステリア公爵令嬢様にお目通り願いたい……グレーシュ・エフォンスと言っていただければそれで」
 俺が言い終わる前に、警備兵の人は鼻で笑ってきた。
 なんだこいつ……。
「ふざけたこと言ってんなよ。お前、平民だろ?バカ、もしもその名前出してもアリステリア様が知らんなんて言われてみろ……俺の首が飛ぶっての」
「いえ、ですから……」
「いーから。冷やかしならもっとマシなことを言ってくれ」
 あーもう……この機会を逃すと本当に時間がねぇって時に……イライラ。
 ふと、そんな折に感じたことのある気配が一つ……むむ、名前は……なんだったけ?…………まあ、いいや。
 俺は王宮への出入り口からまさに外へ出ようとするその人物を呼び止めた。
「ヘルプミー!!」
 はたしてこれで伝わったのだろうか……綺麗な亜麻色の髪をした女騎士が俺に気がつくと、訝しげに眉を寄せた後に言葉を続けた。
「そこで何をしている……?」
「この警備兵の人話し合いを……」
 俺が手のひらで指し示すと、女騎士はその警備兵に視線を送る。警備兵の人はそれでビクッと肩を揺らすと、ゆっくりと口を開いてアワアワしだした。
「あ、アフィリア殿……っ!?」
 あーそうそう。そんな名前だったわ。確か、ギルダブ先輩が剣術を教えているアリステリア様直属の護衛騎士団『花に集う戦乙女ワルキューレ』だったかな?連携も取れてるし、個々の強さも高いけど、自分の力を過信しすぎてるし我が強いからぶっちゃけ粗い……まあ、ギルダブ先輩が教えているんだから大丈夫だろ。うん、でアフィ……なんだっけ。
 記憶力は悪くない筈なんですが……あぁ!アフィリアだ!
「よく分からないが……王宮に用でも?」
「アリステリア様に」
「そうか……ソニア殿の件だな。よし、そこの警備兵よ。彼は私の知り合いだ。通していいだろう」
「はっ!」
「では、こい」
「ありがとうございます」
 俺はシェーレちゃんを連れて、アフィリアの後を付いて王宮へ入っていった。


 –––☆–––


 テレテレと王宮を歩く中、アフィリアが唐突に俺に話し掛けてきた。
「そういえば、お前……グレーシュ殿は雷帝の戦の時はどうしていた?」
 敬意を払うのか払わないのかどっちかにして欲しい……。
「グレイでいいですよ……えっと、弓兵だったので。アフィリアさんは?」
「私はアリステリア様の近衛だ。戦の時は、アリステリア様が師団の指揮を執っている際も本陣で常に警戒に当たっていた。そうでなくては、我々がギルダブ様に叱られてしまう」
 確かに……。
「アリステリア様の師団ですか。すごそうですね」
 俺が何気なく、廊下の天井を仰ぎ見ながら言うとキラリとアフィリアの目が光り、立ち止まって振り向くと言った。
「ふっ……すごいなんてものじゃない。アリステリア様の指揮で敵の本陣は総崩れ……魔力砲が放たれるという不足の事態にも迅速に対応なさり、兵を下げて王都に後退……他の師団の長共は後退などとバカにしてはいたが、あの場ではあれ以外の選択もなかった」
 そこは一重にアリステリア様が純粋な兵士ではないから、そういう判断を下せたのだろう。兵士は国の守人……それにプライドを持つ人は多い。後退することを恥じる人もいたのだろう。まあ、魔力砲を直に見ていた奴らは草生えるくらい大慌てしてたけど……。
 ふと、アフィリアは顎に手をやり、何か考える仕草を取った。
「しかし、あの戦……アリステリア様もかなり切羽詰まったご様子だった……どうしてか敵将が次々に倒れていったから上手く事が運んだような気はする……ふむ、これもアリステリア様の実力か……」
 それ、俺の事か……ぺこぽんぺこぽんと放っていた矢がそんな役に立っていたとは。世の中ワカンねぇ。
 俺たちは再び歩き出し、そしてアフィリアとの会話はまだ続く。
「先程から気になっていたのだが、グレイの後ろに隠れているその少女は?」
「ひぅ……」
 急に存在を認識されたシェーレちゃんがびくりと俺にしがみ付く。本来は触れないのは……以下略……で、まあ俺が身体の表面を【ブースト】の魔力の膜の要領で、闇の元素で覆っているため、シェーレちゃんは俺に触れられるし、俺もシェーレちゃんに触れられる。言うなれば、【ゴースト……えっと、ゴーストバスター?いや、それ殺しちゃうやん……ゴーストブースト】これでいいや。【ゴーストブースト】ね。うんうん……略して【ゴブースト】だね!やべぇ!ゴブってちょっと可愛い……。
 何言ってんだ。
「この子は僕の義妹いもうとです」
実妹いもうと……?似てないぞ」
「お、義兄おにいちゃん……です」
「そうです。僕はこの子の、実兄おにいちゃんです」
「そ、そうか……」
 アフィリアは難しそうな顔をしながら、続けた。
「なんだか透けてるぞ」
「アフィリアさん……見えてるからってそういうのはセクハラだと思います」
「何の話をしているんだ……」
 そんな風に馬鹿なことを言って誤魔化しながら、やがてアリステリア様の部屋の前に到着した俺たちはアフィリアに付いて、中へと入った。


 –––☆–––


「というわけで、実証してみせようと連れてきました」
 俺はソファに座っているアリステリア様と、その横に立っているアフィリアとアンナに向けて言った。ちなみに、その向かい側に俺とシェーレちゃんが座っており、俺を挟んでソニア姉がシェーレちゃん見てニコニコしていた。
 何を考えているのか分かりたくない……。
「お姉ちゃん……随分と元気になったね」
「んー?まあね。シェーレちゃん見たら元気出た!抱きつきたい!」
「やめてあげて!シェーレちゃん消えちゃう!」
 ふと、コホンというアリステリア様の声に俺とソニア姉は我に返って、でへへーと誤魔化すように笑った。
「それじゃあ、始めますか……」


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