一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

王都の混乱

 –––☆–––


『ゴォ……上級地属性棍棒技【パワープレス】!』
「【念動力サイコキネシス】!」
 ゴブリンとエキドナの攻撃を躱す。ゴブリンの攻撃が地を砕き、エキドナがそれで出来た岩石を操る。ゴブリンがあたり一帯を壊しまくる度にエキドナの攻撃手段が増えるわけだ。こいつら……結構厄介だな!
 俺はエキドナが飛ばしてきた岩を、右へ左へと上体を振って躱し、岩がこないタイミングでゴブリンに向かって飛んだ。
 クソ……弓が使えればいいんだが、エキドナの【念動力】がどれほど強力なのかが不明な以上は使えない。矢が止められるからな。
 と、ゴブリンへ向かって飛ぶ俺は脳内に鳴り響いた警報に従い……初級風属性魔術【エアフォルテ】で横にぶっ飛んだ。
 俺がぶっ飛ぶ前にいたところは、空間がなにやらひしゃげてすごいことになっている。そう……あれがエキドナの【念動力】だ。あれがあると、直進しか出来ない矢は止められる。しかも、エキドナは【ディスペル】が使える射程距離外……クソ、厄介だなぁ……本当に。
 ゴブリンの攻撃で被害もオルフェンの屋敷だけには止まらず、街中に及び出した。衝撃と地面が揺れる度に人々の叫び声が聞こえる。ここは貴族街……貴族にこんな大迷惑を起こしてるんだ、こいつら終わりだな!
 ありゃ?それ……俺も含まれてたりしないよね?
 幸いなことに、顔を見られてはいないし……そろそろ警備兵とか軍隊が動いてもおかしくない。いや、もう動いている可能性の方が充分高いので、そろそろ真面目に終わらせよう……。
 俺は意識を切り替え、戦闘モードへ移行する。一人称だった視点が三人称へ……身体が機械的に動き出し、完璧な動きを実現する!
 俺は眼前に迫っていたゴブリンの渾身の一撃を横っ飛びに躱して直ぐ、その衝撃で飛んでくる砂石を全て避けながら、ゴブリンへ接敵し、肉迫する距離で叫んだ。
「初級風属性体技【風体転】」
 そのままの意味……風を利用して相手を宙に放り出す体術の技だ。ゴブリンが宙に浮いてひっくり返り、そのまま頭から地面に落ちてズドンという鈍い音を立てて、地面に減り込んだ。それから直ぐに【念動力】で飛び散った岩を掻き集めるエキドナのところまで跳躍して、俺を見上げるエキドナに向かって手のひらを向けた。そして、無詠唱でそのままエキドナに初級地属性魔術【ロックボール】を放つ。
 特段変わったことはなく、エキドナは訝しげに俺を睨みながらも【ロックボール】を【念動力】で止めた。そうして、の対応に遅れたエキドナに対して俺はゴブリンと同じように肉迫する距離で【風体転】を使って減り込ませた。
「むー!むー!!」
『ゴォ……ぬ、ぬけだせん』
 俺は地面から頭を引っこ抜こうと奮起している二人を見て疲れたーとため息を吐いた。二人が地面から抜け出せないのは、俺が単純に地面を固めているからである。しかも、あのような姿勢では上手く力を使えずに本来の力が発揮できまいてー。
 さて、ゴブリンは大きいから無理だとして……エキドナを連れて早くドロンしないと。じゃないと、非常にヤバい……ここに俺がいるのがバレたら第二の人生が臭い飯を食って三食昼寝付きの自堕落なものになってまうがな!!
 俺はエキドナを引っこ抜き、【ディスペル】を掛けた。
「なっ!?え?あれ?ど、どうしてエキドナの魔術が……」
「封じた。とにかく、こっからトンズラするから黙ってろよ?」
 俺はエキドナの口も封じて、身体を拘束魔術で簀巻き状態にしてやり、その場から離脱した……と、その時に丁度軍隊が駆けつけ、ゴブリンを見て驚きの声を上げていた。
 ま、まあ……どこの師団か分からないけど……達人でも弱った奴には負けないだろう。
「うっ……」
 と、その場から跳躍しようとして俺は思わず膝をつきそうになった。【ディスペル】の影響下で無理矢理に魔力保有領域ゲートから魔力を引き出して魔術を使った所為か……俺はグラつく視界の中で、足を踏ん張って跳躍し、闇に紛れて消えた。


 –––☆–––


 王都の地下水路……そこに飛び込んだ俺はエキドナを見張りながら拘束魔術の維持を続ける。明日の朝にはアリステリア様のところにこいつを持っていって証言させれば……まあ、なんとかならぁ……。
 エキドナは水路の脇道に簀巻き状態にされながらも、ジッと座りながら俺を見ていた。俺はどこか居心地の悪いその視線に眉根を寄せ、咳払いして言った。
「なんだよ……なんか言いたいことでもあるのか?」
 俺が訊くと、エキドナは下半身の触手をウネウネとさせ、顔をポッと赤く染めると言った。
「お、お花を摘みたい……」
「この状況下でですか……マジパネェっす」
 どうやら、こいつは筋金入りのアホらしい。だが、テンションを上げて突っ込む気にもなれずに俺はどうするか思考を巡らせる。すると、エキドナは何が可笑しいのかコロコロと笑った。
「な、なんだよ?何が可笑しい?」
 若干不機嫌気味に言ってやると、エキドナは、「別にバカにしたわけじゃないわ」と前置きしてから、表情に微笑を浮かべて答えた。
「貴方、優しいのね……って思ったのよ。仮にも拉致監禁しているエキドナがオ◯ッコしたいなんて言ったのよ?適当にその辺でーとかデリカシーの欠片もないことを言われてもエキドナはやるしかないし、俺の目の前でやれーって言われてもエキドナは喜んでやるしかないじゃない?」
「もう、お前の感性がよく分からん」
 俺は肩を竦めて呆れたように、半眼でエキドナに視線を向けた。だが、エキドナはそんな視線を向けられても態度を変えることはなく、やはり可笑しそうに笑うだけだ。
「こう言っても、貴方はただ呆れたように反応するだけ……優しいのね」
「優男は拉致も監禁もしないし、そもそもお前を殺す手前までは行かなかっただろ」
「まあ、そうねー。でも……それでも、貴方は優しい。優しすぎて……脆い」
「…………」
 何を言っているのか分からなかった。だが、最後にエキドナが言った言葉の真意はともかくとして、真剣な眼差しで言ったエキドナに俺は押し黙ってしまった。何か言うべきか、何を言うべきか迷った挙句……俺は何も言えなかった。
 それを見て、真剣な表情をしていたエキドナは面白いものを見たようにまた笑うのだ。
「へーへー?バートゥ様のように狂ったようなお方もエキドナは素敵だと思うけれど……貴方のように、他人に合わせるようなタイプの人間も悪くないわね」
 それを聞いて俺は、一瞬身体が強張った。
「他人に……なんだって?別にいいじゃねぇかよ……」
「悪いなんて言った覚えはないわ。貴方、出会う人出会う人に対して、振る舞いや態度を変えているでしょう?まあ、どのように区別しているかはともかく……」
「お前……俺の何を知ってるってんだ」
 知った風なんて口を開くエキドナにイラっとした俺は、眉根を吊り上げて、若干語気を強くした。図星を突かれたからだ。
「別に、何も知らないわよ。エキドナは、生前と死後を合わせて何千年も現世に居残っている……バートゥ様の手足となった死後では、それはもう色んな人に出会ったわ。そうして、エキドナは人の内面を見抜く力を得たのでしたー」
「…………」
 下らないことを言う……と、俺は思ったが全く的を射たことを言われている俺は何も言い返せない。
 エキドナは、それで勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「どうやら正解だったようね?貴方の戦い方は、貴方の人との接し方に似ているわね。相手によって持てる手札から最も有効的なものを選び取り、安全に完璧に倒していくスタイル……いいと思うわ。貴方はきっと臆病な性格なのでしょう?酷く怖がりで……貴方がエキドナやゴブリンを二人相手に善戦するに至るまでに手に入れたその力は、どれほどの努力で手に入れたものなのでしょうね?どれほどの……恐怖で手に入れたものなのでしょうね」
 エキドナの問い掛けに、俺はただ真顔で……、
「別に……どうでもいいだろ」
 そう言って、答えることから逃げた。俺の臆病な性格を見破られ、俺の弱い心を見透かされた。嫌な気分……嫌な奴。この女は、なるほど……何千年もこの世で過ごしてきただけはある。この女こそ、一体どれだけの人間を相手にしてきたというのだろう。その方が、俺は怖い……。
 まだ会って数時間、言葉を交わすことが幾度……それだけで俺という存在が見破られた。得体の知れない相手に、俺は身の毛が震える感覚がした。
 そして、俺はそれを悟られまいと……ほんの意趣返しのつもりで口を開いた。
「お前はド変態の嫌な奴だよな。人の触れられたくない部分に触れてきて、そんでもって罵られて感じる……嫌な女だ」
「んん……っ!」
「今、感じただろ」
「…………少しだけ」
 意趣返しには失敗したらしい……。
「で、話は戻るんけだけれど」
「戻さなくていいんだが……」
「貴方が怯えているものは何?怖がっているものは何?とても気になるわ。貴方のような人間が怖がる理由……エキドナはこう見えて知識欲が深いの。沢山のことを知りたい、見たい、聞きたいの」
 そういうエキドナの目には確かな光があった。それは信念だとかそういう類の……。
「お前が魔術の達人になったのって、そういう知識欲からか?」
 俺が訊くと、エキドナはふふんと鼻を鳴らして頷いた。
「エキドナが魔術のことを深く知りたくなったのは随分と昔のことね……。それから今、死してなお魔術のことを知るために学ぶ日々よ」
「リッチーみたいな奴だ」
「ある意味では……そういう存在ね」
 確かに……バートゥと魂の契約した死霊という面以外ではエキドナは魔術を極めしリッチーと似た存在かもしれない。
 だが、エキドナは自分でそう言いながらも自嘲気味に鼻で笑い飛ばして言った。
「まあ、エキドナは魔術を極めたというにはほど遠いわ。それより、貴方の話なのだけれど……」
「何も言わないからな?わざわざ、自分から弱みを見せるかよ」
「なるほど、貴方が怯えているのは弱味についてなのね?」
 まずい。察しが良すぎる。俺程度とは生きてきた……死後も足せば、前世の俺を足しても足りないほどの経験と観察眼を養ってきたってわけだわな。言葉のやり取りで俺が勝てる見込みはないわけだ。
「ちっ、このビッチ」
「んんっ!?び、びっちが何か分からないけれど……すごーく罵られた気がしたわ!」
 と、恍惚と身体を火照らせてくねくねと身をよじる変態を無視して、地下水路内に差し込む月光が無くなったため、俺は詠唱もいらない簡単な光の灯火を魔術で作った。
 そして、明瞭になった視界でエキドナが俺の拘束魔術を解いたのを見た。だが、エキドナはそれ以上何をするでもなく、凝り固まった身体を解すように伸びた。【ディスペル】が解けたか……まあ、敵意は今の所感じないし、こんなところで暴れて地下水路が崩落したら惨事だ。大人しくしておこう……。
 ふと、エキドナは伸びながら言った。
「そういえば、浴場でソニアがどうこうって……貴方、ソニア・エフォンスの関係者?」
「…………」
「そういえば、オルフェンが消えたとかどううって……はー貴方、ソニア・エフォンスの弟って名乗ったあの男ね?思い出したわ!」
「…………」
 失敗だった。しくじった。あの場で俺がソニア姉の弟だと公言したのは、本当に軽率な行動だった。
「なるほど……貴方の弱味はソニア・エフォンスね?貴方が恐れているのは、まさにソニア・エフォンスを失うこと……合ってるわよね?こういうの、お決まりのパターンって言うらしいわよ?覚えておいたら?」
 言われなくても知ってるし、むしろなんでお前が知っているのか疑問だったが……もちろん俺は無言を貫いた。ダメだ、何を言っても墓穴を掘ることになる。こいつに情報を与えてはいけない……バートゥの手足となる死霊か……こんな奴がイガーラ王国の担当ってわけか?こんな奴がいたら、この国の内情なんて筒抜けの丸裸だろう。
 もうやだなぁ……こいつと話すの。
「さぁさぁ……まだまだエキドナのターン!!」
「やめくれ。とりあえず、黙ろうか」
「いいえ……エキドナは知りたい!聞きたい!貴方のように強い人間が、ここまでに至った経緯!人生!選択!葛藤!恐怖!その全てを、エキドナに教えて欲しい……」
「お前がバートゥに飼われてんのは、そういう知識欲か?いや……その知識欲から繋がる膨大な知識量か?」
 俺が訊くと、エキドナは鼻を鳴らして答えた。
「そう……何を隠そう、エキドナはバートゥ様の六六六の死霊総括、総監督、知将エキドナ!」
 そうエキドナは高らかに叫んだ。

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