一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

VSバートゥ・リベリエイジ

 ☆☆☆


 ベルリガウスが前に出て、大草原のど真ん中でバートゥ・リベリエイジと相対する。バートゥの隣には手の怪物と、そしてベルリガウスの師匠というエリザベートとなる女性……死霊が胡乱な目をして立っていた。

「エリザベート……てめぇみてぇな高潔な女がそんな奴の手に墜ちやがるとはなぁ」
「そんな奴とはお酷いではないかぁ〜?この私、狂っている自覚はありますがね?……きひっ」

 どこまでも醜く、どこまでも狂ったように男は笑う。それにつられて手の怪物も嗤う。カタカタと指に生える爪から音を立てて。

 ベルリガウスはその趣味の悪さに嫌悪を感じ、眉根をせる。元より狂った男と会話をすること自体が無意味……ならば、戦場に生きるベルリガウスが出来ることはただ一つ。目の前の男を、完膚なきまでに殺すことだ。

「覚悟はできてんだろうなぁ……バートゥ?」
「そちらこそ……?いつまでもこの私が、あなたよりも格下だと思わないことですよー?」

 伝説同士の間に殺気が生まれ、衝突……それだけで大気が震えて風が巻き起こり草木が揺れる。風は雲を呼び、雲は太陽を隠すと一面を暗く見せる。先程までの晴天が嘘のようにシンッと辺りは静まる。

 そんな一触即発の中、凛とした声音が二つ……轟いた。

「「ベルリガウス」」

 それは伝説二人が対面する間に切って割り込むような鋭い声音だった。衝突する伝説と伝説の覇気を押し退けてみせたのは、怒気を孕んだ表情を浮かべるノーラントとクーロンの二人だった。

 これに思わずベルリガウスは驚き、状況を静観していたシャルラッハは固唾を呑んだ。

「これはウチらの喧嘩だから、あんたは引っ込んでてよ」
「あぁ!?」

 ノーラントの高圧的な物言いにベルリガウスはイラっとして声を荒げたが、続いたクーロンの冷めた言葉に押し黙る。

「私も……邪魔されて気が立っています」
「…………む」

 ベルリガウスは言葉を発さなかった。瞬間的に頭の中がクリアになり、冷静になった。そして冷静になった頭で考え、ベルリガウスはたしかに邪魔されたのは二人の方だと納得する。

 納得はしても、やはり自分自身もバートゥに煽られていることに変わりはない。が……と、ベルリガウスは口の端を吊り上げると怒れる二人の獅子にこう言った。

「ふん……なら、俺様はエリザベートの相手をしている。てめぇらは、バートゥの相手でもしてぇやがれぇ」

 ベルリガウスが言うと、驚いたのはバートゥだった。バートゥは窪んだ瞳をパチクリさせると何が面白いのか、ケタケタと嗤った。

「きひひひひひひひひひひきひひひきききひきっきききっ〜…………伝説でもない、それこそ三下がこの私と?ベルリガウス、あなたも相当頭が狂ってしまっているようでー?この私に、この二人が、勝利するとお思いで?」

 ズンッと怒りの混じったバートゥの声音に空気が沈む。ベルリガウスはその中でも愉快そうに笑い、答えた。

「そんなもん知るかぁ。他人の喧嘩にゃあ首を突っ込まねぇのが、俺様の信念よぉ。俺様も、俺様に売られた喧嘩だけ買わせてぇもらうだけだぁ」

 ベルリガウスはそう笑い飛ばし、エリザベートへ目を向けると身体を雷電化……ザザッと稲妻を走らせるとどこかへ走り去っていった。それを追うように、エリザベートも身体を雷電化させて走り去る。さすがにベルリガウスの師匠であっただけに、【エレメンタルアスペクス】が使えるのかとシャルラッハは感心する。

 それと同時にシャルラッハはやはり、二人に関しては無言を貫いた。今の二人を止めるのは誰にも不可能だ。あのベルリガウスすらも押し退け、自分の信念と我欲を通す傲慢さ。まさに、伝説に名を連ねるに相応しい二人……シャルラッハは今この時に新たな伝説が誕生する予感をヒシヒシと感じていた。


 ☆☆☆


 バートゥと対面しているのは、ベルリガウスでもシャルラッハでもない――伝説と呼ばれる存在でも何でもない女が二人、その場に立っていた。

 バートゥは完全に二人を舐め腐っているらしく、欠伸をしていた。そして、やれやれと肩を竦めると自身が使役する手の怪物に指示を飛ばす。

「きひひひひっ。全く……身の程を弁えて貰いたいものですねぇ?さぁ、この私と君たちの歴然たる差を教えて差し上げましょう?しょう!」

 手の怪物はケタケタと嗤い、ドシドシと足……否、手を進めて二人にそれぞれ白く気味の悪い手を伸ばす。

 クーロンはそれをヒラリと躱して一閃……瞳から月光の軌跡を走らせて、伸びてきた手を三枚に下ろした。

 ノーラントは逆に真正面から手に立ち向かい、片手で白い手を掴むとグキっと骨からそれをへし折った。

 二人の抵抗に思わず怪物は地獄の魔物が発するような奇声をあげる。まるで泣き喚くようなそれをノーラントは鬱陶しそうに眉根を顰めると……へし折った手を引いて本体を自分のところまで移動させる。

「せいっ!」

 ノーラントは自分の目の前まで移動させた怪物の手を掴みながら、自分よりふた回りも大きな怪物の身体を圧倒的な膂力で蹴り飛ばす。

 ブワッと怪物の皮膚が波打つと同時に遥か遠方まで吹き飛ぶ。方角的に王都のようで、怪物は王都の市壁に衝突して死んだ。完全に肉体はめり込み、手や腕で出来た全身の骨がへし折れている。

「きひいぃぃ〜?」

 バートゥは間抜けな表情で唖然と、呆然と自分の作り出した怪物が吹っ飛んだ方角を眺めている。あの怪物はバートゥ自身が作った人口死霊……伝説たるバートゥが作り上げた怪物は千の人間の『手』を繋ぎ合わせた――いわば、千の力の集合体。いかに達人が相手でもそう易々と引けを取らないはずの怪物だった……が、今目の前でそれが壊された。

 達人じゃない?

 ならば……ならば!

「……君たち、何者ですかぁ?」

 ここで遂にバートゥから笑みが消えた。スッと細められた瞳から発せられるは殺気……圧迫感が津波のようにノーラントとクーロンへ押し寄せる。

 だが、それにも臆することなく二人は一歩前に出て答えた。

「私はクーロン・ブラッカス」
「ウチはノーラント・アークエイ」

 堂々と名乗った二人に、バートゥは再び呆気に取られると……暫くしてクツクツとした笑みを浮かべた。

「いいでしょうとも?とも!きひひひひひひひ?きひっ!この私、少々お二人を馬鹿にしていました……まずはその謝罪を。そして、ここからは……本気の本気でお相手いたしましょう?」

 バートゥはそう述べると、両手を広げた。雨雲から光は差さず辺りは暗い。その中でもバートゥの足元で広がった影はさらに暗く、黒く、深い……。

 ノーラントとクーロンの下まで伸びてくる影に、二人はその場から飛び退いてバートゥから距離を置く。バートゥはそんな姿すらも面白いのか、薄気味悪い笑みを一層深くする。

 影はバートゥを中心に円のように広がり、やがてその拡大は止まる。続いて、バートゥは高らかに高尚なものを呼び出すように叫んだ。

「出でよ!この私の忠実なる僕……666が支配者!」

 ぐちゃ

「……これは」
「……来ますね」

 ノーラントとクーロンが口々に言うと同時に、影からぐちゃぐちゃと肉が混ざる音を立てて飛び出してくる。飛び出してきたのは、数十人ほどの戦士達……彼ら彼女らはバートゥが従える666の死霊の中でも達人級の力を持つ部下だ。かつて、エキドナもこのなかにいたのだが……二人は背中を預け、四方八方から襲い掛かる達人を相手とる。

「背中は任せましたよ、ノーラさん」
「背中は預けたよ、クロロさん」

 クーロンは瞳に月光を宿し、ノーラントの瞳孔は獣のそれに変化する。

 クーロンは右手に刀身を、左手に鞘を装備すると向かってくるバートゥの死霊を刹那の間にスパンッと頭から一直線に斬る。ブシュッと真っ二つにされた死霊から血が吹き出し、左右に別れた身体は力なく地面へと崩れた。血飛沫の中、血に濡れた瞳に宿る月光は赤い輝きを放ち出す。

「次……」

 クーロンは短くそれだけ言って愛刀を構える。

 一方てノーラントも二人同時に飛びかかってきた死霊に対し、空いている左手でまず片方の頭を鷲掴み、もう片方を右手に握る剣で斬る。

 死霊はその剣を己の剣で防ごうとするが、ノーラントのパワーに己も剣も耐えきれずに真っ二つに斬れる。そして流れるように、ノーラントは鷲掴みにした死霊を頭から地面へと叩き込み、地面へと減り込ませる。死霊の頭はトマトのように潰れ、血がドバッと爆散する。ノーラントに血が掛かったがそれも気にせずにノーラントは右手の剣を指先で弄びながら言った。

「次ぃ!」

 瞬殺。

 どんな達人だろうが、何だろうが……彼女達には相手にならない。片や、最速にして最高の剣士。その速度たるや、あのベルリガウスと同等かそれを上回る。片や、最大にして最強の剣士。圧倒的な腕力と脚力を有し、何者も勝ることがない絶対の力を誇る。

 両者極にして、『一』を極めた者。

 霊峰に登っていたならば、かのクルナトシュにその名を刻んだであろう武人の最高峰に到達していた。

 やがて……バートゥが誇る最大戦力はすべて血地に伏した。というのに、バートゥは腕を後ろに組んで余裕の笑みを浮かべていた。あまりの余裕たっぷりであったため、ノーラントとクーロンは警戒を解かずに注意深くバートゥを睨み付ける。

 バートゥは二人の視線を受け、ニィと笑った。

「いやいやいやいやぁ……素晴らしいデスねぇ?今のは所謂、前座。ここからが本番デス……簡単に死なぬよう……〈死に従い・死に怯え・死に悔い・死に抗う・この世全ての屍をここに〉【腐肉と骸の皿ヴァイス・ディカルゴ】」

 ゴーン、ゴーン、ゴーン……。

 鐘の音が響き渡る。

 ぐちゃぐちゃ、ねちゃちゃ。

 粘着質な音が響き渡る。

 ぐふぇふぇふぇふぇふふへひひひひひひひ。

 悍ましい嗤い声が響き渡る。

「「っ!?」」

 クーロンとノーラントは、ゾクゾクと身体を這いずり回った嫌悪の塊に身を震わせる。それは恐怖、それは嫌悪、それは死……悪という悪、負という負、この世全ての邪悪を体現した悪魔が、ニヘラッと口を三日月に歪めて空から二人を見下ろし、嗤っていた。




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